幽々子 > 13スレ > 253 の続き






















ボクは、最後の時を迎えようとしている。
このお屋敷に来てから2年。外の世界で受けた告知は一年足らず。
よくも持ったと感心できた程だ。
幽々子さんや妖夢ちゃんにもよく死なずに生きれたものだと感心された。

だが、限度はあった。
ただでさえ病魔のおかげでボロボロだったボクの体は、終に決壊の時を迎えた。

「今夜、貴方は死ぬわ」

笑顔で幽々子さんはボクに死を告げた。
今夜が待ちに待った満願成就の日、と言わんばかりに嬉しそうな笑みを浮かべて。

「そう、ですか」

僅かな腐臭を隠す為香を焚き込めたボクの部屋。
ボクはここ暫くずっと寝たきりだった。
もはや起き上がる事も叶わず、身の回りの事は全て妖夢ちゃんが行っている。
寝たきりになると気力が萎えると聞いてたけど、身をもって知った。

「幽々子さん、今のボクは、あなたにとって、どう見えます?」
「とても、美しく愛おしく見えるわ」

きっぱりと、幽々子さんは断言した。
今のボクの姿は衰弱し切った半死人。肉も殆ど落ち、老人のような細い手足になっている。

その体を、幽々子さんと妖夢ちゃんは、丁寧に丁寧に湯灌の湯を染み込ませた布で清めていく。
時折ボクがくすぐったそうに声をあげると、二人は顔を見合わせクスクスと微笑んでいた。

清め終えたボクの体に、二人は白木綿の白衣を負担がないように着せる。
物差しや鋏は使用せず、縫い糸は返し針をせず糸の先端を丸めないよう心掛けた昔乍らの死に装束。
あの物臭な幽々子さんも参加してせっせと針を動かしてたと妖夢ちゃんから聞き、さぞこの衣装を使う時を心待ちにしてたのだと納得する。

「いい、着心地ですね」
「そうでしょー、私張り切って作ったのよ? そういって貰って嬉しいわぁ」
「フフフ、幽々子様ったら本当に頑張ってくださったんですよ」

有難いなぁ、とボクは嬉しくて涙を流す。
二人の幸せに満ちた顔つきからして、本当にこの日を迎えるに万全の準備を尽くしてくれたのだ。
無機質な病室で日毎憔悴が深くなる家族の顔を眺め、諦観が端々に見える医者の診察を受けていたあの日々と比べて本当に幸せだ。

普段とは違い左前に着せた後白木綿の帯を締める。
額には三角形の布(幽々子さんと同じものだ)を巻き付ける。
足に白脚絆と足袋を履かせ、布団の脇に杖を安置する。

「でもー、杖なんて居るのかしら。別にここから出るわけじゃないのに」
「幽々子様、一応形式に則っていますので」
「まぁ、直ぐに、ゲホッ、体が万全に動くか解らないし、一応、持ってた方がいいかも」

和気藹々と語りながら、準備は進められていく。
お香の代わりに線香が焚き込められ、幾つもの燭台が立てられ蝋燭の灯りが部屋を照らしている。
守り刀として魂魄家秘伝の宝刀が飾られ、北向きの枕の向こう側には普段幽々子さんの部屋にある蝶の屏風が置かれていた。

「幽々子さん」
「なぁに、◯◯?」

死を迎え入れる準備が万端に整えられたボクの部屋。
妖夢ちゃんは西行妖の側に掘られたボクの墓穴と、ボクが入る棺の確認のため部屋を出ている。

「本当に、ありがとう。ここで死ぬ事が出来なかったら、ボクは、病気に絶望しながら死んでいた」
「ふふふ、いいのよ◯◯。女はね、好いた殿方の為ならどれ程にでもはからう事ができるの……はい、お水。ゆっくり飲んでね」

添い寝をするように横たわったまま、幽々子さんはボクの口に水盃を傾ける。
ある意味最後の水で喉を潤し、ボクは最後の時を待つ事にした。

「死に最も親しかったあなたが、私達の元へ本当の意味で来てくれる……これ程に嬉しい事はないわ。ねぇ、◯◯」

薄らぎ、揺らいでいく視線に、幾つもの死蝶が舞い始める。

「私ね、あなたに出会ってから、ずっとずっと死を与えたくてしかたがなかった」

すっと、ボクの喉笛に、彼女の冷たい手が乗せられる。

「寝付けない夜、こんな感じで死を与えようとして悩んで、結局思い留まるのをずっと繰り返してたんだから」

優しく、指先が喉を抑えた。もう少し力を入れれば、弱り切ったボクの呼吸を止められる力加減で。

「よく、加減を、心得てるみたいですね」
「ええ、そうでなければとっくの昔に死に誘っちゃっていたわ」

紫の蝶に、赤の蝶が混ざる。
ボクの血を媒介にして幽々子さんが作った蝶たちだ。
赤と紫の蝶は、交わるように、重なる様にボクと幽々子さんの上を舞い踊る。

「妖夢を抑えるのだって大変だったんだから。あの子も私と同じ、死に近すぎる貴方のあり方に惹かれていた。
 いな、惹かれすぎていた。思わず、自身の刀で斬り裂き、死をもたらしたくなる位に」

それは意外だったのでちょっとだけ驚いた。
あの子はいつだって病魔に苦しむボクに対して色々気遣っていた。とてもいい子だった。
そんな子が影でボクを死に至らしめたくて仕方がなかっただなんて。

「そんな気持ちを抑えてもなお、私は貴方が死に至るまでを見届けたかった。貴方の命の揺らめきが途切れて消えるまでを。
 前にも言ったように、私はあなたの在り方のすべてを受け入れたいのよ。死と生の間で揺らめく貴方の命を。
 そして今こうして、燃え尽きる直前の蝋燭のような、あなたの命の瞬きを見ることが出来た……」
「ええ、そうです。見ることが、出来ました……◯◯さんの命、とっても、綺麗……」

いつの間にか、妖夢ちゃんが部屋の中に戻ってきていた。
彼女の顔は、幽々子さんと同じ、熱に浮かれた目でボクを見ていた。

「さぁ、刻限よ◯◯。生が終わり、死が始まるの。貴方の新しい死がやってくるのよ」

もはや、視界は不明瞭になっていた。
ぼんやりと赤と紫が幾つも揺らめきボク達の上を通り過ぎていく。

「永久の貴方を見せて◯◯。死して尚愛おしい、貴方の死の在り方を私に見せて。それを、私は全てをもって愛し続けるわ……永遠に」




部屋に満ちた死蝶の群れの中、ボクと幽々子さんと妖夢ちゃんはとても死合わせだった。






ボクはその晩、生者としての死を迎えた。

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最終更新:2013年05月26日 15:17