影狼/21スレ/198




誰かに尾行されている。俺がそのことに気付いたのは偶然だった。
あれは妖怪の出ない昼間のうちに竹林を散歩している時のことだ。
背後から物音が聞こえたので振り向くと確かに何者かがいたのだ。
単なる偶然かもしれないが、そいつは俺が目をやると同時に逃げてしまった。
まだこれだけなら驚いて逃げた、とも説明できる。
だがその何者かは幾度も俺のあとをつけ、時には家の近くにまでついて来ることさえあった。
ただの人間ならまだしも、もし妖怪の類であれば俺は今後迂闊に外を出歩くのを控えなければならない。それか手出しをされる前にこちらから先手を打つ。
悩んだ末に、俺は後者を選択した。

「……というわけで、怪しい奴が後をつけていないか探ってほしいんだ」
「本当に尾行されていたの?」
「ああ。この目で見たから間違いない」
目には目を。妖怪には妖怪を、と考えた俺は妖怪の中で比較的交流のある今泉影狼に怪しい輩がいないかを探ってもらうべく、彼女の住まいまで足を運んでいた。
「別に構わないけど、お礼は弾んでよね」
「恩にきるよ」
快く引き受けてくれた影狼に頭を下げる。すると影狼はある条件を付け加えた。
「今日からここに泊まること。その方が私も動きやすいから」
その言葉に少なからず動揺する。
影狼とは仲は良いが、そこまでの間柄ではないからだ。
力の差は言うまでもない。それでも男の俺を家に泊めることに抵抗はないのだろうか。
そのことを問うと影狼は笑いながら「両手両足を使わなくても返り討ちにできる」と答えた。

そしてそれから一週間が経ち、やがて一ヶ月、数ヶ月と時が過ぎていった。
結論からいうと追跡者はあれ以降姿を見せることはなかった。
自分を探る存在に気付いたのか、あるいは本当に俺の見間違いだったのか。
影狼は念のためと俺を留め続けたが、今後あの追跡者が俺の前に現れる可能性は低いだろう。
何せ、この数ヶ月間で何の痕跡も見つけることはできなかったのだから。

影狼とは随分親しくなった。
同じ家で過ごしているだけあって毎日顔を合わし、共に食事をとり、会話を弾ませた。竹林の中を何度も二人で散歩した。
妖怪であろうと外見は美しい少女であり甲斐甲斐しく俺の世話まで焼いてくれるのだから好意を抱くのに時間はかからなかった。
またそれは彼女も同じだった。
好きだと告げた時に涙を浮かべながら頷き微笑んだ彼女の顔を、俺はずっと忘れないだろう。
「何をニヤニヤしてるのよ」
回想に耽っているのを訝しんだ影狼にジト目で睨まれる。
告白した時の影狼が可愛かったことを告げると、頬を染めながら「バカね」とそっぽを向いてしまった。
彼女の何もかもが愛おしい。たまらずその長い髪に指を通すと影狼は安心したように額を俺の胸に預けた。
しばらくそうしていると、不意に影狼は顔を上げてこう言った。
「○○にいいこと教えてあげるね」
そして満面の笑みでこう告げたのだ。
「狼は狙った獲物を絶対に逃がさない」






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最終更新:2020年09月20日 18:53