こいしは〇〇が家に運ばれていくのを眺めていた。(もっとも姿は見られていないが)
自分が〇〇の言う通りにおとなしく帰っていればこんなことにはならなかったのに。
自分の行いを悔やむこいしだったが、とりあえず〇〇の自宅に向かう事にした。

こいしが〇〇の家に辿り着いたとき、中で騒ぐ声が聞こえ、慧音と村人がぞろぞろ家から出てくるところであった。


「慧音先生、〇〇はどうすれば…」
「あいつは暫く頭を冷やさないとだめだ!今回ばかりは擁護できん!」
「でも、やっぱり俺らにもある程度責任はありそうです」
「それにしても畑の防衛はどうしようか、やつがいないとなると…」
「魔除けの札でも神社で買うかあ」




こいしは〇〇と村人の関係をなんとなく把握した。
(〇〇は村人とはあんまり仲がよくないのね。でもそれならなんで人里にいるのかな?地霊殿に呼んだらお姉ちゃんは怒るかな?)

〇〇の様子をこいしは窓から覗いてみた。〇〇は酷くうなされていた。
(入ったら怒られるかな、今日は帰ろ)


翌日、〇〇は痛む体に鞭を打ち起き上がって自分の手当てをしていた。
「くそっ、かなり酷くやられたもんだな。これは時間がかかりそうだ」
「〇〇、おはよ」
「ん?なんだ、こいしか」
「怪我はどうなの?」
「ああ、これくらいならどうにかなるって。大丈夫だ」
(本当はかなり酷いのに…)
「〇〇、ご飯は?」
「あー、暫くは粗食になりそうだ。作る気力と体力が湧かないからな」
「私が作るよ、待ってて!」
「おい、出来るのか?」
「やればできるよ!」
「…」

案の定こいしの料理は失敗し、二人で焦げ付いたモノを食べる事になった。

「〇〇、ごめんね」
「まあ胃には入るから気にするな。俺は今日は寝るよ」
「うん、また来るね」

こいしは地霊殿に帰り、すぐにそこの厨房に向かった。勿論料理の腕を上げるためだ。
(今度は失敗する訳にはいかないんだからね。次こそおいしい料理を作らなきゃ!)

〇〇はその後ずっと横になっていた。
怪我の介抱をされたのはいつ以来だっただろうか、そんな事を考えるうちに〇〇は眠りについた。

妖怪の奇襲によって怪我をしてから四日、妖怪の回復力と蓬莱人の薬師の薬の力により〇〇の怪我は確実に回復に向かっていた。背中に痛みこそ残るものの、〇〇は身の回りの事は何とか済ませられるようになっていた。
家のまわりを散歩しつつ食糧をさがすのもリハビリには丁度良いだろう、そう考えていた頃に〇〇の家を訪ねてきた者がいた。

「〇〇、いるか?」
「ああ、慧音先生」

慧音は〇〇の様子を見つつ先日の事件について説教をしに来たのであった。
慧音曰く、先日の〇〇の村人に対する態度は許容できない、恩人に対するものではない、だから休養が終わった後に村人に謝罪しろとの事であった。
しかし、それは〇〇には到底受け入れ難いものである。〇〇はこれまでの村人の〇〇に対する迫害への謝罪が最低条件だと考えていたからだ。

「〇〇、それとこれとは話が別だろう。」
「あんたは全く嫌な思いをしてない他人だからそう言えるんだよ!」

話は平行線をたどるだけであり全く進展がない。この時〇〇の家にもう一人の客が来た。

「〇〇、入るよー!」
「ちょっと待て、こいし…」
「〇〇?あっ…」

こいしは部屋に入った瞬間、自分が邪魔者になっていると悟った。

「私、帰るね…」

こいしは家から走り去ってしまった。状況が状況なだけにこいしは何かしらの勘違いをしたかも知れない。引き留めて説明するべきであっただろうか。しかし、〇〇は呆然とその背中を見送ることしかできなかった。その時慧音が声をかけてきて〇〇は我に帰った。

