ヒモ◯◯、幻想郷にてシークレット・マダオ(営業時間外限定)に囲われる


ヒソヒソと白い目で囁き合う里の青年達の視線を避ける様にして、◯◯は慧音さんの屋敷へと入る。
質実剛健で華美を好まない彼女の気質らしく、敷地の大半は書庫に宛てられ居住区画は全体を見れば非常に質素だ。
◯◯はせめてもの手伝いにと買いだしてきた生鮮食品や乾物を台所にしまうと、瓶の水を飲んで一息ついた。
やはり自分はこういう人間なんだろうか。別世界に来ても、白い目や邪推の目で見られる。
◯◯は嘆息を吐きながら、食事の支度にかかる。今、彼が養って貰っている女性の為の食事を。

上白沢慧音。人里に棲む半人半妖であり、村の重鎮であり人里きっての人格者。
彼女はボランティアで迷い込んだ外来人の世話をする事もあり、◯◯もその伝手でこの家の世話になっている。
とは言え、あくまで短期の筈だった。外来人達が行き場を決めるまでの短いお世話、その筈だったんだ。

「◯◯ぅ、聞いてくれぇ、私はなぁ、里を思ってぇ」

芋焼酎を割らずにがぶ飲みし、着崩れた夜着から見える白い肌を隠す様子もないまま愚痴を吐き散らす。
普段のきりりとした装いを知る者なら卒倒するだろう姿。しかし、彼女は間違いなく慧音だった。
慧音は裏表の激しい女性だった。◯◯と晩酌すると必ず泥酔する彼女曰く、気がついたらそうなっていた。
本来の彼女は別に清廉潔白でも無ければ重鎮を目指す程の気持ちもなかった。
ただ、人が好きで歴史を編纂するのが趣味なだけだった。
ちょっとだけ責任感が強く、頼まれると断わりづらかった。
それが幾つも重なり、彼女がこなし続けてしまった結果今がある。
責任感の所為で表向き完璧な『顔役』を演じていたが、長い年月と演技は彼女の心の澱を溜め続けていた。
そんな疲れ果てた彼女の前に現れたのが◯◯だった。
女性絡みの問題、しかも複数(4人!)が相手と聞き呆れ果てたのをよく覚えている。
儚げな童顔と自信のなさげな面持ちに「早く外界に返そう」とも思った。

今なら、4人もの女が◯◯との間で問題を起こしたのがよく分かると慧音は感じた。
◯◯は天性の女誑しだった。無自覚に女を堕落させる魔性を悪意なく振るう被害者の皮をかぶった加害者だった。
気が付けば内側に入り込まれ、他人には決して見せなかった部分をさらけ出していた。
抱えてた澱を吐き出しても黙って受け入れてくれるとわかれば、もう歯止めは効かなかった。
この状態になって彼がどこか諦観を帯びた顔をしているのも、外の世界で自分の様な女に依存されていたのだと慧音は推測している。
臥所での女の扱いが妙に上手なのも、つまりはそういう事なのだろう。

「なぁ、◯◯。ずっと私の側に居てくれよぉ。外の女達にした様に、私を置いて行かないでくれよぉ。
 なんでも私に言ってくれ、お前が望むようにするから、お前が望む女になるから!
 過去が苦しいならお前の歴史の改編をして忘れさせてあげてもいい。
 もう、一人で居るのは嫌なんだ、たった一人で抱え込むのは疲れたんだ。
 お前だけが、私の苦しみを受け止めてくれるんだ。引き換えが欲しいなら何でもする!
 だから頼むよぉ、私から、離れないでくれぇ……!!」

◯◯は産まれたままの姿で、咽び泣きながら自分に懇願する慧音を見下ろし愕然とした。

「幻想郷って、やっぱり残酷だったんだ」

現実から逃げた先にすら、同じ様な女性が居て、やはり自分は逃げられない。
こちらを上目遣いで見上げてくる慧音の瞳は、感情が高ぶった時の教授と同類だった。
慧音が身体をずり上げ、◯◯にしがみついてくる。逃げられない。

「僕は、次は、どうしたらいいんだろ―――?」

女に依存され望まれるまま生きるか。
更に幻想の郷からすら逃げ出すか。

堂々巡りの◯◯の思考は、慧音の情熱的な口吻でブツリと焼き切れた。

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最終更新:2013年09月16日 02:01