ある日のお昼前

「うん、上手い。 流石オイラだね」

ここは地霊殿の厨房、そこで調理をしているのはフサフサした尻尾が特徴的な一匹の鼬妖怪、名前を○○という。

「スープはこれでよしと、後はサラダでも作るかな」

スープの出来に満足したのか、彼は次の料理に取り掛かるようだ

「他のみんなはともかくお空はトマト嫌いだからな~、どうしたものか」

そんな彼は地霊殿で飼われているさとりのペットの一匹であり
そのフサフサした尻尾を日夜他の住人達に狙われているのである

    • トントントントン

調理場に野菜を切る包丁の小気味良い音が響いていた時のこと

「うふふ~、○○のシッポ~」
「うわっ!? って痛ッ!!」

突如として少女の声と彼の悲鳴が響いた

「こいし様! いつも突然出てきて尻尾を握るのは止めてくださいってあれほど。 よりによって包丁使ってる時に!」
「だって○○のシッポがフサフサなんだもん~」

(ああ、もう。 訳がわからない)
少女の名前は古明池こいし、彼の主人であるさとりの妹である
こいしはその能力故に、五感が優れた動物の妖怪である○○や、同じくさとりのペットであるお燐でも気配を感じる事ができず
また無意識で行動している所為で、何をやらかすかわかったものではない
ある時は料理の手伝いをしてくれることもあったが、こうやって不意打ちで尻尾を触ってきたり
規則性も無ければ予兆も無い、今回のように実害が出てしまうことも稀にだがあるのだ

「もう、なんでもいいから止めてくださいよ」
「何でも良くなんてないわ。 ○○のシッポだからいいのよ」
「……血が出たから傷口を洗いたいんですけど」

尻尾を触るだけなら態々抱きつく必要はあるまいが、何故かこいしは彼に抱きついている
足を動かせないので、彼は動こうにも動けなかったのだ
早く傷口を処理したい彼がこいしを引っぺがそうとした時のこと

「それ、洗わなくてもいいよ?」
「え?」

        • パクッ

「こっ! こいし様!?」
「ん……、ちゅっ」

突然血が出ている彼の指をこいしが咥えたのだ
予想外の事に何もできない彼をしり目に、こいしはチュウチュウと音をたてて指を吸っている
初めのうちはそれだけだったが、明らかにこいしの様子がおかしくなっていった

「はぁはぁ、○○の血の味……」
「こっ、こいし様?」

こいしの顔はみるみる赤くなり、息遣いも荒くなっていった
目もトロンとしている、つまるところこいしは興奮している

そもそもこのお方は自分の尻尾を触りに来たんじゃないのか(それも十分迷惑だが)
指を切ったのは偶然としても、自分の傷口を舐める事になぜそこまで興奮するのか
自分の主人の妹が自分の指の傷を……、もとい自分の指を激しく舐めしゃぶっている
それも舐め始めて既に数十秒が経過しており、こいしの息遣いは更に荒くなっている
その異様な光景に彼は恐怖を抱き始めていた

こいしが主人の妹である以前に妖怪としての格が違い過ぎるのだ
そんな相手が自分の指を、興奮しながら舐めているのだ
妖怪同士ではあるが、よもやこのまま指を食いちぎられはしまいか
そんな考えが彼の頭をよぎった時、こいしはようやく彼の指を開放した

「ぷあっ! はぁ……、はぁ……」
「こっ……、こいしさま……?」

おそるおそる、といった風に彼はこいしに話しかけるが
鍔の広い帽子の所為でこいしの表情を読み取ることはできない
息を整えていることだけは分かるのだが、何故か彼は金縛りにあったかのように指先ひとつ、尻尾一本動かすことはできなかった

そして息を整えたこいしが徐に顔を上げ、放った言葉に--

「ねぇ○○?」
「はっ、はい!?」


「……イイコトしない?」

「…………はい?」

    • 彼は身体だけでなく思考まで凍りついた


一方のこいしは、息は整っていたが顔は以前赤らめたまま言葉を続ける

「ねぇ、いいでしょ?」

こいしの声は再び……、もとい益々熱を帯びて行く
良く見れば瞳も完全に捕食者のそれになっていた

「~! いやいやいや、ダメですって! 何を考えているんですか!?」

その眼を見て --恐怖からか-- 僅かだが冷静さを取り戻すことができた彼がやっとの思いで出だした言葉がそれだった

「何って……、女の子に言わせる気?」

言いつつこいしは元々大してなかった彼との距離を更に縮めていた
お互いの眼の間が数センチの距離しかない、相手の息が顔にぶつかる距離だった
それでもなお、こいしの眼は捕食者のそれだったので、彼は恐怖で再びかたまった

