少し軽めの朝食を終えて妹紅に礼をし、再び慧音先生と共に東京へと向かう
しかし店を出ても視線は相変わらず重たいものであった
里を通らなければ東京には着かないのでなんとも言えなかった

そんな様子に先生は気づいたらしく、少し苦い顔をして話始める
「やっぱり、里の皆には受け入れ難いのか……○○の様な外来人は」
「そりゃ、最初は警戒しますよ。俺の故郷でだって半分そうでしたもの」
「最初だけならいいんだがな……それが何日も続けば誰しも嫌になるのは当然、か……。彼らが必死で里から離れたがったのも無理はないな」
思い詰める先生の顔がより苦くなる
なんとかしなくてはと思い、今度は自分から話始める
「……俺はここの世界のことは分かりませんが、少なくとも先生だけの責任ではないと思います」
「え?」
「だって仕方がないことなんです。人の考えってものは難しそうに見えて実は単純なんですよ。自分が嫌だと思えばそれは自然と外面に出てしまうんですよ、幾ら抑えたとしても。抑えるのは自分だけが考えを振りまくのは少し幼いから止めよう、って考えが働くんですがそれがもし周りが同じことを考えていたとしたら今度は抑えるのは馬鹿馬鹿しいと思い始めます」
「それは、どうして何だ?」
「集団心理というやつですよ。周りがやっているのを見ると自分も真似しなくてはならないのでは?と思わせる、厄介なものです。これは規模が小さければ小さいほど、尚且つ同じ考えを共有してればしているほど発生しやすいんですよ」
「な、なるほど……」
ここまで話してはっとする
これ以上話すと唯の知識の押し売りみたくなってしまうので切り上げる
「つまり、俺が言いたいのは先生は少し抱え込み過ぎじゃないかなぁって……。いや、詳しく事情を知らない俺が言えた義理ではないんですがね」
苦笑いして先生の顔を伺う。今度は笑っており、先程よりかは少し軽くなった様子である
「…………いや、すまない。今まであまりそんなことは言われたことがなくてな。反応に困ってしまったよ」
どうやら効果あったようだ
「別に無理して反応しなくて大丈夫ですよ。 半分独り言のようなものですし」
「いや、お陰で少し気が楽になったよ。ありがとう」
すっかり笑顔が戻った様子で何よりだ
この後もしばらく雑談を続けた
会話をしていると、あれほど気になっていた視線は頭に残らなくなった

「先生、着きましたよ」
「ああ、みたいだな」
里から数十分、眼前に広がるのは昨晩遠くから眺めた巨大都市であった
「俺はなにをすればいいですか?」
「取り敢えず、根本的な調査は私達がやるとしてだな……。どの辺に札を貼ればいいのかを○○に教えてほしい」
「どの辺に、ですか」
そこでふと思った。どのくらいの範囲で東京が幻想郷に来たのかを
「先生幻想郷の地図とかってありますか?」
「?ああ、あるぞ」
手渡された地図を広げ、眺めながら妖怪の山を探す。自分が初めにいた場所は『妖怪の山』であり、山の麓、人里とは反対側に『品川駅』があった
「先生、東京ってどれ位の範囲でこっちに来たか分かりますか?」
「ええとだな……天狗が空から撮った写真だと、南北は妖怪の山から三途の川までの間、西は丘から人里に向かう道で東は太陽の畑まで伸びていることになるな」
幻想郷の地図と自分が持っていた東京の地図を重ねる。大雑把ではあるが、これで大体の目星は付く。ほぼ同じ縮尺で本当に良かった
「……大体分かりました。大体南北に20キロ、東西に
12キロの範囲。分かりやすい目印ですと南が品川駅、北が赤羽駅、西が東中野駅、東が浅草駅です」
正確に測れば少しずれるだろうが、ともかく大まかなことが分かっただけでもよしとする
「そんなにあっさりと分かるのか?」
あまりに簡素にやっているからか、先生は不思議に思ったようだ
「俺の世界じゃ大体の人はできますよ。こういう専門職だってありますし」
「しかし、なんで駅を起点にしているんだ?」
「俺の故郷で古くから言われてたことなんですけど、妖怪や幽霊って鉄がダメみたいなんですよ。だからそれを上手く使えないかなぁ……と思いまして」
「…………なるほど、大体分かった。無数に広がる鉄道路線にそれぞれ札を貼る、ってことでいいのか?」
先生がニヤリと笑う
「俺の考えとしてはそうですが、先生はどうするつもりでしたか?」
「いや、実を言うと何も考えてなかったんだよ」
先ほどの笑顔で笑いながら先生は言う
「しかし、聞く限りでは○○の意見は中々良さそうだな。それでいってみよう」
「いいんですか?こんなので」
「妖怪や幽霊の弱点として鉄は確かにあっているからな。特にこの辺に多い下級妖怪には効果覿面なのだから反対する理由がないのもあるからな」
元々どうしようもなかった、というのも私の中ではあったしな。と先生は付け加えた

