「……永琳先生、頼まれていた調合終わりました。上手く行っているかどうかの確認、お願いします」
「ああ、○○……ありがとう」
あれからいくらかの日にちが経った。
イナバ達は、お給金を予想以上にもらえたらしく。お祭り騒ぎこそ終わったが、夢心地の気分はまだ抜けていないようである。
随分遊んでいたようだが、まだそのような気分でいられるくらいには。お給金が残っていると言う事だろう。

ただ、イナバ達は夢心地に浸りすぎて、頭の回転まで鈍くなっているようで。
残ったお給金を何に使おうか、それとも貯金してしまおうか。そのような事ばかり考えているから、しょうもない失敗が増えていた。
具体的な例を上げれば。薬を薬包紙に包む際、上の空状態で作業しているから薬包紙の上ではなく。
作業をしている机の上にざらざらと、薬を全部食べさせたり。
水薬を作る際、水の量が多すぎるを通り越して。器からダラダラと溢れているのに、隣にいる友人とのお喋りに夢中で中々気付かなかったり。
とにかく、色々と酷い状況だった。

普段ならば、その種の失敗が一回あっただけでも永琳からきつい雷が落ちて。その後は平常通りの動きに戻るはずなのだが。
この日だけはその種の、しょうもない失敗が頻発していた。
勿論、永琳だって怒っていないわけではない。その怒り方にいつもより身が入っていないだけである。

元々本当に危ない、劇薬関係の扱いは、ほぼ永琳が。精々鈴仙とてゐがその一部の一部を受け持っているという状況でしかなかった。
要するに、イナバ達が扱っている薬は。薬と呼ぶかどうか首を傾げる、滋養強壮剤の類が殆どだった。
なので幸いな事に、重篤な事故などには至っていないが。
イナバ達がこうも浮き足立った状況で、更にそれを永琳が制御出来ていない物だから。
永遠亭全体の仕事の能率が、平時に比べて著しく落ちていたのは事実だった。

ならば輝夜はどうした、となるのだが。その輝夜が一番酷い状況に陥ってしまっていた。
永琳の背中から悲鳴を上げて飛び降り、逃げ出してしまった後。輝夜は部屋に篭りっきりで、ろくに外にでていなかった。
具合を気にした○○が会おうとしても、脱兎の如く逃げられるのが常で。
そんな対応を繰り返される物だから、○○自身非常に傷ついてしまい。○○の方もここ最近は元気が無かった。

永遠亭の実務上の頂点である永琳が、本調子を出せずにいて。その永琳の精神的支柱である輝夜がすっかり塞ぎこんでしまっていて。
そんな塞ぎこんだ輝夜の姿を見ていると、ますます永琳は調子が落ちて行き。
近くで仕事をしている○○も。輝夜に拒絶されるわ、覇気の無い永琳の毒気に当てられるわで。こちらもどんよりとしていて。
鈴仙とてゐも、なし崩し的に開放されて、監視も緩くなってこそいたが。
どんよりとした○○を見て、盛る気にもなれないし。
目の上のたんこぶだったはずの、輝夜永琳に元気が無い事が。逆に鈴仙とてゐから、刺激を奪ってしまっていて。
つまりは、こちらもいまいち覇気の無い毎日が続いていた。

妹紅は一回だけちょっかいをかけに来たが。覇気の無い輝夜……もとい、永遠亭の姿を見て興が削がれたらしく。
一回来たきりで、再び来る事はなかった。



「……うん。大丈夫よ、○○。問題無く出来ているわ」
輝夜が何故、○○を避けるか。永琳にはその心中、十分理解できている。
輝夜は気にしているのである。あの日あの時、蓬莱人の業を○○に向って、隠さずにまざまざと見せてしまった事を。
輝夜が蓬莱人である事を、○○はまだ知識としてしか分かっていない。少なくとも輝夜はそう思っている。
それなのに、十分な下地を作らずに、何の準備も無く、最も濃い部分をいきなり見せてしまった。
その事による影響に、輝夜は怯えてしまっているのだ。

輝夜の○○への愛が揺らいでいるわけではない。でもその逆は?
それを考えてしまうと、その予想が当たっていると言う場面が、不意に見せる○○の仕草で感じ取ってしまったら。
その事実を確認するのが嫌で……もしかしたらそんな事実は無いかも知れないのに。
輝夜は○○を避けてしまっているのだ。
但し、決して拒絶しているわけではないのだ。○○自身を嫌いになってしまった訳ではない。

