ー長い長い、夢だった
見渡す限り青い空が続き、側には何もなかった
先ほどまで自分は電車に乗っていた筈だった
6月の終わり頃、終わらないと思っていた仕事にもある程度目処がつき、そろそろ有給でも取ろうかと考えていたところだった

車内から見える景色を目で追いつつうとうととしていた、とまでは何とか覚えていた
「……電車、降りた覚えはないんだけどなぁ」
確かに言えることだけを呟き、もう一度空を見上げる
夢、にしてはやけに感覚がはっきりとしている
そして、どこか懐かしくも感じ、心地よくも感じるのは何故だろうか

「それはね、貴方がずっと探してたことなんだよ」
背後からの声だった
あまりにも突然すぎたので驚きもしなかったが、一応後ろに振り向く

「や、また会ったね」
そこに居たのは灰色に近い髪色をした少女であった
「また?」
「うん、また」
おかしい。少なくとも知り合いにこんな髪の色の少女は居なかった筈だ
なのに目の前の少女は『また会ったね』、と言っている

「親戚の子かな?だとしたら名前は……」
「もぉ~、忘れちゃったの?何度も遊んだんだよ?」
「……それって、いつ頃の話?」
「え?えっ~とねぇ………君にとっては大分前なんだけど、私にとっては昨日のことの様に思い出せるんだぁ~」

何だかこの少女と話していると自分まで彼女のペースに巻き込まれていくのは気のせいだろか
彼女が話しているのは聞く限りでは日本語
俺が使っているのも日本語
同じ言語の筈なのに何処か違和感を感じる
これは日本語特有の地域の差、とも考えたが話し方的には俺が住んでいた所とほぼ変わらなかった
……なんてことを考えていると目の前には誰も居なかった
今度こそ慌てて見渡すと彼女は少し離れた所で遊んでいた
ともかく俺は此処が一体何処なのか知りたい為彼女に近づき声をかける

「あのさ、此処って何処なの?夢なのかな?それとも現実?」
「ゆめ?あはは~おもしろ~い」
果たして通じているのだろうか
「でもね、此処は表の世界と裏の世界を繋ぐ場所なんだよぉ~」
私が見つけたんだ~、と彼女は続ける
表と裏?何を言っているのだろうか

「ねぇねぇ、私達の世界に言ってみたくない?」
「はぁ?わ、私達?」
「うんうん!えっとね、何だか最近大きなものが落っこちてきて皆大騒ぎしてるの~。だからさ、貴方も一緒にいこ?」
困ったな……さっきから完全に向こうのペースに巻き込まれてるな
質問してもそれがちゃんとした答えなのか判断も出来ないし……
第一なんだ?表と裏?私達?

「沈黙は肯定~じゃあ行きますよ~っと!」
「え!?ちょ、ちょっと!!」
振り解こうとしたが、思ったよりも彼女の力は強く、解けない
彼女に引っ張られるままついていくと青い空が段々と避けていき、眩しい光に包まれていった
ー最後に見たのは紅く、白い電波塔であった

目を覚ますと辺りは真っ暗であった
何処かの山にでも迷い込んだのか、回りは木に囲まれていた
……先ほどまでの夢?といい、此処といい、今日はなんなんだ……
すると後ろからガサッと音がした
山の中なのだから小動物、あるいは熊か何かだろう
どちらにせよ下手に動いたらまずいのでその場で身を固める

「……あ、人間」
出てきたのは黄色い髪に茶色い服を着た少女であった
「こんな時間に山に入るって結構危険だよ?早く降りなきゃ」
「あ、ああ……って、貴女も人間なのでは?」
俺の質問に彼女は思い切り首を傾げる
暫くすると彼女はあー、と何だか納得し、やれやれと言った顔でこちらをみた
「貴方、外来人だったのね。ようこそ、幻想郷へ」
「げ、幻想郷?」
「そ、此処は忘れられたものが行き着く所。ある意味では理想郷。ある意味では地獄。まぁ地獄は別であるんだけどね」
言っている意味がよく分からないのは病気のせいではないな、うん
「そうそう、私はヤマメ、黒谷ヤマメ。私こう見えて蜘蛛妖怪なの」
「へ?蜘蛛?」
「そう、ほら」
ヤマメと名乗った少女は自分のスカートを捲り上げた
そこにあったのは人間の足と蜘蛛の足であった
……どうやら本当に彼女は妖怪らしい
「で?貴方名前は?」
「え、ああ。俺は○○」
「○○、ね。宜しくね。取り敢えず里に行こっか。此処だと本当に危ないし、着いてきて」
「ご丁寧にどうも」
「いいのいいの、これが今の私の仕事みたいなもんだし」
ヤマメの後ろに着いていき里を目指す
ーー私達の世界に行ってみたくない?
不意にあの銀髪の少女の言葉を思い出す
もしかしたら此処が例の世界なのかもしれない

