2ヶ月前、3年付き合った彼と別れた。
振られたのは私の方で。妖怪と人間の壁とは別の事で、ごくごく自然に、距離が離れてしまった。
仕方ない事と思ってしまうほどに、ただの気持ちのすれ違いが原因だった。
妖怪にしたら3年なんて3日?そうでもないわ。
結局時の流れは、生けるものには平等だもの。それはそれは、とても鮮やかな日々だった。
今日も屋台を引いて、明るい歌を歌う。
私はここの女将。落ち込んでなんかいられないの。
さて、そろそろ遅くなってきたわね……。
「やってるか?」
「あら妹紅さん、いらっしゃい。」
そう言えば、妹紅さんが来るのもしばらくぶり。
彼女が好きなお酒は仕入れてたから、今日はこれがお勧めね。
「はい!あのお酒入れておきましたから。」
「ああ、ありがとう。………なぁ、ミスティア。」
「どうしました?」
「この前里で、○○に会ったよ。」
「……………!」
そうだ、妹紅さんも知り合いだったっけ……。
この2ヶ月、あいつの顔も見てないや。
「………元気そうでしたか?」
「ああ、相変わらずあくせくやってるみたいだ。」
「なら、良かったです………。」
そう……元気なら、それでいいんだ。
…………たまには私の事、思い出してくれてるかな。
「………ミスティア、今日は随分侘しい曲を口ずさんでるじゃないか。
“さくらんぼの実る頃”、だったか?前に香霖堂で聴いたな。」
「あ……すいません、何だかふと口ずさんでしまって。」
「そろそろ店仕舞いだろ?お代は出すよ、お前も一杯付き合え。」
「………はい。」
妹紅さんには敵わないな………別れてから、ずっと泣くのを我慢してたのも、きっと見破られてる。
全く、どっちが持て成してるんだか……。
「忘れられない風だな。」
「……そりゃそうですよ。私、いつか二人でここをやろうと思ってましたし。」
「……キツい酒は飲む時こそ喉が焼けるが、それを過ぎれば酔えるだろう?
今は飲みきる時さ。せいぜい喉の痛みに泣けばいい。
そうしたら、後はいい思い出として酔える。」
「……でも、悪酔いだってしますよ。」
ばかだなぁ。この人の言ってる事の方が正しいのに。
私、何噛みついてるんだろ……。
「あいつも、少し無理して笑ってた気がするよ。
それでも悪酔いも、いつかは覚める。
喉元過ぎれば何とやらじゃないが………離れて逆に許せる事も、あるのかもな。
酔いから覚めるにしろ、酒に強くなって、ちゃんと向き合って飲めるようになるにしろ。お前の自由なんだ。」
「………はい……ありがとうございます。」
「いつか友達連れて、ここに飲みに行きたいって言ってたよ。
その時は、いい歌を歌ってやれ。」
「…………ただいま。」
玄関を開けても、返事は無い。
2ヶ月前までは、週の半分はここに彼がいた。
だからお店の後でも、「おかえり」って迎えてくれて……彼のいない日だって、明日を楽しみにしていられた。
“まだ取れないや、あいつの匂い。”
別れてから、それまでの家具は仲間に譲って、新しい物に替えた。
布団だって替えたのに、それでもまだ感じる匂い。
きっと記憶の中の匂いを、今もそこにあるように感じてるせいなんだ。
毎晩眠る前、宛名の無い手紙を書くようになった。
出したい人はいても、出す事もないもの。
もう六十何通とそれは溜まって、全部籠に入れてある。
“ぽた……”
妹紅さんの言葉で、やっと泣けたんだ。手紙も今日で最後にするつもりだった。
泣くだけ泣いて、後はスッキリするはずだった。
なのに何でだろう。紙が濡れて、先が書けないよ。
これを書けば終わりなのに、ペンが突き抜けてしまって、最後まで書けない。
「う………ふ…ぅ………○○……○○……。」
無理に蓋をしていた悲しみは、グズグズに腐ったまま溢れて、私をズタズタに引き裂いていった。
それはまるで長く残る、悪いお酒みたいで。
いつまで私は、あなたに酔えばいいのだろう。
いつか、一人でもお店に来てくれる?
そしたらね、取って置きのお酒を出して、私の好きな歌を歌ってあげる。
やがて酔いしれて、その内視界も揺らいで。
そうしたら膝枕をして、優しい歌を歌って。
そしてこの手で、あなたの目を塞ぎたい。
もう私の声(うた)しか、聞こえないように。
最終更新:2015年06月19日 22:51