「ねぇ、いいでしょ?」

こいしが先ほどと全く同じセリフを口にし
彼の服に手を掛けたとき……

「○○~! ご飯まだ~?」

地獄鴉が、もとい彼と同じさとりのペットである空が調理場に乱入して来た

「うにゅ? 2人ともなにしてるの?」

彼と空の間には妙な空気が流れたが、突然の乱入者に彼は一気に冷静さを取り戻すことができた
一方のこいしはまた別の意味で妙な空気を放っていたが、突然の邪魔者が入った所為で動きが完全に固まっていた

「ええっと……、こいし様がオイラの服についてたゴミを取ってくれたんだよ!」

慌てて場を取り繕う○○
少々無理があるようにも思えるが、少々……いや、かなり頭が⑨な空のこと
これで大丈夫だろうと彼は頭の片隅で思っていた、思えるくらいには冷静になれていた

「そうなの? ……ところでご飯は?」

聞きつつさりげなく近寄って尻尾を触ってくる空
一方のこいしはショックからかまだ固まっているようだ

「もっ、もう出来あがるよ。 ほら、こいし様と一緒に向こうで待ってて?」
「は~い! さっ、こいし様、行きましょう」
「あっ、ちょっと!?」

空に背中を押され調理場から退去されるこいし
空を使ってなんとか危機を脱した○○、戦闘力は低いが頭の回転は(さとりのペットの中では)いい方なのだ
最もまだ彼の心の恐怖は消え去ってはいなかったが


    • 邪魔しやがって--

こいしの呟きは誰の耳にも入ることはなかった



その日の昼過ぎ

○○の自室にて

「は~、お昼はなんともなくてよかった」

こいしがまた妙なことをしないかと心配していたが、昼食は何事もなく済んだ
やはりさとりが近くにいたからだろうか
心を読むさとりでもこいしの心は読むことはできない
○○は○○で意図して他の事を考えたり、他のペット達と話をしていたので昼間のことはバレなかった
……筈だ。 いつもと変わらずさとりは黙々と食べていたので何を考えているのか全く分からなかった

「あれはこいし様の……気まぐれだよな」

よもやこんな格下の妖怪に---あまつさえ姉のペットでしかない自分に---本気であんな行為を迫るとは思えない
普段から何をやらかすかわからないこいし様のこと、他のペット達にも襲いかかっていたりして
なんて事を考えて彼は不安を紛らわせていた、こんなことをさとり様に聞かれたら(尻尾的な意味で)何をされるかわかったものじゃないな

そこまで考えて苦笑いしつつ、読みかけの本を開いた時のこと

    • コン、コン

自室のドアがノックされた

(こいし様はノックなんてしないし、まさか…、さとり様!?)
今の心の声を聞かれたとしたら…、あまり考えたくはなかった

    • コン、コン

「○○~、いないの~?」

(ああ、お燐か)
心底ホッとした○○、そもそも記憶を想起させる事ができるさとりのこと
自分から何かしたわけでもないのだから、やましいところは何も無い彼が怯える必要もない彼が恐れる必要はないのだが
そこまでは頭が回らないらしい

「居るよ、どうぞ入って」


    • ガチャリ……バタン!
    • トタトタトタトタ

「○○~」

どさぁ、と自分の名前と共に倒れ掛かってくる燐
それを受け止める○○、そして抱擁を交わす2人……

そう、この2人。 所謂恋人同士(2人とも人ではないが)なのだ

燐が告白し、彼が受け入れた
それがつい1ヶ月ほど前の話で、2人の関係を知るものは2人を除けば2人の主人であるさとりだけだ
鼬と猫という違いはあって最初は認めてくれるか不安だったものだが、さとりも2人を祝福してくれている

