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「なぁ霊夢」

風に冷たいものが混じり始めた秋の夕暮れ。竹箒を手に、こちらに背を向ける形で境内の落ち葉を広い集める霊夢に声を掛ける。霊夢は何よ、と返事を返すだけで、顔をこちらには向けてくれない。
相手の顔をろくに見ることができずに自分を思いを伝えるのは虚しいものがあるが、仕方がない。
今ちゃんとはっきり自分の思いを伝えないと、何故かもう二度とチャンスがないような気がした。

「好きだ。俺と付き合ってくれ」
「別にいいわよ」
「そうかよかった……、って、ほんとに?」

あんまりにもあっさりすぎて、逆に呆気にとられてしまった。本来喜ぶべきところなのに、何故か疑ってかかってしまう。そんな俺の様子を感じとったのか、竹箒を持った手を動かすのをやめ、そこで始めて霊夢はこちらに振り向いた。

「なによ、付き合ってあげるっていったんだからもっと喜びなさいよ。それとも何、私がこんな時に嘘をつくとでも思ってる訳?」

そういう霊夢の顔は、よくよくみるとほんのりと紅い。
そこで俺は始めて告白の成功を確信し、もうそろそろ冬眠の準備を始めていたスキマ妖怪の眠気を全て吹っ飛ばすほどの歓喜の声を、幻想郷中に響かせた。




そしてそれから数週間後。今度冬眠の邪魔したら楽には死なせない、とぶつくさ呟きながら冬眠の期間に入ったスキマ妖怪をよそに、晴れてアツアツのカップルと相成った俺達は思う存分恋人生活を満喫していた。

周りも俺達のことを祝福してくれ、博麗神社ではいつもの宴会より一回り大規模な宴会が行われた。
宴会は連日連夜行われ、さすがに人の身の俺では頭が割れそうなぐらい痛かったが、周りから「祝言はいつあげるんだ」とちゃかされ顔を真っ赤にして暴れる霊夢を見て癒されたり、宴会の途中でさりげなく甘えてくる霊夢に癒されたりと、なんとか霊夢のおかげで生き地獄のような宴会を乗り越えることができた。

ただ一つ心配だったといえば、宴会と聞けば会場の準備が整う前に突っ込んでくる魔理沙が珍しく体調を崩したとかで、結局顔を出さずに終わったことだけだった。

魔理沙の体調のことは確かに心配だったが、あいつだって人間なんだから風邪を引く時ぐらいあるだろうと自分なりに解釈し、後でお見舞いに行こうと思っただけで、特に気には留めなかった。

結局、例の連日のドンチャン騒ぎで俺がノックダウンしている間に魔理沙は復活し、宴会に顔出すことなくどこぞに出かけに行ってしまい、ついぞ俺は魔理沙を見舞いに行くことができずに終わった。
その後数日間魔理沙は家を空けたままで帰ってくることなく。
病み上がりの状態で出かけたせいでどこかでヘマをしたのでないか、と段々と心配になって来た時。

魔理沙は何ら変わらぬ様子で、博霊神社に現れた。



「よぅ○○、久し振りだな」
「ああ、久し振り。お前しばらく家空けてたらしいけど、いったいどこ行ってたんだ?」


神社境内にゆったりと箒で降りてきた魔理沙に問いかける。魔理沙は地面に足を着け、スカートの裾をきっちりと直すと、ああ、とこちらに向き直り答えた。


「ちょっと魔法の森の奥地の方に、ごく短期間しかとれない茸があってな。それを採りに行ってたんだ ぜ」


そういう事情か。俺と霊夢の祝いの席に付き合いの長い魔理沙が来てくれなかったのは悲しいものがあるが、魔理沙が意外と努力家なタイプなのを知っているのでそう言われれば納得せざる終えない。
俺がそのまま魔理沙と話をしていると霊夢は離れたところで何も言わずじっとこちらを見つめていた。俺がその霊夢の視線に気付きそちらを向くと、何もいわずにプイッと顔を逸らしてどこかに去ってしまった。変に思って魔理沙にあいついったいどうしたんだと聞くと、