暫くすると先生を呼ぶ声が聞こえた
しかし、振り向いても声の主は分からなかった
「先生、いま誰か先生を呼んでませんでしたか?」
すると先生はようやくとでも言いたいような顔をした
「ああ。もう来てくれたみたいだな」
再び声がした。今度は上からだ
上を向くと大きく羽を広げた人がこちらに向かっていた
「上白沢さんおはようございます!清く正しい射命丸です!」
「て、天狗!?」
「驚かなくていいぞ。彼女は味方だ」
先生の前に天狗、もとい射命丸は降り立った
「この度は調査のご同行のお誘いありがとうございます!」
「とんでもない。こちらこそありがとう」
満面の笑顔を浮かべる天狗の少女がこちらを見た
「ところで、こちらの男性は?」
「ああ○○だ。昨日幻想入りしたばかりの外来人さ」
「ほぉ、外来人ですかぁ。詳しい話が聞けそうですな……」
笑顔が少し怪しくなる。一見すれば唯の変質者である
「ちょうど新しい記事が書きたかったところでしたし、後で取材させて頂けませんか?ついでに新聞の契約も」
最後の方の語尾が強くなるのは分かった。若干引きながらも首を縦に振る。彼女はその様子を見ると先ほどよりも輝かしい満面の笑顔を浮かべ、自分の手を振った
「いやーありがとうございます!取材に加えて私の新聞の契約まですんなりと引き受けてくださるなんて感謝しきれませんよ!!」
「その辺にしておいてやってくれ。○○も少し驚いてしまってるからな」
彼女のコロコロと変わる態度に動揺している自分を見かねて先生が助け船を出してくれた
すると射命丸は「あ、すいません」と言い苦笑いしながら手を離した
「どうもすみません。なんせまともな外来人なんて我々としては久しぶりでしたから」
まとも、という言葉に引っかかるが悪い様は見受けられない
「射命丸殿には札張りの手伝いをしてもらおうと思ってな。無理言って来てもらったのだよ」
先生の言葉に射命丸は「いえいえ」と返す
「紅魔館への取材が出来なくなってネタに困ってた所でしたから、寧ろこちらが感謝したいくらいですよ」
けらけらと笑う彼女は本当に興味本位で来たようだった

夕暮れ時
二日近く、下手したらそれ以上かかると言われた東京調査も一日で終わった
かくいうのも射命丸だけでなく後に手伝い(というのは名目で殆ど勝手に)として諜報部の天狗達が来たからであった
我先にと紙と筆を片手に飛び回る天狗達のお陰で東京のほぼ全域を纏めることが出来た
更に後押ししたのは東京各地に散らばる店の中にある地図であったりもしたのであった
札に関しても、幻想郷最速を誇る射命丸に掛れば文字通り一瞬にして終わってしまった
詰まる所自分と先生のやることはほぼないに等しかった
「我々諜報部には上から此処の調査はするなって、通達が来てましたからね」
帰り際、先生と並んで里に戻る自分に射命丸は話す
「それを聞いて皆んな不満だらけでしたよ。絶好のネタがあるのに記事に出来ない、って。」
「八雲殿によればあんなのが幻想入りするなんて思ってもみなかった、とのことだ。流石の賢者でも少し驚いたそうで、自ら先見調査するとのことで大天狗に諜報部へ釘を刺すよう命じたらしい」
先生が淡々と付け加えるように言った。少し不思議に思いながらもそれだけで射命丸は十分理解したようだ
やがて里の入り口が近づく
「今回はありがとうございました。お陰でいい記事が書けそうです」
「ああ、気をつけて帰ってくれ。新聞楽しみにしているからな」
「はい!……それと、○○さん。取材の件、忘れないでくださいね!」
それだけ言うと射命丸は羽を広げ瞬く間に飛び去っていった。衝撃波に耐えながらも彼女を目で追うとその姿は見えなかった
「さて、我々も帰ろう。今日は本当にありがとう」
お礼を言う先生は夕陽独特の黄金色が重なり、美しく見えた


