明け渡された一室の障子を開け、外の景色を見る
ここから見える月は自分のいた世界とは違う、不思議な光を放っていた
そして、その月よりも奥で微かに光るものもここから見えた
ー失われし古都、東京
四度に渡るの世界大戦により、日本国内はあらゆる方向でダメージを受けていた
国家機能においても例外ではなく、むしろ真っ先にダメージを受けた。いや、それは当然か
そのため、首都機能を維持するのが困難になった東京は遷都を余儀なくされた
しかし、遷都後の京都も京都市民による『首都京都反対運動』により長くは続かず、続いての遷都先の大阪も過密化の急激な進行により首都以前に都市として完全に機能しなくなった
そうして大戦が終わった頃、政府は首都機能を一箇所に集中させるのではなく分散させる
ことを決定し、実質的な首都は大阪のままに、機能としては札幌、名古屋、福岡に分けられた
分散された頃には既に東京など忘れられており、かつての巨大都市としての面影もとうに消え去り、今や立ち入り禁止区域まで出るほど落ちぶれてしまった
「(そんな東京を、かつての姿で見ることになるとはなぁ)」
遠くで薄っすらと、月の光を浴びて輝く古都に一瞥をし、寝室へと戻る

品川駅前で慧音先生と出会った後、ともかく休むべきだという先生の言葉に甘え、人里の空き家で一夜を過ごすこととなった
ヤマメにもお礼を言いたかったが、まだ見回りをするとのことで直ぐに山へと戻って行ってしまった
先生曰く、普段は甘味屋で働いているので会おうと思えば会えるそうなのでなるべく早いうちに顔を出したいところだ
そう考えながら布団に入る。すると微かな違和感に気づく
「やっほ~、びっくりしたかなぁ?」
微かどころではない、寧ろ気づかない方がおかしいくらいである
「ねぇねぇ、どうかな?気に入ったかな?私達の世界は」
「そうだな、一刻も早く布団に入って寝たいかな」
「もぉ~ちゃんと質問に答えてよぉ~」
質問以前に目の前にいる彼女、こいしがどうやってこの家に入ったのかが気掛かりで仕方ない
外の景色を見ていた縁側は誰もいなかったし、玄関だって戸締りはしてある
そんな半密室状態なこの家にどうやって入っったのだろうか?
「それはねぇ~無意識で、入ったんだよぉ~」
借り物の布団で足をぱたつかせるこいしが笑顔で答える
だがその笑顔が一瞬不気味に見える
今だって口に出してすらいないのに自分の問いに対して彼女は答えた
本当に彼女は一体何者なんだろうか?
「もぉ~また考え込んじゃって~、えい!」
「う、うぉ!!」
またも予想外の力で布団の中へと引っ張られる
「えへへ、添い寝~」
「こらこら、俺はそんなことをするつもりは無いからな、離せ。そして出て行け」
「そんなこと言ってぇ~、本当は期待してたんでしょ?」
「んなわけ無いだろ、ほらほら、ここは俺の布団だからさっさとお家に帰りな」
「え~やだぁ、私もここで寝るぅ~」
「ダメだって、家の人が心配するだろ?」
「お姉ちゃんはいいって言ったもーん」
「お姉さんは良くても俺はダメなの」
「むぅ~」
談義(?)はほぼ平行線、どちらかが折れるまで眠りはない
そう悟った俺は観念した
「わかった、ここで寝ていい。ただし添い寝は無しだ」
「え!?いいの?」
「ああ、それと、朝はなるべく早く帰れよな」
「やったぁ!!ささっ、早く寝よ!寝よ!」
子供のように無邪気に喜ぶこいし
そこには先ほど感じた不気味さは無く、一人の少女としての笑顔があった
「(…やれやれ、先が思いやられるな……)」
添い寝は無しと言ったにも関わらず、目の前で寝だしたこいしの頬を撫で、自分も目を閉じる
どうやらここは、一筋縄ではいかなさそうだ

翌朝

目を覚ますと隣で寝ていたこいしの姿はなかった
もう既に家に帰ったのだろうか?
壁掛け時計に目をやる。今は七時を過ぎた頃
一先ずは着替えてからこれからのことを考えようと布団の横に置いておいた服に着替える
すると玄関から音がした
『○○、居るか?』
音の主は慧音であった
「はい、居ますが」
『よかった。朝早くで申し訳ないんだが、ちょっと頼まれてくれないか?』
(なんだろう……慧音先生が俺に?)



