数年前から突如として土地が広がりだした幻想郷のとある森の中に建つ、正体不明の古びた巨大廃屋。
表札に擦れた字で「ヤゴコロ製薬第九合成研究所」と彫りこまれているその建築物の中。

「ドーモ、○○。元気にしてたかな?」

「ニィイイーッ…ドーモ、ぬえ=さん…」

正体不明の妖怪少女が、正体不明の生命体とアイサツを交わしていた。
この正体不明の生命体の名は○○。この建築物が外界に存在していた頃にヤゴコロ製薬によって誘拐され、その生を弄ばれた元人間の人造バイオ妖怪である。
彼自身は未だ人間であると思いたがっていたが、最強の合成獣というコンセプトの生体兵器としてサイバネ改造を施された彼はもう人間とは呼べない姿だ。
現代に生息するバイオ大型獣のみならず、太古に滅んだ恐竜系、別の研究の過程で異常により発生したイレギュラーバイオ妖怪らの遺伝子。
果てには所長であった岡崎夢美が持ち込んだ科学的に説明出来ぬ謎めいた遺伝子が組み込まれている。
戦車めいた下半身、大量の触腕や動物らしきものの頭部が生えた上半身。残った人間部は頭だけであり、それもニンジャ頭巾めかした硬質皮膚に覆われ悪魔めいた角が生えている。
グロテスク! コワイ! 幾ら変わり者揃いの幻想郷の人外少女達と言えど、こんな不気味生物には好意などとても抱けぬ!
彼がこの施設から脱走し森を彷徨っていた際に偶然鉢合わせた妖怪即退治が信条兼趣味の東風谷早苗、そして基本的に勝気で愚かである氷精チルノですら恐怖と嫌悪を露わに逃げ出したのだから!
だが同じ正体不明存在ゆえか、命蓮寺に馴染めずほっつき歩いていたぬえだけは例外めいて彼と出会った時に本能的シンパシーを感じたのだ。
そして彼を使い魔的ななんかとし、こうして密かに飼育している。幾ら命蓮寺が妖怪寺と言えど、流石に常駐させるのは無理があると理解していたからだ。

「はい、今日も持ってきてあげたよ」

そう言いつつ四角いなんかを差し出すぬえ。それはチャめいた深緑色であり、実際ヨーカンであった。
だが、ただのヨーカンではない。バイオインゴット。○○のようなバイオ存在が生命活動を継続する為に必須な特殊栄養素が入ったヨーカンである。
…彼女はそれを何処で手に入れたのだろうか?

「ニィイイィーッ」

声帯の変形により鹿めいた鳴き声を上げ、オジギしながらバイオインゴットを受け取ろうとする○○。
しかしぬえは不満気に眉を顰め、差し出していた手を引っ込める。

「ね、違うでしょ○○。これが欲しい時はどうすれば良いんだっけ?」

「ニ、ニィィイ…ッ」

いつもしている事ながら戸惑いつつ、装甲車めく下半身を折り畳み正座し、ニンジャ面頬めいた顎部皮膚装甲を展開する。
ぬえはその様に満足気に微笑むと、バイオインゴットを少しずつ咀嚼、○○の恐竜めいた牙だらけの口に口移しする。皮膚装甲から覗く○○の人間顔は赤面している。
儀礼めいて毎回行われる行為だが、人間時代から女性に縁が無くアカチャンめいて初心な○○は未だ慣れぬようであった。ブザマ。
彼女がなぜこのような行為に及んでいるかと言えば、こうして餌付けめいて動物的部分の本能を飼い慣らし、同時に自身の魅力で人間の雄部分を誘惑。
そして自分が主であると強く印象づけようとしていると答えるだろう。つまり○○を自分に依存させ、モチヴェーショーンを上げさせ使い勝手を良くしようとしているのだ。
しかしぬえ自身は気づいていないが、より深く依存しつつあるのは彼女の方であった。
自分は命蓮寺に馴染めず、後から来たマミゾウの方が命蓮寺メンバーに打ち解けている事に強い疎外感を覚えた事がその根底にあった。
未だ心の闇は薄く、その依存はあくまでもペット的関係の段階である。何より今の幻想郷にはこの○○を受け入れられる者はぬえ以外にいないのだから。
しかし、もし○○と同じ目にあった女性がいて、もしその女性と○○が出会い、互いにシンパシーを感じあう様な事があれば…ぬえはどうするだろうか?
ぬえには知る由もない。数ヵ月後になんとも都合良く此処と同様の生物兵器研究所が近くに幻想入りする事を。
その中に、○○と同じ様にバイオ人造妖怪に改造されてしまった○○の幼馴染の少女がいる事を。
○○が少女に誑かされ、共に研究所から抜け出す事を。
そしてそれを知った彼女が怒り狂い、バイオ人造妖怪少女を惨たらしく殺害し、偶々偶然実に都合良く現れた「誰の目にもつかず○○と生きていける場所」に彼を連れ去っていく事を。
ぬえは未だ知らない。
最終更新:2017年06月04日 21:36