「お燐、痛いって」
「ああ、ゴメンゴメン」

むぎゅ~、という音がしそうなほど強く彼を抱きしめている燐に彼が苦言を呈するが
その顔は至って嬉しそうで照れ隠しなのは見え見えだった

「○○~、会いたかったよ~」
「ってお昼に会ったじゃん」
「会いたいものは会いたいの!」
「はいはい」

その反応に態とらしく不満そうな顔をする燐だが、頭を撫でてやるとすぐに満面の笑顔になった
○○はこの純粋な笑顔がたまらなく好きなのだ
尚も燐の頭を撫でながら○○は適当な話題を振る

「そういやお燐、仕事は?」
「いま休憩時間だよ? お空じゃないんだからサボったりはしないって」
「それお空が聞いたら絶対怒るぞ」

などと多愛のない会話を続けること十数分
そろそろ仕事に戻るかと立ちあがった燐に頑張ってね、と声を掛ける○○
燐はくるりと振り向いて彼の方を向くと

「○○もね、夕飯期待してるよ」

    • チュ

とやわらかい感触を彼の頬に残して部屋を出て行った


「お燐もやるようになったなぁ……」

ニヤけた顔をなんとか元に戻しながら
○○は彼女の期待に応えるべく、いつもより少し早く夕飯の仕込みを始める為に部屋を出て行った

部屋の隅で気配もなく自分達を見ていた者がいるとも気付かずに……



明くる日の午前中

○○はさとりの書斎に向かっていた
何の事は無い、毎日決まった時間に彼女に紅茶を届けることが○○の仕事の一つなのだ
だが彼は昨日の事をさとりに言うべきかどうか迷っていた
普段からこいしは何をやらかすのか分かったものじゃないが、それを踏まえても昨日の様子はおかし過ぎた
さとりと席を同じくする食事時などは、努めて他のペット達と話したり、別の事を考えていたので
昨日のあの事はさとりにも感付かれていない……筈だが、自信を持てなかった

(あれこれ考えてても何も解決しないしなぁ)

やはり話した方がいいだろうか、彼がその結論に至った時、さとりの書斎の扉が見えてきた
扉の前に立ち、主に失礼のないよう簡単に身だしなみを確認する--こういうところが他の連中(ペット達)とオイラの違うところだよね、とは彼の談--
確認を終えていざ扉をノックしようとした時のこと

「入っていいわよ」
「……失礼します」

    • カチャ----トン--
なるべく音を立てないように部屋に入り扉を閉める○○

「さとり様、ノックくらいさせてくれても……」
「あなたの声が聞こえたのに中々入って来ないから待ちくたびれそうだったわ、せっかくの紅茶が冷めちゃうじゃない」

何故だか少し楽しそうに言うさとり

「そもそも喋ってはないですけれどね」
「あら、訂正するわ。 心の声が聞こえたのに、かしら」

おどけた感じに問答を続けつつも、彼はテキパキと作業をこなし、お茶と茶菓子をさとりの前に用意する
その時に紅茶に角砂糖をひとつ、これも忘れてはならない

さとりは既に仕事に一区切り付けていたのか、彼が準備を終えると早速ティーカップを口元に運ぶ

「アッサムかしら?」
「残念、ダージリンです」
「あら、残念ね……。 でも今日も美味しいわ」
「ありがとうございます」


そして一分程が経過しただろうか、カップの中身が3分の1程減ったところでさとりが徐に彼に話しかける

「ところで、お燐とは何処まで行ったのかしら?」
「なっ」
「あら、顔真っ赤」

(さとり様ってこんな人だったっけ(人じゃないけど))
思わぬ不意打ちに彼が赤面し、それを見ながらクスクスと笑うさとり

(さっきからなんだか楽しそうだったのはこれが原因か?)
「ええ、正解よ」

心底楽しそうな顔をしているさとり、ペットをからかうのがそんなに楽しいのだろうか
態とらしくそっぽを向く彼にさとりは追い打ちをかける

「それで実際は……? まだほっぺにチュウまで? 進展が遅いわね」
「ほっといてください! あと勝手に記憶を想起させないでください!!」

完全に手玉に取られている○○だが、これもさとりなりのスキンシップ(身体は触れていないが)なのは分かっているので
それほど悪い気はしなかった

そんなやり取りをする内、なんだかんだでリラックスできた彼は、件のことをさとりに話そうとした

「さとり様、あの……」
「こいしのこと、かしら?」
「ッ!! 気付いていたんですか!?」
「勿論よ、あの程度で私の第三の眼を欺けると思っていたのかしら?」
「……浅はかでした」