その事は、永琳が何度も○○に対して言い含めてはいるのだが。
いくら最も親しい永琳からの言ではあっても。本人から直接聞いている訳では無いので、どうしても空虚感をお互い感じざるを得なかった。

「そうですか……なら良かったです」
「……」
その空虚感は、日々のお互いの付き合いにも影響を及ぼしていた。
普段なら、他愛の無い会話の一つや二つ合ったはずなのに。会話の種が尽きて、沈黙が流れても別段気まずさなど、どちらも感じなかったのに。
今の永琳と○○の間に流れているのは、間違いなく気まずい空気であった。
最もそれ以前に。天気や休みの予定などの、他愛の無い会話ですら、今の段階ではぎこちなさが際立っているのだが。

そんな空気が支配している物だから。下手に事務的会話以外の話をしようとすると、それが余計に酷くなるから。
事務的会話意外は、完全に無言であった。


一度永琳は輝夜に対して。会う事が出来ないのならば、せめて手紙でも出せばどうかと進言したのだが。
手紙を出す事に対しては、良い案だと感じてくれて、文を書く用意まではしたのだが。
「……何を書けばいいのか分からない。どんな言葉を使えば良いか、全然分からないの!」
そう言ってポロポロと、泣き出してしまった。

似たような事案は○○も抱えているらしく。
「永琳先生……その、輝夜の事なんですが。あの日の事は気にしていないという旨を……ですね」
「本当なら、もっと言わなきゃいけない事はあるんでしょうが。すいません口下手で」
と、しどろもどろになりながら。永琳から輝夜への言伝を頼んで来た事があった。

始めはこんなぎこちない物でも。これを取っ掛かりに、事態を軟化させる事が出来るのではと期待したが。
「それだけ……?」
「ええ。でも、必死で捻り出した言葉です、○○も言葉の少なさを随分気にしていました」
「そりゃそうよね……」
「姫様……?」
「私みたいな人外に、かけれる……言葉なんて、そんな……月並みな物しか」
「姫様!違います!それは姫様の考え過ぎでしかありません!!」
「言葉が少ないのを気にしているのだってきっと、いや……絶対に―
「姫様!お気を確かに!!それだけは、絶対に違います!!」
会えば自分は嫌われてしまうという、もう強迫観念と言って良いぐらいにまで追い詰められた輝夜の心では。
事態が悪い方向に動いていると言う考えに、無理矢理巡るだけであった。

次の日。当然の事ながら○○は、言伝を受けた輝夜の様子を、永琳に聞いてきた。
何を話せば良いか分からなかった。下手に捏造粉飾しても、長続きしないどころか。却って事態を悪くするだけ。
かと言って、正直に話しても……やはり○○は傷ついてしまう。

そんな答えに詰まる沈黙と、浮かぶ表情こそが。何より雄弁な答えになってしまった。
「……そうですよね。あんな月並みな言葉じゃ……幻滅されるだけですね」
「違う!!」
一気に自虐的な考えに陥る○○の姿に。永琳は反射的に、その考えを否定こそしたが。
その自虐的な考えが間違っていると言う、納得のいく言葉は一言も捻り出す事が出来なかった。
「有難うございます。永琳先生」
そう力無く笑う○○の姿は。永琳の放った言葉も、ただのお世辞としか捉えていない。
そんな心中を、雄弁に物語ってくれた。

事態を良くしようともがけばもがくほど、悪くなる。完全な悪循環へと陥ってしまっていた。



「……」
「……」
○○に頼んでいた薬の出来は、とても良かった。
いつもならば、かつての日常の光景ならば。
いっその事抱きしめたくなるぐらいの欲望を必死に抑えつつ。何とか○○の頭を撫でさする事で我慢する。
そういう光景が頻繁に。さほど珍しくも無い事象として、確認することが出来たはずなのに。
なのに今では、超えることが容易ではない壁が、永琳と○○の前に立ちはだかっていた。

○○も輝夜も、自虐的な思考が止まらずに悪循環を続けている。
永琳も、始めは無理矢理二人を引き合わせてやろうかとも思ったが。今の負の感情ばかりが先行している状態では……
余計に酷い状況に陥ってしまうのは、目に見えていた。

だからと言って代案があるわけでもなし。
その為何とも居心地の悪い空気を宿したまま、ずるずると今日にまで至っているのである。
そして今も。事務的な会話が出し尽くした後の。息も飲み込みにくくなる、針の筵のような空気の中で、二人は向かい合っていた。