「やぁすまない。もう少し寝ていたかったか?」
「いえ、普段からこれぐらいの時間に起きてるので問題ないです。それより、頼まれごととは?」
「ああ、それなんだが……昨日こっちに来たばかりの○○に任せるには……」
先生は少し苦い顔を浮かべる
「…実はな、昨日○○と会った場所。その、東京とやらに住みたいっていう奴がいてな」
「え、東京に、ですか?」
「そうなんだ。私としてはあの辺りは下級の妖怪達が生息している地域だから反対したんだが、どうしてもって聴かなくてな…。それで急遽博麗と守矢それぞれから軽い結界の役割を持つ札を用意してもらったんだが、札を貼る場所がなかなか決まらないんだ」
「そんなに広いんですか?」
「ああ。少なくとも私が纏めている幻想郷の歴史の中でも、あれだけの規模のものが幻想入りするのはかなり稀なことだ」
なるほど、確かに外でもかなりの大都市と言われていたからな
「つまり…だなぁ。外の世界の君に手伝いをして欲しいんだ」
「…俺なんかよりも、東京に詳しい奴は里にいるのでは?」
「それが、詳しそうな移住希望者はみんな揃って引っ越しの準備を始めてしまってな。声を掛けられなかったんだ」
「へぇ…其処までして里から移りたいんですか、彼らは」
「まぁ、な……。それで○○、現金なようですまないが頼む、君の知恵を貸してくれないか!」
そう言うと先生は思いっきり頭を下げた
「ま、待って下さい!頭を下げなくても大丈夫ですよ!お、俺は初めからやるつもりでしたから」
「ほ、本当か!?」
「先生相手に、ましてや恩人に嘘なんて付いてどうするんですか」
「あ、ありがとう!助かるよ!」
少し涙を零した先生は俺の手を掴んだ
そんな、大袈裟な……
ーーちっ、忌々しい…
一瞬寒気がする
誰かに睨まれた。誰とは分からなかったが
「…ど、どうした?○○?」
「あ、いいえ、なんでもないです」
其処で俺の腹が鳴った。先生を目の前にして少し恥ずかしく、自分でも分かるように頬を赤らめた
「おっと、そうか。○○は朝飯がまだだったようだな。どれ、今から一緒に食べに行かないか?いい店があるんだ」
「え、ええ…悪いですよ」
「遠慮しなくても大丈夫さ。さ、行こう」
先生に手を引っ張られ、里を目指す
ーー里にたどり着くまで、あの不気味な睨みは消えなかった

謎の視線に少し怯えつつ、慧音先生に着いて行く
だが里に近づくにつれてまた新しく、厳しい視線が自分に向けられる
視線はどれも里の住人からのもののようであり明らかにこちらを警戒していた

新参が、若造が、一体ここに何しに来た?

