幻想郷の人里
そこには外来人を含めた人口の殆どが集中し暮らしている
そこの守護者である上白沢慧音には一つの悩みがあった

「おい、てめえ!何ガンなんか飛ばしてんだ!殺されたいか!」
「ひっ、何なんだよ急に…」
「口答えしてんじゃねえ!」
人里に暫く前から居着いた〇〇という男、彼は非常に乱暴で激しやすい性格であり人里の厄介者であった
彼は日に何度も村人と衝突し揉め事を起こし、暴力行為もいとわない。それを慧音が諌めるのは最早日常的だった

「こら、〇〇止めないか!」
「ちっ、また邪魔すんのか」
「なぜお前はこうも揉め事ばかり引き起こすのだ、あれほど言って聞かせているじゃないか」
「うるせえ!」

〇〇は肩を怒らせて去っていく
慧音はその後ろ姿をやるせない想いで見つめた

「慧音先生、〇〇をどうにかしてくれ。このままでは俺たちまで殺されちまうよ!」
「すまん、よく言っておく。だから彼を許してやってくれ、あいつは居場所がもうここしか無いんだ…」
「どうして先生はあんな化け物手前のやつをそんなに…」
「…すまん」
「あっ、すみません…」
「いや、いいんだ。しかしあいつは…」

一方〇〇は怒りに身を震わせながら人里外れの自宅に戻っていた
「なんだってあの雑魚どもは…。誰のお陰で安全だと思ってるんだ!誰の力のお陰で生活してると思ってるんだ!」
「俺が下級の妖怪を殺してるからだろうが!もっと俺に感謝してろよ!雑魚どもが!!」

〇〇は妖力を身に宿していた
〇〇は人並み以上の身体能力、回復力、そして妖気を感じる力を持っていた(もっとも山の天狗や博麗の巫女、慧音には遠く及ばないが)

彼はその力を生かして人里や人里からやや離れた新しい畑(主に外来人の物)で働く人々を襲う妖怪を殺し、人が入っていきたがらない所で薬草や食料を集め生計を立てていたのである

人々は〇〇を恐れた
彼が異形であったからだ
〇〇もまたそのような人々を憎み、軽蔑し、恨み孤独に暮らした
たまに給与として送られる多少の食料や衣服を受けとる時と薬草を売り渡しに人里に現れるが、それ以外は家に籠っていた

そんなある日の事
〇〇は日課である下級の妖怪数匹を片付け、妖怪の山の麓でかき集めた薬草数束に釣ってきた川魚数匹を持って帰宅し、夕食の準備をした。
今日の献立は人里から配られた米に根菜の味噌汁、川魚の塩焼きという質素なものであった。

そしていざ食事を始めようとした時
(…デカい妖気だ、しかもすぐそこにいやがる!)

〇〇は命の危険すら感じた。
下級妖怪を倒せる○○と言えども幻想郷の権力者の前では形無しである。
だから〇〇は慧音に逆らえない。
彼女の機嫌を損ねて弾幕とか言う物を食らえば、生きてはいられないと言うことは重々承知し彼女を恐れていた。(彼女が〇〇に弾幕を放つなどあり得なかったが…)

○○は包丁を構えて妖気の元を慎重に探った。
しかしその妖気の正体は意外にもすぐに見つかった。

「おい、人の魚を人の目の前でつまみ食いするとは良い度胸だな!」
「あれ?お兄さん私が見えるの?」
「何を言ってるんだ?てか、俺の貴重な飯を食べるな!この野郎!」
〇〇は幸か不幸か、飯を奪われた怒りで前の小さな盗人が放つ強大な妖気を忘れていた。

ゴツン!
〇〇は女性にも遠慮はしない。
しかし…

「いたーい!うっ、うえーん…」
「あ、泣くな!ちょっとならいいから!」

子供の涙は苦手である

これが心を歪めた〇〇と心を閉ざした 古明地こいしの出会いであった。


「お兄さん、この魚おいひいね!」
「そうか、まったくムシャムシャ食いやがって…」

結局〇〇はこいしに夕食を食べさせる事となった。
ここはとりあえず食事をさせて追い返せば良いと考えたのだ。

「ところでお兄さんの名前は?」
「〇〇だ」
「〇〇かー、私はこいしだよ」
「…そうか」
「なんで〇〇には私が見えるの?」
「何いってんだお前?俺に目玉があるからに決まってんだろ。それにお前の妖気までもきっちり感じてるからな」
「〇〇もちょっと妖気があるね」
「まあ、俺ももう妖怪だしな…くそっ」
「?」
「ああ、なんでもねえ。お前ももう家に帰れ。もう暗いしな」
「はーい、御飯ありがとー」

こいしが家を出てから数分後、〇〇は片付けをしながらふとあることに気づいた。
「ありがとうなんて久しぶりに言われたな…」

数日後、〇〇は人里の開拓地で汗を流していた。
〇〇の開拓地に於ける基本的な仕事は身体能力を生かした下級妖怪の排除である。しかし、毎日妖怪が山のように襲撃にくるわけではない。そこで〇〇は開拓地に彼の畑を持ち、農作物を作って配給の足しにしていた。

作業も一段落し、持参した昼食を広げたところでまた〇〇は妖気を感じた。

「ああ、こいしか。」
「〇〇、何してるの?」
「ここで畑作業してんだよ。お前が来て楽しいところじゃないから帰れ帰れ」
「〇〇、その御飯美味しそうだね」
またしても〇〇の食事は減ったのだった。

