ないた めいりん


 紅魔赤軍は初めからあったものではない。
メイド部隊は紅魔館設立当初からあったものの、それが今のような
軍隊めいた形になるためには犠牲が必要であった。それもかなりの
犠牲が。少なくとも一人の女性は壊れたし、一人の男性は壊されて
しまった。やはり歴史は血で作られるのであろうか?

 紅魔館の門番に恋人ができた。そう聞いたときにメイド長や館の主は
喜んだ。紅魔館のメンバーの一員として、美鈴の幸せを願っていたし
彼女が良縁に恵まれれば、なお良い事である。
 彼氏は人里に住んでいる里人であり、その内美鈴に会いにちょくちょく
紅魔館に訪れるようになった。

 彼がきてしばらくすると、彼はすっかり馴染んでおり屋敷の
主立った住人には大体顔を覚えられていた。メイド長は元より、主人や
図書館の魔女、更には地下室に居るもう一人の吸血鬼まで訪れており、
いくら最近落ち着いているとはいえ、自制を知らない吸血鬼に一撫で
されれば、只の人間の細首なんぞはお手玉のようにちぎれて吹っ飛んで
いくのであるから、美鈴は彼の護衛として必ず彼にくっついていたし、
フランドールがじゃれついてこようとをしたことを、身を持って止めた
ことは一度や二度では無い。

そんなにも屋敷の住人に会おうとする彼に、彼女は何故かと一度
尋ねたことがあったが、そのとき彼はいずれは美鈴と結婚して、彼女と
一緒に紅魔館で働きたいと思っているから、今のうちに慣れておきたかった
と答えたものだから、美鈴はとても嬉しかったし、心中では密かに、
もし彼が紅魔館に勤められなかったら紅魔館の門番を辞めて、いっそ
人里で彼と一緒に花屋でも営もうかと考えてさえいた。

 彼が紅魔館を訪れるようになってから数ヶ月後、美鈴はレミリア
から呼び出され、人里にとある妖怪が潜伏し、人里を乗っ取ろうと
していると告げられた。妖怪は密かに里人を自分と同じ種類の妖怪に
して勢力を増やして村の有力者を襲い、従わない者は皆殺しにするつ
もりだという。
 彼女はそんな計画があったことも初耳であったしその上彼のことが
心配になり、先手を打って件の妖怪一派を殲滅する作戦に、自分も参加
させて貰うように願い出たものの、レミリアは頑なに美鈴の参加を認め
なかった。
 予定されているのは奇襲による殲滅作戦であり、何も知らない彼がこの
争いに巻き込まれることを恐れ、美鈴は自分を参加させるように温厚な彼女
にしては珍しく百年に一度のしつこさで食い下がったが、レミリアは冷淡に
撥ね除けていた。
 絶対に引き下がれない美玲が遂に、紅魔館を抜け出してでも彼の所に行くと、
ディーラーに最終通告のチップを積み重ねると、レミリアも遂に美玲に訳を
告げた。

 即ち、彼は妖怪一派の仲間であり、紅魔館の戦力を探りに
来ていたスパイであると。

 これを聞いた美玲は暫くの間、全身に耳鳴りのような衝撃が走り、
自分の腕や足が自分の制御から離れたように感じた。救いを求めて
レミリアの方を見るが、彼は人間であるが、絶対に生かす訳には
いかないと彼女は告げて、美玲に追い打ちを容赦なく掛けるのであった。

 頭が上手く回らなくなっていた美玲であったが、何とか彼の相手は
自分にして欲しいとだけ伝えると、冷たい薄笑いを浮かべながらあっさりと
認めたレミリアから、期待していると背中を押された。
 励ましであり督戦でもある言葉を受け、彼女は時間まで部屋のベットで
只蹲るしかなかった。

 「裏切り者に死を。」外界ではマフィア映画などで聞く台詞であるが、
実際に聞くとその残酷さは身に凍みて、心をズタズタに引き裂くような
感覚に襲われる。
 しかも自分で彼を殺すことになるのは、何かの間違いであって欲しいと、
ひっきりなしに脳に悪魔が囁きかける。いっそこのまま作戦に参加しないで
おこうかと思ったり、彼を浚って何処かに行ってしまおうかとも思いつくが、
彼女の理性がその決断を許さない。
 相反する感情の中、ひたすらに胸を押さえて獣のような唸り声を
漏らした後、美玲はノロノロと集合場所へ向かっていった。

 慧音が稗田家一帯に結界を張って重鎮を保護し、妖精メイド部隊が村全域に
展開して妖怪を発見して、其れをレミリアやパチュリーが撃破していく
作戦計画の中、美玲に気を利かせたのか、彼女は彼を担当するのみであった。
 村のそこかしこで火の手が上がり、村人の悲鳴が先ほどまで響いていた中、
美玲は彼と対峙していた。

 中々男を殺せずにいた美玲は、村中に紅い霧が立ちこめしかも段々と霧が
濃くなってきたことを感じ、男の体に手を当てる。それでも涙が零れて踏ん
切りが付かない彼を見て、彼は美玲に話しかけた。
美玲が好きだったのではなく、都合が良い女だったと。

 そしてめいりんはないて かれを××しました


 美鈴は鍵の掛かる机の中に、一つ綺麗な箱を入れている。そしてその箱の
中には、筆が一本入っている。軸は白く、毛は黒く。普通の筆とは
あべこべの筆は、今も大切に仕舞われている。 
最終更新:2016年03月29日 22:14