「先生はどうして自分のことを気にかけてくれたんですか?」
その夜
慧音先生に誘われ妹紅の店に訪れた
妹紅の本業は焼き鳥屋らしく酒と焼き鳥目当ての客もちらほらいた
そうなると当然此方も周りに連れて酒を飲むことになり(半分は妹紅の勧めだが)その肴として自分の話をしていたのであった
そこでふと疑問に思ったことを思い切ってぶつけたのだった
すると先生は暫く俯き細々と話し始めた
「なんとなく、だがな。○○が昔里に居た男に似ていたからだな」
淡々と始まる話に合わせて先生の顔が少し暗くなる
「そいつは外来人でな、なんと言うか周りと打ち解けやすかったというのが印象的だ。それに私とよく話があって○○見たくこうして呑んでいたのも覚えてる」
「その人はもう里には居ないんですか?」
先生は頷く
「ある日突然血相を変えて私の所に来てな。落ち着いた後に話を聞いたら『誰かが此処の所ずっと自分を監視している』って話したんだ。それからはあっという間だったよ。気づけばあいつは里からいなくなって元の世界に帰ったみたいだった。私は寂しかったなぁ、話相手がいなくなって」
妹紅が『私は?』という顔で此方を見ているが、先生は気にせず話す
「けどその人、多分先生のことは忘れてないと思いますよ。外じゃ先生みたいに手厚く保護してくれる人中々いませんもの」
俺も忘れるつもりはありませんからね、と付け加える。すると先生は少し笑った
「そっくりだなあいつに、そういう所」
どうやら喜んでもらえたようだ
「へー、慧音もそんな風に笑うんだね」
妹紅が茶々を入れる
「なんだと?こう見えても私は立派な人間だぞ?」
「半人半獣がなに言ってんのさ。……けど慧音が笑ってくれて良かった。此処の所ずっと落ち込んでたみたいだったからさ。ね、○○」
妹紅が言う所までは詳しくは知らないが確かに暗い部分はあったので妹紅に同意する形で頷く
すると先生は少し涙を流した
「……そう、か。ははっ、私は本当に良い友人を持ったもの、だ……」
そしてそのまま崩れるようにしては先生は眠ってしまった
その様子を見て妹紅はまたかという表情になる
「ちょっと待ってて、毛布取ってくるから。後で家に送りに行かなくちゃ」
そういうと妹紅は店の奥に消えた
自分はそのままグラスに残った酒を飲み、先生の顔を見る
すやすやと眠るその表情はどこか幼さが混じっていた


妹紅が先生を送るのに付き添った後
酒に酔いながらもなんとか帰宅した
が、きっちりと閉めた筈の扉が開いていた
恐る恐る入ると漁られた形跡はなく、人の気配は感じられなかった。筈であった
「お帰りなさい、遅かったね」
目の前に居る少女。自分を此処に連れて来た犯人であるこいしであった。そこで違和感を感じた
明らかに雰囲気が違うのであった。昨晩自分の布団に入っていた時よりも。重苦しく、嫌なオーラをまとっていた
「ねぇ、君にとって私はなに?」
不意を突いた質問であった
「幾ら何でも酷くない?普通は招待者のとこで過ごすよね?けど私はこんな家用意した覚えはないよ?あんな人たち紹介した覚えはないよ?ねえねえどうしてかなぁ?」
今すぐにでも逃げ出したかった、此処から
気づかれぬように扉に手を掛ける。だが先ほどとは違い扉は開かない
「ねえなんで逃げようとするの?」
手を握られた。振り向くと前にいた筈の彼女が後ろにいた
「分かるよ、逃げ出したくなるの。すっごく。でもね失礼じゃない?そんなの」
「勝手にいなくなっちゃうのはそっちだろう?」
空気に押しつぶされぬよう声をなんとか出し、自我を保つ
「ふらっと現れてふらっと消えてるのはそっちだろう?俺は少なくともそんなことはしてないぞ」
絞り出すようにして出した声を聞き、彼女はふぅんと言って手を離した
「それって無意識のことを言ってるの?」
意味が分からなかった
それでも彼女は言葉を続ける
「無意識ならそっちもだよね?だって心の中で私の名前を自然と呼んだもん。私知ってるよ?だって聞こえてるもん。私は私の名前を教えてないのにそっちは無意識に呼んだ。ほらおあいこだね」
暴論だ。だが何か引っかかる
確かに自分は彼女の名前を知らない。……筈なのに『こいし』と呼んだ。しかも何度も
それに何故彼女はこのことを知っているのだろうか
そして自分はどこで彼女の名前を知ったのだろうか
「だから、私も勘弁してあげる。お兄ちゃんはしかたがなかったもんね」
だけどこれだけだよ、とこいしは其処だけ低く言った
それも無意識であって欲しかった。でなければ身が持たなくなってしまう
「まぁそれは置いといて、ほらほら上がって上がって。今日も一緒に寝よ!」
先ほどとは違い昨晩のように明るい声で自分を寝室に連れて行く。その表情は宛ら普通の少女であった

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最終更新:2015年10月11日 20:46