そんな剣呑な空気な訳だから、と言うかそれ以前に輝夜があんな状況だから。
○○も、輝夜も、永琳も。そして鈴仙とてゐも。ここ最近は1人で寝ていた。もう随分ご無沙汰なのである。

いっそこのまま○○の事を押し倒してやろうか。
なので、永琳は何度かそんな事を考えたが。考えるだけで実行には移していなかった、最中は良いだろうが、その後やってくる後始末を考えると。
そもそも始末できるかどうかも怪しい。今無理矢理、輝夜と○○を会わせるよりも酷い事態が待ち受けていそうだったから。

なので、舐め回すように、○○の全身を凝視するぐらいしか出来なかった。
しかし、目は見れなかった。今でも十分気まずいが、目が合ってしまえば今とは比べ物にならないから。
随分消極的な判断だとは永琳も自覚していた。現状維持所か、真綿で首が絞まっているような気もした。



そして永琳の考えどおり。○○の心中では、じわじわと後退が始まっていた。
初めは輝夜が会ってくれない事を材料に。今は永琳が目を合わしてくれない事を材料に。

嫌われ始めてるのかな。
固い微笑を維持したまま、永琳の顔を凝視する○○の心中では。この言葉が何度も何度も跳ね回っていた。
○○の方はいつ見られても良いように、基本的には永琳の顔を出来るだけ視界に収め様としていた。

しかし、永琳は違った。目が合った所で、この状態で何を話せば良いのか。
それが分からないから、分かるまでは避け続けようとしていた。
それが不味かった。○○からすれば、会話らしい会話が無くともよかったのだ。

駄目か。
輝夜から逃げられ続けて。永琳からも、目を合わせることを拒否され続け。
それに最近は、てゐや鈴仙とも話していなかった。これも、○○と永琳の間に吹きすさぶ気まずさや、○○のかもし出す焦燥感に二人が怖気づいているだけなのだが。
当の本人である○○が知る由は無かった。
また、永琳が主導してイナバ達との交流を排除して行ったのが致命的だった。
今の○○には、ろくに喋る相手がいなかった。今までずっと、輝夜、永琳、鈴仙にてゐの四人としか交流が無かったから。
事務的な会話以外を全くしなければ。心は否応無くささくれ立っていった。

二重三重に悪い材料が積み重ねられていって。○○は段々と、諦めの感情に支配されるようになっていった。





「あの、先生。次は何をすれば?」
八意も永琳もつけない。只の先生という呼称に、永琳の表情がじわりと歪んだ。
「そう、ね……もう今日はこれと言った作業は無いから。早いけど、上がって良いわよ」
「そうですか。ではお先に失礼します」
この期に及んでも。いや、ここまで来てしまったからこそ余計に。永琳は○○の目を見ることが出来なかった。
相変わらず合わしてくれない目線に。また1つ、何かが後退した。


息が詰まる、やっと楽になれた。
それが部屋から出た○○の正直な感想だった。
何処で誰が聞いているか分からないから。後ろ向きな発言は、全て心の中で反芻するだけに止めていた。
しかし、漫然と口に出すよりも。却って自身の奥深くに刻み込むように、一つ一つの言葉がめり込んでいた。



「仕事は、上がったけど……どうしようか。また里に行こうかな」
特に用も予定も無いのに、暇な時間が出来た時。最近の○○はそういう場面では、殆ど里に出かけていた。
イナバ達とは今まで殆ど交流が無かったから、お互い素通りするのに対して気は使わない。
問題は永遠亭の主要な面子である、あの四人。

鈴仙とてゐは、最近は二人でいることが多かった。不意に出会った時も、どちらか片方だけという事が殆ど無かった。
何を話しているのかは知らないが。○○の姿を見て、お互いが何かを促すように、先に行動しろと催促するような小競り合いをいつも見せていた。
そういう時、“何か?”と声をかけるが。
抑揚も無く、ぶっきらぼうに言う物だから。感情のこもっていない声に二人とも怖気づいて。
「後で良い……」と言ってトボトボと立ち去って行ってしまうのがお決まりだった。

最も、怖気づいているのは○○も同じだった。
二人が何をしようとしているのか。気になっているのは事実なので、微笑の1つでも作って雰囲気を柔らかくすれば良いのにと。自分で自分を責めていた。
ただし、聞き出した内容が、良い話じゃないかもしれないから。
その可能性が怖くて、どうしても、冷たい反応を見せてしまっていた。

