村十分


 稗田の当主は女性であり、未だ十代のうら若き少女であるが彼女には
れっきとした恋人が居る。幻想郷の記録を綴るという仕事であるが故、紫
や映姫といった大物と付き合いがあり、そのため稗田家が持つ権力も
非常に大きいものである。里の守護者や村長といった者も一目も二目も
置かねばならない、そういった彼女の派手な表とは異なり、裏である
プライベート人間関係は地味なものであり、恋人に至っては極々普通の
人物であった。
 十人十色、蓼食う虫も好き好きといった言葉はあろうが、
大きな役割を持つ彼女にとっては、些か不釣り合いといった人物である
ことは衆目一致していた。もっとも本人達、特に阿求の方が彼をとても好いて
いる様は村中皆が知っている位のものであったから、とやかく口を挟む
者は居なかった。今までは。

 恋人が浚われたと聞いた阿求は、元々白い肌から血の気がさっと引き、ドラ
キュラのように青白くなっていたものだから、側に居た女中なんかは
彼女が卒倒してしまうではないかと心配したし、事実彼女は寸での所で
意識を保っていた。しかし少女といえども流石は当主と言うべきか、ふらついた
所を支えられた後は、座椅子に凭れかけながらも周囲の者に指示を矢継ぎ早に
飛ばしていた。
 慧音と村の衆に頼んで彼を虱潰しに捜すことは元より、
烏天狗の一隊を空に放つや、命蓮寺に使いを出すやと形振り構わぬ状態
であり、遂には隙間妖怪を冬眠からたたき起こそうとした時に、彼が
屋敷に運び込まれてきた。但し酷いものであったが。

 不死鳥に運ばれる半死半生という、些か冗談がかった状態であったが、
この張り詰めた空気の中では、誰も冗談なんぞ飛ばす余裕が無かった。
当主の前で言う者が自殺志願者を通り越して、巻き添え上等の他殺志願者
であることは論を待たないが、阿求が居ない場所でも軽口を叩く者は
居らず、皆は彼と彼女の心配ばかりしていた。案外人徳とはこういう場面で
計られるものでかもしれないが、やがて二人への心配が犯人への怨嗟になり、
やがて下手人への復讐を望む声がそこかしこに満ちることは、狭い村の
中で増幅された心の闇であろう。 
 後は坂道を転がるように事態は進んでいく。妹紅が見た容疑者の姿と顔が
阿求と慧音に伝えられると、直ぐに村の重鎮達は犯人の名前を知る事となり、
一晩経つ内には村の皆が罪人の在処を口々に噂することとなった。
 そして翌朝には数件の家が焼けており、焦げた跡地に残された骸は無縁塚
に放り込まれるのである。げに恐ろしきは人の世か。 
最終更新:2016年05月23日 21:43