満月の夜に吸血鬼は力が増すと言われるが、
別段他の日に、調子が悪い訳では無い。夜は
妖しの時間であるが故、彼女らは夜の女王として
君臨するのである。他の妖怪にとっては迷惑であり、
勿論他の人間にとっては脅威である。

 彼女がその人間を見つけたのは、普段行かない勝手口の所であった。
偶々メイド長を捜していた時に、霧雨商店からの荷物を司厨員に渡していた
彼に彼女は引き込まれた。普段の彼女の口癖を使うならば、
正に運命なのであろう。
 弾幕はパワーであると白黒の魔女は言う。弾幕は力の象徴あることを合わせれば、
即ち力は権力に直結する。強大な妖怪はまま欲望に貪欲であると言われるが、
寧ろ幻想郷では妖怪が好き勝手に、横車を押すどころかスペルカードで粉砕
する現状を表しているのであろう。彼女もご多分に漏れず、彼を物にしようと
考えるのであった。

 彼女はまず、腹心のメイド長に命じて彼の身元を探る前に、
メイド組織の二番手である副メイド長に、彼の身元を尋ねた。
時には主君に忠実でありすぎる咲夜に迂闊に尋ねれば、もし
彼が誰かの恋人であった時に、一を聞いて十を知る彼女は自分の思いを悟り、
事を勝手に進めてしまう事があり得たし、万が一彼が咲夜の恋人であった
時には、咲夜が断腸の思いで彼を諦めることが心配であったためである。
 そういう風に部下を思いやる主君であると自分に言い聞かせているが、
実際心の奥底では、咲夜が自分に銀色のナイフを突き立てる恐怖が、
ゆらゆらと浮かんでいたことは、彼女自身が一番良く知っている事であった。

 副メイド長に確認した結果、晴れて彼に誰も恋人が居ないと知ると、
彼女は信じてもいない神に感謝して、彼を手に入れよう
と震い立った。最も、紅魔館の中に恋人がいない事を確認しただけであり、
その他の場所に居ようとも、排除する積もりであったのは、現人神が
かつて言ったという、幻想郷では常識に囚われてはいけない、という
リバイアサン万歳の精神に基づく物であろう。
 気分が良くなった彼女は大声で咲夜を呼びつけ、彼の身元を調査させた。
そして彼が人里に居る普通の人間で、特に後ろ盾も無い事を知ると、早速メイドに
命じて彼を誘拐する。魔女の秘薬を使ったり、彼女が自分から出向いて交際を
求める等という、穏健な手法を使う素振りは一切見せない姿は、
運命を操る彼女が運命に囚われている形を、はっきりと示しているのであった。
誘拐した彼を、自分の部屋に備え付けた特注の檻に入れ、彼女は暫く
飽きずに彼を眺めていた。丁度子供が自分の宝物を一心にに眺めているように、
彼女もじっと彼を眺めていた。子供のように自分だけの世界に浸り、
誰にも渡すまいと独占欲を滾らせながら。
 数刻程して彼が目を覚ますと、彼女は笑顔で彼を浚った事を告げる。
最初彼は混乱していた物の、状況が飲み込めると彼はここから出すように
告げてきた。勿論彼女が男の申し出を撥ね付けると、やがて交渉から抗議に
変わり、最後には檻を揺らさんばかりに暴れるが、朝になって眠くなった彼女は、
一睨みして黙らせた後に、さっさとベットに入ってしまった。

 夕方になり彼女が目を覚ますと、メイドが檻と男を掃除したのか、執事服に
なった男が横たわっていた。昨日とはうってかわった彼は、彼女に対して
粘り強く解放するように交渉するが、彼女は全く取り合わない。それどころか
彼に対して結婚式は和洋どちらが良いだの、新婚旅行は外界に行きたいだの、
見当外れの話ばかりしており、彼はすっかり参ってしまった。

 三日目になり監禁生活に衰弱した彼が、泣き落としとして彼女に自分には
恋人が居て、心配しているから返してくれと告げると、
彼女は初めて驚いたような表情を見せた。男が怒っても頼んでも暖簾に腕押し
であった彼女が、反応らしい反応を返したため、男はこの手があったと思い
熱弁を振るうのであるが、暫く中空を見つめていた彼女が、突然気味の悪い
笑顔を浮かべておもむろに檻を開けるのを見て、男の期待は非常に高まった。
 鬼も目にも涙(相手は吸血鬼であるが)という諺を男が噛み締めていると、
彼女はその細腕からは想像できないような怪力で男を押さえつけ、
首筋に唇を近づけ鈍い痛みがすると、非情にも男は気を失ってしまった。

 彼女は男から適量の血を吸い取ると、早速メイドを呼んで計画を練らせるの
であった。一件落ち着いているように見られるが、血のような紅い槍を片手で回し、
頻りに唇を舐めて、人里に飛ばした分身の蝙蝠からの情報を受け取っている姿は、
運命を捻子曲げてでも達成しようという、強い意思が見られた。

 四日目の早朝に男は、聞き慣れた声で起こされた。彼が痛む首筋を押さえて起き上がると、
そこには監禁相手に、恋人だと語った女性の姿があった。女性は彼に対して、
彼が行方不明だと聞いて、方々を捜してたどり着いたこと、自分も彼の事を実は好いている
ことを告げ、この屋敷から脱出しようと檻を一瞬で開けてしまう。彼が一晩
揺らしてもビクともしなかった戸を、忽ち開けてしまった彼女に目を白黒させるも、
こんな好機は二度と無いと、彼女の手を取り檻を抜け出すのであった。

 屋敷を知り尽くしているような彼女の案内に、男は順調に進んでいくが、
段々奥に進んで行く。不安げな顔をする男に、彼女は秘密の抜け道が有ると言って
励ましながら、階段を駆け抜ける。そして重厚な扉の前で、-ここを抜ければ秘密の抜け道
があるが、少々厄介な妖怪がおり、五体満足とは行かないかも知れない-と彼女は男に告げ、
私がどんなになっても、愛して欲しいと告げる。普段憧れていただけの存在が、
自分の為に命すら掛けるという言葉に男は一も二も無く頷き、彼女に口づけた後、
-二人何時までも一緒だよ-と柄にもない台詞を述べる。微笑んだ彼女の手を取り、
部屋に入ると、そこにはステンドグラスと大きな十字架が掛けられていた。

 出口の魔方陣が有るはずが、結婚式の会場に辿りつき、男は狼狽えて周囲を見る。
隣の彼女を見ると、いつの間にか自分を閉じ込めた彼女になっており、男は反射的に
手を振り払おうとするが、手はしっかりと握られて離れない。そのまま祭壇の前まで
連れてこられると、紫色の髪の女性が祭壇に立ち、二人の結婚を認める事を厳かに
告げる。彼女が、-どんなに成っても愛してくれると言ったよね-と言いながら
微笑んだ姿を見て、漸く彼は「彼女」が殺されたことを理解したのであった。

 吸血鬼は人間なんかには及びもつかないような力を発揮する。例えば真夜中でも、真昼のように
活動したり、例えば血を吸った人間に化けたり、例えば日傘があれば、夜が明けて
真昼になっても活動出来たり。

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最終更新:2016年03月29日 21:59