自分の浅はかさを後悔する○○、他の事で頭を一杯にしていれば大丈夫、なんて認識は改めなければならないらしい
最早隠しても、嘘をついて誤魔化しても意味はあるまい
彼は潔くさとりの審判に身を委ねることにした

そして残っていた3分の1程のお茶を一気に口に流し込むと、徐にさとりは立ち上がり彼の方に近づいてきた
そして腕を伸ばせば届く位置に着いたとき、先に口を開いたのは○○のほうだった

「さとり様、オイラはどんな罰を……?」

おずおず、と言ったように問いかける
さとりはゆっくり、と言うより優雅にという形容が似合う動作でゆっくり右の手を彼の頬に添える

「あら? どうしてあなたが罰を受けるの?」
「え?」

これは予想外だった
手を出してきたのはこいしの方とはいえ、彼は抵抗もせずこいしとまぐわってしまう2歩手前まで行ったのだ
てっきり自分は折檻を受ける、最悪は追い出されるかもと思っていた

「大丈夫よ、何があったのか私には全部分かるんだから。
 流石にあの子が何を考えているのかまでは分からないけど、○○が何も悪いことをしていないのは分かるわ」
「さとり様……」

○○は心底安心した、と同時に身体の力が抜けてへたり込んでしまった
さとりは手を彼の頬から頭に移動させ、なお言葉を続ける

「悪い事をしてない者にどうして私が罰を与えるのかしら? 私ってそんなサディストなイメージかしら?」
「いっ、いえ! そんな事は無いです! さとり様はお優しいです!!」
「よろしい」

すっ、とさとりは彼の頭から手を放す
彼が頭を上げるとそこには慈愛に満ちた笑顔があった
それを見て改めて安心感がこみ上げてくる○○。 この方が主人で良かった、なんてぼんやり思っていた

「そう言うことは口で行ってもらえると嬉しいわね」
「え……、それは恥ずかしいと言いますか照れくさいと言いますか」
「まぁ許してあげるわ」

言いつつさとりは椅子に戻っていく
仕事を再開するのか、と勘付いた彼は急いでカップと茶菓子の皿を片づける
全てをトレイに乗せてそれを持ちあげようとしたとき、さとりがもう一度彼に声をかけた

「でも気をつけなさいね?」
「はい?」
「こいしの事よ。 一応私からも注意しておくけど、気まぐれでやったのか本気でやったのか、判断がつかないからね」
「本気って、ありえないですよ」
「あら、どうしてそう言い切れるの?」
「それは……、オイラはさとり様のペットですし……」
「甘いわね。 また迫られてお燐に浮気現場を押さえられても知らないわよ?」
「浮気って……」

(そもそも貴女が自分の妹をしっかり諫めてくれたらこんな事には……)
なんて思わず口にしそうになったが、なんとか飲み込んだ
飲み込んだところで、もちろん心の声はさとりに聞こえているのでジト目で睨まれたが

彼は身(主に尻尾)の危険を感じたのでトレイを持ってさっさとさとりの部屋を後にした
去り際にさとりに目配せしながら、心の中で「ありがとうございます」と礼を述べて

彼がさとりの書斎を出たとき、誰にも意識されずに一緒に部屋を出た者がいた



その日の夕方

○○は地底の街から地霊殿に帰る途中だった
消費した野菜の買い足しも調理を担当している彼の仕事のうちなのだ

「でもちょっと買い過ぎたかな」

今日の昼食にこいしの姿はなかった、きっとまたどこかでフラフラしているのだろう
さとりはああ言っていたが、昨日の事も気まぐれだったに違いない
彼はそう確信していた

(空が無駄によく食べるからなぁ、作ってる方としては嬉しいけど)
なんて呑気に考えながら、ちょうど中間地点付近に差し掛かったところで、彼は人影に気づいた
良く見なくても、それは彼が良く見知った人物だった

「あっ、こいし様」
「……○○」

そこにいたのは先ほどまで彼を悩ませていた原因であるこいしだった
だが先ほどさとりと話したお陰か、既にこいしへの警戒心は完全に元の状態へ戻っていた○○は
こいしに同行するよう話しかけるのだった