「○○は気付かなかったんだろうが、あいつ数分前からずっとあの調子でこっちを見てたんだぜ?
 始めは声を掛けようか迷ったんだが、何だか気味悪かったからやめておいた」


との返答が返ってきた。俺は不可解な霊夢の行動に首をかしげたが、何か霊夢にも事情があったのだろうと気にしないことにしておいた。



その数日後、今度は紫が神社に遊びに来て、しつこく俺に絡んできた。いつもの霊夢だとこういう時は面倒くさそうに紫に「○○も困ってるしやめなさい」と注意してくれるのだがその時は様子が違っていて、無表情な顔で紫に「紫、やめなさい」と最後通牒を渡すような張り詰めた様子で紫を睨みつけた。
紫も何か勘付いたのか、いつもはふざけた調子で駄々をこねるのにその時はご機嫌がななめのようね、とだけ言い残しさっさとスキマで帰ってしまった。
さすがにこれは見逃す訳にはいかず、霊夢にそんな怖い顔をしてどうしたんだと聞くと、またも何も言わずに社務所の奥へと引っ込んでしまった。
その後の夕食時に、再度訳を聞いてみたが、その時は普段通りの調子で、そんな強くいったつもりはないけど紫には悪いことしたかしら、と呑気な顔をしてご飯を頬張っていた。


その後も相手は変わるだけで同じようなことが何度も続き、その度に俺は霊夢に注意したが、そりゃ悪いことしたわね、そんなつもりは無かったんだけど、と返されるのみだった。
さすがに何度もこういうことが重なると、段々博麗神社に誰も寄り付かなくなり始めた。
ついには紫までもが霊夢が神社にいる時は遊びにこなくなり、博麗神社とは別の場所で会った時に、遠まわしに彼女の手綱ぐらいちゃんと握りなさいと嫌味を言われた。
そしてついに、面の皮が厚い魔理沙を除いて、誰も博麗神社に遊びに来ないようになった。



博麗神社に誰も来なくなってから幾日か。今度は里の顔役の方から苦情が来た。
どうやら霊夢は白昼の市井のど真ん中で、いきなり人里の娘を怒鳴りつけたらしい。
その人里の娘は俺もよく知っている人物で、いつも懇意にしている八百屋の娘だった。
その八百屋の娘はどうやら親の使いで買い物をしていたらしく、里の大通りで後ろから霊夢に声を掛けられ振り返ったら、特に霊夢に対して何かをしたわけでは無いのに因縁をつけられ、困った娘がしどろもどろしていると、霊夢の口調が段々と荒立って行き、ついには娘を人が行き交う市中のど真ん中で怒鳴りつける結果になったらしい。


娘は何故こんなことになったかついぞわからなかったらしいが、
曰く「 博麗さんは怒鳴っていた時、何やら『○○に馴れ馴れしく近づくな』とか口走っていました。」と泣きじゃくりながら里の顔役に話したと言う。

それを俺に話す顔役の表情もただ困惑しているばかりで、霊夢のことが気に入らないとかの理由で難癖をつけているわけじゃないことは明白だった。


ここまでくると、何か言わない訳にはいかない。すぐに霊夢の元へ行くと、この件に関して問いただした。


「なぁ霊夢、ついさっき人里の方から連絡があったんだ」
「へぇ、人里が何か言ってくるなんて珍しいわね、で、何て?」


勘の鋭い霊夢ならば、もうこちらの言いたいことに気付いているだろうに、あくまで知らん顔をして平然としている。そんな態度に困惑しつつも、俺は口を開いた。


「言わなくても分かっているだろう、何であそこの八百屋の娘さんを白昼に怒鳴りつけるようなまねを したんだ? 何か気に入らないことでもあったのか?」


そう霊夢に諭すような口調で聞く。霊夢は気だるげな表情をしながら答えた。


「最近あの子が○○に馴れ馴れしくして迷惑をかけていたから、ちょっと注意をしただけよ。別にあの 子だけに限らず、紫にも、他の奴にも。○○も連中の馴れ馴れしさにちょっとうざったいと感じてい たでしょう?ほら、前紫に絡まれていたときにも、迷惑そうな顔をしてたじゃない」