「〇〇、お前いつからあいつと知り合いなんだ?」
「暫く前にこいしがこの家に寄ってきて以来だな」
「そうか。実はな…」

慧音は〇〇にこいしの詳しい事情を教えた。地霊殿に住んでいること、よくこの辺りをうろついていること、こいしの能力のこと、そして閉じた第三の目のこと。〇〇はこいしがかなり強い妖怪であるということしか知らなかっただけに、それらの情報に驚いた。

「お前も気を付けた方がいい。彼女は精神的にも危ういからな」
「ああ、分かった。」

慧音は寺子屋の時間が近いということで帰ることとなり、本題の議論は先送りになった。しかし、〇〇は今は何よりもこいしの素性が気になっている。あのこいしがあんな存在だとは考えていなかったのだ。これからこいしにどのような顔で会えばよいのだろうか、それよりも先にこいしにさっきの状況を説明するべきか…。
〇〇は取り敢えずこいしがもう一度来るのを待つことにした。

一方その頃こいしは人里の外れにある森の中にいた。
(〇〇の家にいたあの人は誰なのかなあ。この前も来てたよね、うーん…)
こいしが〇〇の家に入った時、何か真面目な話をしていた事だけは分かっていたがそれ以上の事はこいしには何も分からなかった。力こそ強大であるが、精神はまだ子供だったのである。

(せっかく料理の練習したからまた行こうかな、でもあの人がまた家にいるといやだなぁ…)
こいしは悶々と悩み続けた。


暗闇の中をさまよい、歩き続ける。
異形な姿の動物の目を避けて歩き続ける。
化け物の追跡をかろうじてかわす。
動物を捉えて生き血を啜る。
周囲を見渡してから川の水を飲む。
やっと普通の人の姿を捉えた。
これで自分は助かる。
家に帰る事ができる。

その望みは巫女の非情な一言で絶たれた。

「理由は分からないけどあなたの体には妖気が宿っている。向こうにはもう戻れない」

「あああああああああっ!」


〇〇は飛び起きた。
あれは定期的に見る悪夢であった。

「はあ…」

自宅での休養が始まってから7日目。〇〇の体はかなり回復していた。朝の軽いリハビリも楽々こなせるようになり、少しずつ激しい運動に体を慣らしてきた〇〇であったが、この悪夢はかなり堪えた。これで朝から気分は最悪である。
だらだらと起床し軽い朝食を食べ薬を飲んだ。いつにも増して無気力である。

そう言えばこいしもあの一件以降は姿を見せていない。こいしはまだ精神的には幼く思えるし、この家に来るのにも飽きたのだろうか。最も来たところで慧音の話を聞いてしまった今、かえって気まずいところもある。

そんな事を考えながら〇〇は二度寝を始めた。


一方こいしは地霊殿で悶々としていた。
〇〇の家に行ってみたい、しかし慧音がいるとちょっと困る。でもせっかく料理の練習もしたんだし…。
こいしは料理の練習だけはずっと続けていたのだった。
(今日こそ〇〇の家に行って、全部聞いてみよう)
こいしは地霊殿を出発した。

こいしが〇〇の家に到着した時、ちょうど〇〇はリハビリを始めようとしていた。そして慧音も来ていなかった。

「あっ、こいし…」
「私ね、〇〇に聞きたい事があるの」

〇〇は動揺した。こいしは何か勘違いをしているのでは?そして自分の返答によっては酷いことになるのでは?