どの視線もそう言っているように聞こえる
こんな状況では、自分と同じようにこの世界に迷い込んできた人も落ち着こうにも落ち着けないだろう。危険だと分かっていても無理して東京に引っ越そうとする人の気持ちがよく分かる
自分が居た世界でもここのように外からの来訪者を受け付けない、といった集落はあった。自分の生まれ故郷も山奥の小さな農村であったため殆どと言っていい程来訪者はなかった。それに嫌気がさして自分から外に近づこうとして村を出て行ったのはよく覚えている
しかし、好きでもない、ましてや全く面識のない人物がいきなり自分の土地に踏み行ったらどうするか?物好きでもない限り先ずは警戒するだろう
来訪者が利益を齎しに来ることは無いとは言い切れないが、ほぼ無いに等しいといっていい。自分へ利益を齎してくれるのなら警戒心は自然と緩む。しかし、ここは外界から切り離された世界であり尚且つ一見して見れば外来人や来訪者の入る隙間など無い様にも見える
ということはこの世界の人間は自然とグループを作ってしまい、その中でやっていこうとする心理が自然と働いてしまっているのだろう
ふと、前を見ると慧音先生が大分前に居り、不思議そうにこちらを待っていた
長いこと考え込んでしまっていた様なので少し早歩きで追いかける
視線はまだ、痛いものであった


「さぁ着いたぞ。何、安心するといいさ。ここは私の友人が経営しているから味は保証できるぞ」
先生に案内されたのは集落の入り口の近くにある店だった
「へぇ、中々立派な作りですね。現代ではあまり見かけませんよ」
「褒め言葉なら主人に言ってやってくれ。きっと喜ぶからな。おぉーい、妹紅!」
先生の呼びかけと共に眼前の扉が開く
出てきたのは先生と同じ様に長い髪を持ち、紅と白の大きめのリボンが目立つ少女であった
「なんだ慧音か、今日は随分と早いんだな」
「済まないな、妹紅。まだ営業時間では無いのに。少し紹介ついでに朝飯を奢らせたい奴がいてな」
「なるほどね。さっきからそこに立ってる奴、かな?」
見た目は少し幼げが残る少女ではあったが、想像とは裏腹の声に話し方で驚いた
「あ、ああそうなんだ。彼は○○。昨日幻想入りした外来人さ」
「は、初めまして。○○ですっ」
「あっはは!そんなにかしこまらなくていいさ」
緊張から勝手に固くなってしまう自分の声を聞き、少女は陽気に笑う
「私は藤原妹紅。妹紅って呼んでくれ。○○」
「よろしく……も、妹紅」
「さて、自己紹介も済んだところで朝飯といこうじゃないか」
「慧音、そういうからには少しは手伝ってくれよ?」
「いいけど妹紅よりかは上手くないぞ?」
「うわぁ……それはなぁ……」
「何だ?何か文句でもあるか?」
「い、いやぁ無いさ!あ、○○も早く入って入って!お茶を出すからさ!」
完全に逃げる出しとして使われた気分であるが、折角のお誘いなので素直に入る
「な、面白い奴だろ?これからもあいつのこと、気にかけてやってくれ」
逃げる様にして店内に駆け込んだ妹紅を尻目に先生が俺に小声で囁く
「妹紅は、何か有ったんですか?」
「ああ、あいつ、今までずっと一人ぼっちでな。何せ、老いることも死ぬこともない蓬莱人で周りの人間は気味悪がって近づこうとはしなかったんだ」
「え、妹紅はいわゆる不老不死なんですか?」
「そうさ、それもかなり前からのな」
驚いた。ただの自分と同じ人間だと思っていたが、まさか不老不死だとは……
「まぁ、なんだ。あいつにもいいところはあるのだからそこは認めてやってほしい。……まぁ、既に下の名前で呼んでいるのだから問題はないかな?」
あっ、と気づく。確かに自分は既に下の名前で呼んでいた
「…そうですね。俺も彼女と、なんとかやっていけそうですね」
「そうか!それはありがたい。是非とも仲良くしてやってくれ。さぁ、早く入ろう。妹紅がお茶を用意してくれてるぞ」
先生の後に続いて店に入る
目に入った厨房では、妹紅が一生懸命駆け回っていた。その光景を微笑ましく見守りながらお茶のある席に着く
お茶は先ほどの視線とは打って変わって温かかった

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最終更新:2015年10月11日 20:45