今日、本家から父さんが戻ってきた。曾祖父の形見分けが終わったらしい。
そこそこ稼ぎが良いので趣味を優先させたらしく、土地やら貯金は他の兄姉に譲ってしまったとか。
母さんは少し怒っていたけど、僕は曾祖父が大事にしていたらしい掛け軸が気に入っていた。
竹取物語絵巻の掛け軸だった。月の使者が来訪し、帝や老夫婦の嘆きも空しく姫が月へと去るシーンだ。
掛け軸は一間だけの和室に飾られた。僕は其処で読書や勉強をしたり、畳の匂いを楽しみながら昼寝をするのが好きだったのでよく掛け軸を眺めていた。

夢を見た。
僕は竹林の中に居た。笹のざわめきの中困惑していると兎の姿をした少女と出会った。
彼女に連れられて歩いていくと物凄く大きなお屋敷についた。
中には大勢の兎の耳を生やした侍女達、侍医、そしてお姫様が居た。
お姫様は物凄く美人でおまけに変人だったけど、僕の話が気に入ったらしく何時でも来てよいと告げられた。
そこで僕の意識は覚めた。そこは変わらぬ和室だった。

それから度々、和室で昼寝をすると僕は夢の中で竹林の屋敷へ招かれた。
僕はお姫様と話をしたり何故か型遅れのテレビゲームをしたりした。
兎達と遊んだり彼女達の仕事を手伝いもした。悪戯を仕掛けられて追いかけもした。
侍医のお姉さんに月(彼女達の故郷)の話を聞いたりもした。貴方の話は面白い、姫様が気に入るのも無理は無いわねと言われた。

そんな、転た寝の中で彼女達と出会う話を何年も続けた。

お姫様に、僕が成人式を迎えた事を告げた。大学に進学した事。
そしてもう数年したら大学を卒業し家を出て東京に働きに出る事が夢だと告げた。
お姫様は珍しく口を噤んで「そう……」と呟いたっきり黙り込んだ。傍に居た侍医さんも同じ様な顔をしていた。
ふと、障子の方を見ると2つの兎の影が慌てて去る所だった。
結局そのまま茶会が終わり、僕は何時も通り夢から覚める……筈だった。




それから数日後、とある家で失踪事件が発生した。
家の一室。和室に居たはずの青年がそのまま姿を消してしまったのだ。
警察の捜索も空しく、密室に近い部屋から青年を連れ去った犯人が捕まる事も、青年が再び姿を現す事も無かったという。

……尚、その部屋に飾られていた掛け軸は。
何故か、月の使者とお姫様に連れ去られる、現代風の青年という謎の構造だったという―――。

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最終更新:2012年11月20日 12:53