「そんなことはことはない。紫とはただ単にふざけ合ってただけし、他の奴だってうざったいなんて思 ったことは―― 」
「うるさいわね」


俺の言葉は霊夢に遮られる。最初の気だるげな表情は消え、こちらを威圧するような態度に、俺は息が詰まるような感覚を覚えた。


「私が良かれと思ってやっている行動が迷惑だって言うの?」



そう言った霊夢の冷たい視線に貫かれ、脊髄が震えるような恐怖に襲われる。何か言い返そうとしても
乾ききった唇は言うことを聞いてくれない。そんな俺の様子を見取ったのか、霊夢は嘲るような笑みを浮かべながら言った。


「別にそんなに怖がることないじゃない。もうこの話は終わり。ご飯の仕度でもしましょう? 」


情けないことに、俺はそれに対して頷くことしかできなかった。




その後、半ば強制的に食事の席に座らされるが、頭の中には先ほどの霊夢の怜悧な表情が焼き付いており、食事が喉を通るはずもない。
霊夢は焼き魚の身をほぐしながら何かしゃべっているが、こっちは生返事を返すことしかできない。そんな状態のこちらを知るか知らずか、霊夢は俄然一人でしゃべり続け、食卓は何ともいえない淀んだ空気に包まれていた。
食事を終えると、霊夢には何も言わず外に出、神社の階段に腰を降ろす。


「……お、星が綺麗だな」


見上げると、空には視界いっばいに広がる満天の星空。
最近の霊夢の暴走、そして自分は彼女にどう接していくべきなのか、考えなければいけないことはたくさんあるが、今は何もかも全部忘れて、ただ夜の星空を眺めていたい気分だった。


「……流れ星か、あれ?」


何も考えずにただただ夜の星空に浸っていると、空から流れ星らしきものが近づいてくる。
ただ疑問なのは、流れ星にしては高度が低すぎるのと、願い事が三個どころか余裕で五個以上は言えそうなぐらい見えてる時間が長いこと、最初は黒い豆粒のようにしか見えなかったのに段々よく見知った姿形になってきてること。
そしてその流れ星はここに近づくにつれて速度を落とし、のちょうど真横に降り立った。


「……よう、魔理沙。こんな時間帯に何しに来た」
「何しに来たって、暇だから遊びに来たんだぜ」
「悪いが、今俺は遊びたい気分ではないのだが」
「えらく不機嫌だな。どうかしたのか?」


……魔理沙に霊夢のことを相談してみるべきであろうか。
魔理沙は俺よりか霊夢との付き合いが長い。相談相手としてはうってつけだろう。


「……なぁ魔理沙、最近霊夢の様子がおかしいのは知っているよな?」
「ああ知ってるぜ、何せ私も被害を被っている一人だからな」
「……そうか魔理沙もか。お前だけ神社に来るのをやめないから、さすがに霊夢もお前に対してだけは そんなにひどいことしてないのかと」
「そんなやわな性格じゃないぜ、あいつは」


そう言って魔理沙は苦笑する。その苦い笑みからは、魔理沙の相当な気苦労が見て取れた。
第一、魔理沙の苦笑いなど早々見れるものではない。よっぽど魔理沙もここ最近の霊夢には耐えかねているのであろう。


「なぁ、○○。なんで霊夢があんな風になったか分かるか?」


それがまず分からない。いや、頭の中にひとつ答えがあるが、それはとても自惚れた答えで、とてもそれが合っているとは思えない。


「……分からないな。とてもじゃないがあの頭の中がお春な霊夢を、あそこまで豹変させる理由があるとは思えない」
「……てっきりこれぐらいの事ぐらい分かっていると思っていたけどな。まぁいい、教えてやるぜ」


