何だか悲しい話が書きたくなった。

『おいしくなぁれ。』


「ま、待て、今の俺を食べても美味くないぞ!」
「そーなのかー?」

最初はそんな言い逃れだった。
でも、その頃の○○はよく見るとガリガリで、あんまりおいしそうじゃなかったから、とっておく事にしたの。

「ふーん。じゃあ、あなたがおいしくなったら食べていい?」
「あ、ああ…きっと時間は掛かるけどな…。」

いつになるかな。
そうだ、横取りされないようにしっかり見張らなくちゃ。

それから毎晩、○○の家に具合を見に行った。

匂いを覚えたから、家なんかすぐにわかる。
私以外にも腹ぺこの奴なんていっぱいいるんだから、いつ他の奴に食べられるかわからないもの。それはもったいない。

だけど、○○はちっとも太らない。
布団に閉じこもりっきりで、私が忍び込んだって気付かないぐらい、いつも苦しそうだった。

「わはー。」
「……!?」

無視されるのが面白くなくて、とうとう○○のお腹に飛び乗っちゃった。
やっと気付いてくれたけど、やっぱり苦しそう。

「ねえねえ、おいしくなった?」
「食いに来たのか?むしろ、前より不味くなりそうだよ…。」
「なんで?」
「病気なんだと…やせっぽちになるばっかりさ。」

…だめだよ。生きたままが一番美味しいのに。私が食べるんだから、やせちゃだめ。

「じゃあ、元気になったら食べさせてくれる?」
「…そうだな、それなら食べてもいいぞ。」

あれ?なんでだろ。最初はあんなに怖がってたのに。
でも、悲しそうに笑うね。

「よく見てみると、お前もまだまだ可愛らしい子供だな。
まあ、きっと俺は美味しくなるさ。」

わしゃわしゃと頭を撫でられると、なんだかくすぐったいや。
でも、あったかい。なんだろ?

それからも、○○はちっとも太らなかった。

○○は動けないから、他の奴が家に入って食べようとしたけど、横取りは嫌だから追い返した。
アレは私が食べるの。
独り占めするんだから、他の奴になんかあげない。

ただでさえ、また食べられる所が減ってきたのに…むう。

「ん…ルーミアか。」

家に忍び込んで、○○のいる布団に潜り込む。
いい匂い。おいしそうな匂いがする。
取られないようにぎゅってしがみついたら、また頭を撫でてくれた。
こんなに優しいごちそうは、初めてだった。

私のなの。
誰にも、一口だって分けてあげない。

…だから早く、おいしくなってよ。
苦しそうな○○は、とってもまずそうなんだから。


気付いたら昼間も○○の家の近くにいるようになってて、何日かしたら、赤と青の服を着てる奴が来た。
何を話してるんだろ。○○は知ってるみたいだけど、横取りする気?

「よく頑張った、とは言えるわね…だけど、あなたはもう限界よ。」
「そうですね…元々、二週間前の…予定でしたから…。」
「…ここに、薬が二つあるわ。
一つは今以上に強力な鎮痛剤で…もう一つは、苦しまずに逝ける毒薬よ。
これ以上鎮痛剤を強くすると、あなたは自我を保てなくなるわ。

廃人になって死ぬか、すぐに楽になるか、最後まで苦しんで死ぬか。

情けない話だけど…これが私に出来る、最後の治療ね。
死に方ぐらいは、患者に選ぶ権利があると思うから。」
「…ありがとうございます、先生。」

…うそ、だよね?
だって、○○は私が食べるのに。
死体って、とってもまずいのに。

「…聞いてたのか?」
「…うん。」

ねえ、そんな顔しないでよ。
おいしくなるって、私が独り占めするって、言ってたのに。

うそつき。
ゆるさない。
食べてやる。

「はは…まだ、選べるんだな。
ルーミア。美味しくはなれなかったけど、そのまま食べていいぞ。」
「ん…!」

まずは腕にかじりついた。
お肉が少なくて、すぐに噛みちぎれるはずなのに、ちっともあごに力が入らない。
牙が食い込んで血の味がするけど、まずいよ。
おいしくないし…さっきからずっとしょっぱいんだ。

あれ?なんでしょっぱいんだろ。
なんで、○○の腕が濡れてるんだろ。

私、なんで泣いてるんだろ。

「んっ…ぐっ…ぐすっ…。
ねえ、食べられないよ…○○。」
「そうか…ごめんな、不味いだろ?
約束して生き延びたのに、おいしくなってやれなかったな…。」
「…うそつき。」

それでも、牙が入らない。
何度も繰り返してたら、空いてる手で、また頭を撫でてくれた。

そんな風に、笑わないでよ。

「そうだな…今度会えたら、美味しいものでも食べさせてやるよ。
襲われた時は怖かったけどさ…狙っててくれて…ありがとう。
独りで死なないで済むんだから。

「やだよ…私が食べるんだから….死んじゃやだよ!!
○○…おいしくなってよ…。」
「…ごめん。」
「………!!」

○○からちからがぬけて、もうなでてくれなくなった。

おいしそうで、やさしくて。
大好きだった手が、どんどん冷たくて、まずそうになって。

私の大事な食べ物は。
もう冷たくて、固くて、食べられなくなった。

ねえ、約束したよね?
おいしくなるって、食べさせてくれるって。
○○はうそつきだから、約束守ってくれるまで許してあげない。

___だから、今それを守ってよ。

ぐちゃり。
どろり。
ばきり。
ざくり。

まずいなぁ。
冷たくて、固くて、撫でてくれなくて、笑ってくれなくて。

むしゃむしゃ。
ぐちゅり。
ばりばり。
ごくり。

まずいのに、おなかがすいて、涙が止まらなくて。
ほら、うそつきな○○は、いなくなっちゃった。
私のお肉になっちゃった。

○○が私のお肉になって、私はとっても元気で。

ああ、足りないや。おなかがすいた。

私の腕も、私の足も、○○のお肉で出来てるの。
だから○○は、おいしくなったの。

___○○は、元気になったの。


私は腕が一番好き。
そうだなぁ、まずは左腕から食べようかな。

わたしのウデは○○の腕。
ダからトってもおいシソう。


___じゃあ、いただきます。



ある日の文々。新聞より抜粋。

『病魔の末の孤独死、消えた死体と増えた死体の謎とは?』

“外来人の青年A氏が、末期癌により自宅にて死亡した。

A氏の自宅には夥しい血痕とバラバラ死体が残されており、その死体はA氏の物ではなく、ある妖怪の少女の物であるとの検死結果が出た。
状況としては、妖怪がA氏の死後にその亡骸を食し、そのまま自らを喰らい自殺を図った物と見られるとの事。

この異常な事件については謎が多く残されており、今後の捜査の進展が待たれる。

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最終更新:2012年08月05日 20:31