「うあああ!!」
○○はよく同じ夢を見た。但し、その夢は悪夢であった。
夢の内容は、とにかく何かが押し寄せてくると言う具合であった。
その“何か”が何なのかは、自らの叫びで飛び起きた後。
夢の内容を最も覚えている時間であるはずの起床直後でも、全く分からなかった。

「○○……またあの夢?」
「ああ、先輩。すいません、ここ先輩の家なのに」
それは別にいいから。と言って、○○の恋人であるその先輩は優しく○○を抱きしめる。
先輩から抱きしめられるのは……決して嫌ではない。
なのに、○○はいつも、抱きしめられる折に同じような感覚を味わう。
悪寒のような、武者震いのような、身震いのような。

「それから○○、その先輩って言い方だけど。百歩譲って先輩と言う呼称は使っても良いわ」
「でも、先輩の前に。ちゃんと名前を……勿論下の名前をつけて欲しい」
○○の事を撫でさすりながら、先輩はお願いをしてくる。
そのお願いに、○○は少々バツが悪くなる。

「すいません……気をつけているんですけど、どうにも」
「意識はしているんですけどね……今みたいな時だと、つい」
撫でさすり、抱きしめてくるのは止まらないが。先輩からの反応は無かった。
多分、名前を呼ぶまでは無言を貫くつもりなのだろう。
「……藍先輩?」

おずおずと、顔を覗き込みながら名前を呼んでみる。
やはり○○が名前を呼ぶのを待っていたらしい。
名前を呼んだ途端、無表情とも言える微動だにしなかった微笑が。弾けんばかりに輝いた。
そうして、藍は○○を。自らの胸元に思いっきり引き寄せた。

「大丈夫、離さないから」
前はあの世に逃げられたからね~藍が必死になるのも仕方ないわよね。


「えっ?」
聞こえてくるのは、藍のささやきだけのはずだった。
○○の耳に藍の物とは違う、全くの第三者の声が聞こえたような気がした
空耳にしては余りにもはっきりと、その声を感じ取った物だから。
少し素っ頓狂な声を出して、顔を上げて藍の顔や周りを確認してしまった。
近くに誰かいるような気がしたから。

「……空耳。それかまだ寝ぼけてるんじゃないのか?」
勿論、この部屋には○○と藍以外の人物などいなかった。
「さぁ○○、寝直そう。明日は初っ端で岡崎先生の講義がある」
「あの人は黒板を殆ど使わずに思い切り喋るから……ちゃんと起きていないと、ノートを書ききれない」
そう言って、半分起こしていた体は藍の手でまた布団に倒されていった。
しかし藍の言うとおり。あの授業は書き取りに集中しないとならないので。ちゃんと寝て頭と体力を回復させたかった。
○○の意識はすぐに、眠りの世界に再び入って行った。


(紫様の声を感じた……)
凄いわねぇ、藍と再会してから見えない物を感じ取る力が、思いっきり上がって来てるわ。
(記憶はまだまだか……まぁいい。半端な記憶のまま幻想郷に招待しても良いか、寄り添う理由付けも容易い)
ねぇ藍~?聞いてる?ちょっと寝ないでよ、藍。藍ってばぁ。

野次馬をしている主の茶々を無視しながら。先輩を演じている藍も、眠りの世界に戻って行った。

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最終更新:2012年11月21日 13:01