永琳は、先ほどの延長線上だった。場所が変わっても気まずい事この上無かった。
仕事以外でこの気まずさを味わいたくないから。
「ちょっと、失礼します」と言って、○○が永琳の横をサッと素早く通り過ぎてしまうだけだった。

一番会いたくないのは、輝夜だった。
輝夜は○○の姿を見るたびに、涙目で逃げてしまう。その度にとても嫌な気分になる。


そういった種々の気まずさから逃げるように。ここ最近○○は、用が無くても里に出向き、時間を潰していた。



「やっぱり里に行こう……タバコも切らしてるから、新しいの買いたい」
最近○○はタバコを覚えた。只ぶらぶらするよりも、時間が潰しやすかったから。

多いたったらすぐに里に出向けるように。財布は常に身につけていた。
財布が確かに入っているかを確認して前を向くと、珍しくてゐが1人で歩いてきた。
「うええっぷ」酔っ払いがするような、ゲップの音を響かせながら。そう言えば顔色も赤々としている。

こんな明るいうちから飲んでいるのか?
そう思ったのもつかの間。てゐは一気に○○目掛けて走り出した。
「えっ?うわあああ!?」
そして、○○の懐にてゐが飛び込んでいった。

不意を打たれ、受身も出来ずにすっ転んだ○○だが。転んだ事による痛みは何故か無かった。
転ぶ拍子に目を瞑ってしまったから仔細は分からないが。何か柔らかい物に抱きとめられたような感触だった。
廊下にそんなものがあったか?と思いながら目を開けると。その視界には鈴仙が見えた。
○○は丁度、鈴仙から膝枕をされているような体勢にあったのだが。

「うえっぷ……」
何故か鈴仙も、てゐと同じように酔っ払いがするようなゲップを……
と言うか、明らかに酒臭かった。顔もてゐと同様赤々としているし、目付きもすわっていた。

「○○……」
懐に飛び込んだてゐから声が聞こえた。
改めて確認すると、酒臭い臭いはてゐの方からも漂っていたし。目付きも鈴仙と同じような格好をしていた。
最早疑問符をつける必要は無い。この二人は、完全に、酔っ払っている。



「二人とも……何がやりたあっふぅ」
全てを言い切る前に、情けない声を出してしまった。
その理由は、てゐがいきなり○○の股間を優しく揉みしだいたからだ。
「て、ゐ。何が、やりたい?あうっ」
てゐの手つきは非常にいやらしかった。○○は腰が砕けて、喋る事もままならなかった。

「○○ひゃン。確認しらいことが、有ります」
えっ、何?そんな言葉を言う暇も○○に与えず。鈴仙は行動を起こした。
その行動とは、がら空きになっていた○○の両手を取り。その手の平を、自分の胸に押し付けてきたのだった。

「え、ちょっと!?鈴仙さ、あああうぉん!!」
勿論、てゐの股間への攻撃が止まる事はなかった。痛くない程度に、攻撃は勢いを増していった。
最早情けないあえぎ声を、小さく止めようとする事も、○○には出来なかった。

「○○ひゃン。勃つか勃たないか、どっちですか?」
「え……あぅん」
「興奮ふるか!ひないか!どっちれすか!?」
「話が見えないぅん!?」
てゐが股間を揉みしだくのとは反対に、鈴仙は自分の胸を○○に揉みしだかせていた。
そして○○に対して。興奮するかしないかを、執拗に聞いてきた。

「気持ちよくいけるか!いけないかぁ!どっち、れすかぁ!?」
「だから、話が見えなああ!……いい!」
「鈴仙!」
話は全く見えないし。てゐが股間を揉みしだく力加減の技量は絶妙で、あえぐのを我慢できないし。
鈴仙からの質問に答えるどころか、意図を理解する事も間々ならない折に。てゐが鈴仙の名前を、強く読んだ。

「何?てゐ」
「勃ったよ」
てゐからの返事は短かったが。その短い返事で、鈴仙の表情は一気に喜びと悦びに満ちた物へと変った。

「行けるわね!てゐ!!」
「ああ!行けるよ、鈴仙!!後は……」
「師匠と」
「ヘタレ姫様だけだ」
全く事態を飲み込めないまま。鈴仙とてゐの二人は、○○を残したまま。永遠亭の奥へと消えていってしまった。

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最終更新:2014年03月18日 11:10