「ちょうど良かった。 袋一つ持ってもらっていいですか?」
「…………」

何も言わずに紙袋を受け取るこいし
そもそも主人の妹たる相手に荷物持ちをさせるとは何事か、と思うかもしれないが
こいしは以前、何度も買い出しについて来ては自分から荷物を持ってくれていたので、その辺りの間隔は麻痺しているようだ

対するこいしは……、何もなくても常に笑顔でいる彼女にしては珍しく無表情だ
その異変に彼が気付くのにそう時間がかからなかった

「あの……、こいし様? 重ければ無理に持たなくてもいいですよ?」
「…………」

そもそも身体能力はこいしも彼もさほど変わらないのだから、さほど重いと感じる筈はないのだが
それでもこいしの異常な様子に彼は、とても嫌な予感を感じてしまった
この短い間に何か気に触れてしまうようなことをしてしまっただろうか

2人の間に気まずい沈黙が流れる、がそれも長くは続かなかった
地霊殿の姿が見えてきた頃、こいしの歩みが唐突に止まったのだ

「……こいし様?」
「ねぇ、○○……」
「なっ、何でしょう?」

突然話しかけてきたこいしに、○○はとてつもなく嫌な予感を感じた
尻尾がぞわぞわする、今すぐにでもこの場を離れるべきかもしれない
彼の動物的な感覚がそう告げていた
だがこいしの言葉に、彼は昨日と同じく、また凍りつく事になる

「私のこと……嫌い?」
「……はい?」

予想の遥か斜め上を行く質問に、彼の頭は真っ白になった
確かにこいしは普段から何をやらかすかわかったものじゃないので、少々苦手な部分はあった
だが行く当てもなかった自分を快く地霊殿に受け入れてくれたのは何を隠そう、この姉妹である
地霊殿に来たばかりの頃、まだまだ緊張していた自分に対してこいしはいつも笑顔で接してくれた
好きか嫌いか、で言えば間違いなく好きになる

「嫌いなわけないじゃないですか」
「でもそれって、家族愛とか敬愛とかそういうのでしょう? 私が言いたいのはそういうことじゃないの」
「それって……」
「私、○○に好きになってもらえるように一杯努力したんだよ?
 重たいだろうと思って荷物持ちもしてあげたし、お料理のお手伝いもしてるし、尻尾のマッサージもよくやってあげてるし
 他にも色々お手伝いしてるでしょ?」
「こっ……、こいし様」

考えたことも無かった、自分はさとり様のペットでこいしはさとりの妹
まさかそう言う対象として見られているとは思いもしなかった

「ねぇ、私はあなたがお姉ちゃんのペットだろうと気にしないよ? 私の事好きになって……?」
「……」

『甘いわね。 また迫られてお燐に浮気現場を押さえられても知らないわよ?』
彼の頭にさとりの言葉が過った、まさか本当に本気だったとは
だが、自分には受け入れられない理由があった

「こいし様……オイラには」
「そう、やっぱりお燐がいいのね……」
「……すいません」

居心地の悪い沈黙が流れる
何と声を掛けたらいいのか分からない、そもそも声を掛けるべきなのかどうかも分からない
この沈黙が永久に続くのだろうか、そう思え始めたときこいしが口を開いた

「ねぇ○○……、アレを見て?」
「えっ……?」

こいしが指を差す先にあったのは木だった
程なくその根元に何かがあることに気づく
さらに目をよく凝らしてみるとそれは

「お燐!?」

だった、それもスタボロで虫の息なのが遠目でも分かる
思わず駆け寄ろうとする○○だったが

    • ガッ

「痛ッ!?」

その直後足に激痛が走り、彼は走り出した勢いのまま地面に倒れこんだ
それが、こいしに撃たれたのだと気付くのに少し時間が掛かった

「こいし様、何を……?」
「何って、○○が抵抗できないようにするのよ?」
「ヒッ!? あ……、うわあああぁぁぁぁ!!!??」

言い終わると同時に次々と弾幕を放ってくるこいし
体勢を利き足をやられ、体勢を立て直す暇すらなかった彼にそれを避ける術はなかった






「あ……、う……」
「こんなものかしら?」

弾幕を撃ち終えたこいしは、彼の顔を覗き込む
対する○○痛みの所為か、はたまたようやく攻撃が終わった安心感からか、意識が朦朧としているようだ
そんな彼に、こいしは問いかける