「全くなんでお前はこう飯時に来るかなあ」
「ごちそうさまです。ふう!」
「やれやれ…ん?」
「おい〇〇、妖怪の襲撃だ何とかしろ」

〇〇は食事とこいしに気をとられて妖怪の接近に気づかなかった。
同じ開拓地で働く人里の男はそれだけ告げて去っていった。妖怪の襲撃の際には〇〇を除く開拓者は逃げる事になっている。

「しかたねえな…。ほらこいしも帰れ、俺は仕事だ」
「え?〇〇は逃げないの?」
「あれを片付けるのも俺の仕事なんだよ。邪魔だからもう行け、しっし」
「えー、つまんないの」

〇〇は妖気を多数感じる方向に走って行った。他の人間はもうとっくに逃げている。だから遠慮はいらない。

(そうだ、こっそり追いかけちゃえ)
こいしもまたひっそりと後を追った。

〇〇は襲撃してきた妖怪の集団を視界に捉えた。
(10匹ちょいってとこか、余裕だな)

〇〇は武器は使わない。弾幕も使えない。己の肉体のみで妖怪の攻撃をかわし、妖怪を打ちのめしてきた。

「まずは一匹…!」

やや大型の犬程度の妖怪どもを地面に叩きつけて頭を殴り潰す。背骨を叩き折る。首をへし折る、引きちぎる。一匹片付ける度に体が汚れるがそんなものを気にする余裕はない。多数相手には一秒の油断も致命的だ。こちらが頭を潰され兼ねない。

「やれやれ、やっと終わったか…」

十数匹の妖怪を撃退した後で〇〇はすっかり疲弊していた。
一匹の妖怪がまだ陰に残っているとも気づかないのも当然であった。


(え?〇〇何してるの?)

こいしは衝撃を受けた。
こいしは弾幕ごっこには慣れていた。先日の宗教戦争の時にはこっそり乱入して弾幕ごっこを何度もやった。
しかし、このような「殺し合い」を見るのはほぼ初めてだった。

(これが〇〇の仕事?)
(他の人を逃がして〇〇だけがこんな事をしてるの?)

こいしは唐突に理解した。
なぜ〇〇に救助を要請した村人があんなに嫌そうな態度を取っていたか。なぜ〇〇だけが一人人里の外れに暮らしているか。

「〇〇!」
「ん?こいしか。来るなって言っただろうが…」
「何でこんな危ない仕事なんかするの?私ならこんな奴ら一瞬で…」
「…これ以外に仕事がないのさ。人間なんて俺みたいな化け物には冷たいもんさ。こうやってしか俺は生きられないんだ」
「〇〇…」
「やれやれ、俺は畑に戻るぜ。そっちもまだ作業が残って…ぐおっ!」

突如〇〇の背中に激痛が走った。
妖怪の生き残りに背後から奇襲されたのだ。

「〇〇!?しっかりして、〇〇!」
「畜生…、まだ一匹残してたか…。くそっ、動けねえ…」
「うっ、ああああああ!」

こいしは激しく動揺した。
無我夢中で弾幕を乱射し即座に妖怪を塵にした。

「はあっはあっ…。〇〇!誰か助けて!誰か!」


こいしは必死に助けを求めた。
しかし、誰も現れない。それは誰もこいしの存在に気づかなかったからだった。〇〇が倒れてから十数分後、やっと逃げていた村人たちが様子を見に戻ってきた。

「おい〇〇、今日はずいぶん丁寧にやったもんだなっておい!しっかりしろ!」
「誰か荷車持ってこい!〇〇の野郎倒れてやがる!」





「うっ、ここは…」
「慧音先生、〇〇が起きたぞー」
「ここはお前の家だ。倒れてたお前を皆でここまで運んで薬師まで呼んだんだぞ。感謝しろよな」
「…」

〇〇は自宅でなんとか意識を取り戻した。と、同時に体中に痛みが走った。

「痛え、畜生…」
「〇〇、無事だったんだな」
「ああ、慧音先生。こんにちは」
「竹林の薬師からの伝言だ。お前は10日ほど自宅で休養だ」
「はあ。で、その間の給与は?」
「お前なあ…。」
「俺はあの仕事で食ってんだ。貯蓄もない。だからいつもの現物給与が何よりも大事なんだよ!」
「…給与はいつもの8割だ。注意を怠った罰だと思え」
「はいはい、じゃあ俺は10日間ずっと寝てますわ。皆様はどうぞお帰りください。」
「待ちなさい、〇〇。何か村の皆に言うことがあるだろう」
「お前ら、俺が死ななくて残念だったな。妖怪ってのはしぶといんだ。まあ8日目辺りであの開拓地が全滅するのに賭けてやるよ」
「いい加減にしろ!」

慧音はついに〇〇を怒鳴り付け張り手を見舞った。

「お前は人間の恩に感謝することもできなくなったのか!」
「あいつらの助けが無かったらお前はのたれ死ぬところだったんだぞ!」
「それなのにお前の態度はなんなんだ!今すぐ発言を撤回しろ!」
「これ以上私は〇〇を…」
「だまれえええ!」

〇〇は怒りを爆発させた。
「ここに俺が来てからこいつらが何をしてきたか知ってるのか?」
「俺に危険な労働をさせておきながら化け物扱いして、人里からそして人里の経済から俺を締め出したんだぞ!」
「今日もこいつらは一目散に逃げやがったんだ!時間が経ってから様子見だけに戻って来たんだ!」
「まずは俺に謝罪しやがれ!」

「しかし〇〇…」
「もう良いです、慧音先生…」
村人の一人が話を遮った。
「あいつの言い分も一理あります。今日は戻りましょう」

かくして村人たちと慧音は〇〇の家を後にした。

「畜生…畜生…」
〇〇は怒りと痛みでその日は眠れなかった。
そして近くをうろつく大きな妖気にも気づかなかった

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最終更新:2015年10月11日 20:49