そう言って魔理沙はいったん言葉を切ると、真剣な目をしてこちらを見据える。
心なしか、こちらの心拍数が増えたような気がした。


「嫉妬してるんだよ、○○と仲が良い奴に。……○○と恋人同士になれただけでも十分幸せだろうに、 贅沢な奴だよな」


頭の中にただ一つあった、ただの俺の自惚れだと思っていた答えを、魔理沙はそのまま口にした。
そんな訳が無い、と反論しようしてして、だがそれは魔理沙の有無を言わさぬ声に遮られた。


「そんな訳無いとは言わせないぜ。だって、今までの霊夢の行動を見たらすぐる分かることだろう?  霊夢の暴走には、必ず○○のことが関わっている」
「……仮にそうだとしよう。もしその場合、俺はいったいどうしたらいい?」


俺がそう言うと、魔理沙はいつもの明るい笑顔を浮かべる。そして言い切った。


「簡単な話だぜ、結局は○○が奪われるかもしれないっておびえているだけなんだ、それなら○○が霊 夢がそんな考えがい浮かばないぐらいしっかりと構ってやれば いい話じゃないか」


……心の中の霞がかっていた霧が全て晴れたような気がした。なんだ、簡単な話じゃないか、俺は今まで通り霊夢愛してやればいいだけ。さっきまでこれから霊夢とどう付き合っていくかなんて考えていた自分が馬鹿みたいだ。

それに今考えてみれば、俺は霊夢の恋人なんだから、どんなに霊夢が変わっていっても支えていけばいい話じゃないか。
いや、ただ支えるだけじゃなくて、おこがましい考えかも知れないが、もし霊夢が間違った方向に走っていくならそれを正してやるのも俺の役目ではないのか。もしかしたら今はその時かもしれない。

そう思うと、霊夢に一睨みされていたぐらいでびくびくしていた自分が急に恥ずかしくなってきた。
取り合えず、今はこの考えに導いてくれた魔理沙に礼を言わないと。

「ありがとう、魔理沙。おかげで俺なりに答えがでたよ。……もしまた困ったら、また頼っていいか?」
「こんな簡単な恋いのご悩みならいつでも解決やるぜ、何せ私は恋色の魔法使いだからな。でもその代わり、成否関わらず報酬はいただかせてもらうからな」
「ああどんな報酬を要求されてもいい様覚悟しとくよ」


「言ったな、絶対だぜ?」

いつもの小生意気な、でもどこか可愛らしい笑顔を浮かべる魔理沙。
ああ、と魔理沙に答えると、だいぶここにいている時間が長くなってきたのでもうそろそろ霊夢の元に帰りたい旨を魔理沙に伝える。
すると魔理沙にさっきまで家に帰るのが怖いガキみたいだったのに現金な奴だなと笑われた。

じゃあな、と言い残して俺は魔理沙に背を向け階段を上ろうとする。すると、魔理沙にちょっと待て、と呼び止められたので、いったい何だと振り返った。

――瞬間、唇に柔らかな感覚と鼻孔をくすぐる甘い匂いがした。
キスされた、と頭が気づく前に魔理沙は俺から身を離す。
俺が何してんだ、と慌てながら口を開く前に、魔理沙が先に口を開く。


「いいか、これは前払いだからな!後払いもしっかりいただくからな!!」


そう魔理沙は顔を真っ赤にして早口にまくしたてる。俺が呆然として何も言えない間に魔理沙は帽子を深く被り直し、さっさと夜の星空へと消えていった。


「何がしたいんだ、あいつ……」


あれは魔理沙なりの体を張った冗談なのだろうか。
頭は再び混乱してきたが仕方がない、取り合えず霊夢の元へ帰ることにした。








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最終更新:2019年02月09日 21:46