「〇〇、落ち着いてよ」

こいしは〇〇の動揺を見抜いていた。しかし、その発言はより〇〇を動揺させてしまった。

「…何を聞きたいんだ?」
「あの女の人って何者なの?」
「あの女の人?」
「ほら、この前いた何か青い人だよ」
「ああ、慧音先生のことか。あの人は人里の守護者的な人だな」
「なんで〇〇の家にいたの?」
「この前の件の説教だよ。あの人は揉め事も処理してるんだ」
「なんだ、そうだったの」

こいしは至って冷静だった。疑問が解決してほっとしていた。

その一方〇〇は慧音の指摘したこいしの危うさをようやく把握した。こいしの声は妙に冷たく聞こえた。やはりこいつは危険な妖怪なのではないか?

「〇〇、今日こそちゃんと料理作ってあげるよ!練習したんだよ!」
「えっ?ああ、分かった…」

先ほどとはうって変わってこいつは笑顔で明るくなった。
その変わり身の速さも今となっては不気味だった。

〇〇は完全に理解した。自分がこいしに対して恐れを感じていると。
そしてこいしの強大な妖気とこいしの精神面の危うさが合わさった時、こいしはとてつもなく恐ろしい存在になると。
質問の返答に満足したのか、今はこいしは機嫌が良いようだ。鼻歌を歌いながら料理に取りかかっている。今回は焦げ臭さもない。今は下手に〇〇の感情を露呈しない方が身のためだ。
〇〇はこいしの背中を不安げに見つめていた。


一方その頃、慧音は自宅で考え事をしていた。
今後いかに〇〇と村人の間を取り持つか。このままでは〇〇と村人の開拓地における仕事に悪影響を及ぼしかねない。どうにかしなければ。

「ごめんください」

戸を叩く音がした。
慧音が戸を開けるとそこには開拓地で働く村人たちが揃っていた。

「おや、何のようかな?」
「〇〇の事についてです」
「まあ、上がりなさい」

慧音は先日〇〇の家を一人で尋ねた時の話をした。〇〇は相当村人を憎んでいる。このままでは仕事に支障がでるだろうから早いうちに和解の場を設けたいと。

村人たちはもう既に話し合いを済ませていた。
「慧音先生、今回は我々が譲歩して〇〇に頭を下げようと思います。だから今の条件のままであいつに仕事を続けさせてください。俺たちの安全の為にもこれが良いと思うんです。」
村人の代表格の男はこう提案した。
しかし、慧音は〇〇にも謝罪をさせるのにこだわっていた。
「今回は〇〇にも非がある。今あいつに頭を下げさせないとあいつは駄目になってしまうから…」

その時一人の男が口を挟んだ。
「今更ですけど、なんで先生は〇〇にそんなに構うんですか?確かにあいつみたいな半妖はここでは少数派ですけど…」
それに対する慧音の答えは、村人たちにとって衝撃的なものだった
「実はあいつは元々外来人なんだ」
「えっ…」

慧音は〇〇の過去について語った。
〇〇がある日ボロボロになって発見されたこと。最初は人当たりの良い人物であったこと。ちょっとした事情でそのまま元の世界に送り返そうとしたら結界に阻まれたこと。
そして、帰還が不可能になったあの日から〇〇が歪んでしまったこと。

村人たちには〇〇の性格が歪んでいる理由がよく分かった。
それと同時に自分たちの〇〇に対する態度がどれ程罪深いものかも理解した。
しかし、一つ分からない事もある。
何故彼は妖気を身につけてしまったのか?
元来妖力を持つ人間も少数いる。しかし、それなら結界には阻まれる事はない。となると、〇〇は幻想郷で後天的に妖力を手に入れた事になる。でも〇〇はいったいいつ妖力を手に入れたのだろうか?
それは慧音にもはっきりとは分からなかった。ただ、思い当たる節はある。

発見される前に、〇〇は何らかの形で妖怪に触れたのだろう。

そして、彼は最近古明地こいしという非常に強大な妖怪に触れている。彼の妖気はこいしの強大な妖気に呼応して更に膨れあがるかも知れない。
そうした時に彼は今の彼のままでいられるのだろうか。
慧音の一番の心配はそれだった。

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最終更新:2015年10月11日 20:50