銀髪のあの娘のことを思い出しているとふと、あの眩い光に飲み込まれる前のことも思い出した
(あの時、微かに何か見えた……よな)
あの時に見えたのは赤と白。そしてやけに高いものだった
「なぁヤマメ、この世界。幻想郷って最近何か落ちてこなかったか?」
「え、な、なんでそんなこと知っているの!?」
突然の問いだったからか、はたまたドンピシャだったのか、ヤマメはびっくりしたかのように声を上げる
「いや、こっちに来る前に誰かがそんなことを言っていてな」
「へぇ、誰なの?」
「それがさっぱり思い出せなくてな。一回どこかであった気はするんだがな……」
「それって結構失礼じゃない?」
「そうかもしれんな。で、その落ちてきたものって何だか赤くて白い、高いものか?」
「それだけじゃないわよ。もっと色々落ちてきてるのよ。まぁ、説明するよりかは見てもらったほうが早いわね」
そう言って少し足取りの早くなったヤマメに着いて行く
数分ぐらい経った頃、例のものが落ちてきた場所に着いた
「着いたわよ。ここね」
ヤマメの隣に立ってその先を見る
「……!?」
目の前に広がる光景
まさしくそれはーー
「東京……」
誰もが忘れていた光景だった
「東京?」
隣にいるヤマメが首を傾げる
疑いようの無い、本物の東京であった
「な、なぁヤマメ。これはいつ頃からここに降ってきたんだ?」
「何時って、だいたい二日前ぐらいからこの辺にあってさ。妖怪の賢者達も驚いて今必死に調査してるところだよ」
「とにかく、もう少し近寄ってもいいか?」
言葉よりも先に足が出た
「え?あぁ!危ないよ!そっちは!」
気がつくとヤマメの言葉が遠くなるほどにまで走っていった


「驚いた……まさか、この目で見るなんて……」
山から降りてきた所は品川駅の周辺だった
人だけがいない状態、という言葉がまさしく当てはまっており、何もかも外と同じ風景であった
「…もう、勝手に動いたら危ないよ!」
背後から声がする。ヤマメだ
大分走ったらしく、息が荒い
「あ、ああ、すまない」
「全く……君みたいなのは初めてだよ。……そんなにこれが凄いの?」
ヤマメが呆れ混じりに問う
「凄いなんてもんじゃないさ、外ではもう二度と見れない風景なんだから」
半分目を輝かせて言う
と、こっちに近づいてくる人がいるのに気づく
「あ、慧音さーん!」
ヤマメが手を振りながら呼びかける
(あの人が里の守護者か…)
水色に近い色をした髪を腰の近くまで伸ばし、四角く、羽の生えたような帽子を被っている
「やぁ、ヤマメ。見回りご苦労様。それと、そちらは…」
「俺は○○って言います。どうやらこっちの世界に紛れ込んだみたいで」
「そうだったのか。こんな夜更けの中よくぞ無事だったな。普通だったらその辺の下級妖怪に食べられているかもしれなかったのになぁ」
するとヤマメは声こそ出さないが目を『私のお陰!』と言わんばかりにしてこちらを見つめる
「…まぁ、この通り。ヤマメが里まで案内してくれていたので、なんとか」
「そうなんですよ!いやぁ~本当にあの時私が見つけなきゃどうなっていたことか~」
「そうかそうか。ともかく、無事で何よりってことかな」
明らかに現金なヤマメを気にせず慧音さんは安心した様子だ
「さて外来人○○。ようこそ、幻想郷へ」
二度目の歓迎の言葉。そして眼前の古都
今更ながら俺は確信した
ーーここは、裏の世界、幻想郷なのだと

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最終更新:2015年10月11日 20:45