「ねぇ○○、私の事、好き?」
「お……りん…」
「ッ!」

    • バシッ

「ぎゃあ!?」

朦朧とする意識の中でも、自分を拒絶する○○
自分の思い通りにならない、そんな彼の様子が気に食わないのか、こいしは一際強烈な一撃を叩きこむ
下手な人間ならば死んでいるであろう強烈な一撃に彼の意識は覚醒するが、同時に激しく悶絶する

「ガフッ! ゲホッ!」
「…………」

不満そうな、といった表現がとても似合う表情で彼を見下すこいし
いつもニコニコしている彼女からはとても想像できない表情に、彼の恐怖は更に高まっていた
そしてようやく彼が息を整えてきたところでこいしは再び話しかける

「はぁ……、はぁ……」
「ねぇ○○?」
「はぁ……、はっ……はい!?」
「ワタシノコト、スキ?」
「えっ……、うっ」

あまりに以上なこいしの表情と行動に、そして自らの身体を苛む痛みの所為で、最早何かを思考することすらままなっていない○○
そんな彼の様子が気に食わないこいしは、また弾幕を放とうと構えるが
生命の危機を感じた彼は、働かぬ頭で相手の望む答えを絞り出した

「ヒッ!? あ……、はい、好きです! 大好きです!!」
「……本当?」
「本当です! 大好きです!!」
「私のこと……愛してる?」
「はい! あ……、愛しています!!」

最早彼の頭は、死を避けようとする本能だけが働いていた
絶対的な強者には逆らわない、動物的な本能が働いたのだろう

ようやく自らが望んだ答えを聞き出せたこいしは、満足そうな顔をしていた
そして徐に掌をかれの頭に伸ばし……

「ッ……!?」

また攻撃されるのか、来るべき衝撃に身構える○○であったが、衝撃は来ず
代わりに頭を撫でられていた

「怖がらなくてもいいよ? ○○。
 私を好きで居てくれるのならもう痛いことはしないからね」
「こいし・・・さま?」
「さぁ、行こっか。 2人だけの家に
 ここに居たらまた他の泥棒猫が来るかもしれないし、どっち道私はもう地霊殿には居られないしね
 大丈夫、あっちこっち言ってたおかげで隠れ家に使えそうな所はいっぱい知ってるよ?」
「…………」

自分はこれからどうなるのだろうか、ボンヤリとそう考えつつも
命の危機を脱し安心して気が抜けてしまったのか、人型に変化する力も無くなり元の鼬の姿に戻ってしまう○○
その○○を抱きかかえ尚も彼を撫でながら、地上への出口向かってこいしは飛び立った

○○は薄れゆく意識のなかで、さとりに撫でられている感触を思い出していた
きっと自分はもう一生、主人にも恋人の猫にも会うことができないのだろう
お燐は助かるだろうか、誰かが見つけてくれるといいのだけれど
そこまで考えたところで彼は寝息を立て始めた



その後

2人が行方不明になった(こいしは元々よく行方をくらませていたのでカウントされていない)ことに気付いたさとり達
このままでは夕飯が食べられないと○○と燐を探すうち、瀕死の燐を発見し保護する
昨日のこいしの様子から何が起こったのかを察したさとりだが、まずは燐の治療の為一度地霊殿に引き上げた

数日の後
こいしと、攫われた○○を探そうとさとりは自らのペット達で調査隊を組織するも
地底の妖怪たちが地上でそれほど自由に動き回れる筈もなかった
犯人がこいしということで地霊殿の体裁の問題もあり、山の神に助けを借りる訳にもいかず
さとりの交友関係も非常に狭いので他に頼りに出来そうな相手もおらず

結果、回復した燐を含め極一部の地上で動けるペット達だけで数ヶ月の間捜索を続けたのだが
その程度で無意識で行動することができるこいしが見つかる筈もなく、さとりは二人の捜索を断念した


その後も燐だけは諦めずに捜索を続けたのだが、ある日燐も行方をくらませた
燐の身に何があったのか、こいしと○○は何処で何をしているのか
それは今も分からない

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最終更新:2013年04月01日 20:04