不夜城レッド

「咲夜! さくや! さぐやあぁぁ!」
普段ならば吸血鬼は眠りに就く朝の紅魔館に、当主の大声が響く。
カリスマを投げ捨てて腹心のメイド長を呼ぶレミリアには、普段の
一見尊大にも見える余裕が消え失せており、全身に大怪我を負い
血塗れになった恋人に縋り付きながら泣き叫んでいた。
 取り乱すばかりで傷口一つ押さえることが出来なくなっていた
レミリアを尻目に、目の前の○○に一瞬にして包帯が巻かれ
もう一回瞬きをすると呻いていた彼が、穏やかに寝息を立てて
いるのは、彼女の忠実な部下である咲夜と、親友であるパチュリー
の仕業であった。レミリアの大声も、二人に全力を出させたことを
考えるとあながち全くの無駄であった訳では無いのかもしれない。

 しかしながら、いくらレミリアの周囲が彼の役に立ったとはいえ、
誇り高きウラド公の末裔を自称する吸血鬼は何も出来なかった訳で
あり、このことはいたく彼女の心を傷付けたことは想像に難くない。
 ここで傷付いたのが、恋人が苦しんでいるのに何も出来なかった
という事柄-つまり彼女の自尊心が損なわれたのならば、彼女が次に
行うことは比較的穏健になったであろうし、加害者への復讐を考えた
のならば、もう一、二段階強硬になったであろう。
 実際の所、彼女にまず最初に浮かび上がったのは、恋人が死亡する
ことへの恐怖であり、これが彼女を恐慌に突き落としていた。その次は
犯人への怒りであるが、これに厄介な物が混じる。即ち、恋人が何も
出来なかった自分を見捨てるのではないかという恐怖。彼女の周囲や
恋人自身が聞いたならば、一蹴してしまうものであったが、パニック
に陥っていた彼女には、恋人が自分を捨てる姿がありありと脳裏に思い
浮かんできたため、最悪の現実として感じられていた。

 ここで咲夜やパチュリーに相談でもすれば、あっさりと解決するので
あろうが、レミリアはしなかった。いや、出来なかったという方が
正しい表現であろう。なにせレミリアの妄想の中では、恋人が出て行く
際に、咲夜かパチュリーと一緒に腕を組んでいる姿が思い描かれていた
ためである。レミリアも紅魔館の他の住人に、恋人を奪われることが
無いことは頭では理解していた。しかし動揺した心には最悪の想像が
広がっており、レミリアは猜疑心を押さえることが精一杯であった。
勿論こんな状況では、相談なんぞ出来る筈もない。

 恋人に見捨てられる恐れは、苦しむ自分への被害者意識となり、
こんな状態を作り出した犯人への報復を決心させる。しかもそれが
紅魔館の住人に自分の威厳を見せつけ、恋人に自分が如何に頑張った
かを知らしめようという欲望まで混ざったのであるから、もはやグチャ
グチャである。そして、煮え立った頭と引っ切り無しに自分を責める幻想
を無理矢理に押さえ込んで、レミリアは命令を下す。ヒステリックとも
言えるような甲高い声で発せられた計画が、犯人の捕縛では無く殲滅
になっていたのは、彼女の精神を理解する者からすれば当然であるが、
部外者からすれば彼女の逆鱗に触れたとしか思えないものであった。

 レミリアは当主自ら前線に立ち、妖精メイド部隊を引き連れる。
犯人がいる一帯に火を放ち、彼方此方で怒号と戦闘音を響かせ、辺りに
いた無関係の妖怪も纏めて問答無用と引きちぎっていく。
 人里の村人は事前に咲夜が逃がしていたため無事であったが、そこに
あった家屋や畑は全て灰燼に帰す。焦土作戦もかくやといわんばかりの
惨状に、いくらなんでもあんまりだと抗議にきた村の人間は、物理的に
喋れなくなるというおまけまでついたこの惨劇は、辺り一帯に腰より高い
建物が何も無くなって漸く終結した。
 その結果紅魔館は不夜城と異名が付いたし、騒乱が終わり恋人が自分を
見捨てないと分かったレミリアは大層ご満悦となり、自分のスペルカードに
名前まで付ける程のお気に入りようであった。終わり良ければ全て良し
と思っている彼女は正に鬼、悪魔の類いなのであろう。

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最終更新:2016年05月23日 22:15