芥川の河童2

 彼と僕以外は人が居ない病室で、彼は流暢に語り出す。
一見是だけの話を即興で作ることなど出来ず、此の話は彼
が実際に体験したことではないだろうかと思ってしまう。
 しかしそんなことは有り得ないのだ。人間が河童の居る
世界に迷いこむなんてことは…。

 そう、僕は河童の元で暫く世話になっていたんだけれど、
何も河童の住処のみに居た訳じゃなくってね、にとりが僕を
彼方此方に連れていってくれていたんだ。さっきも言った様に
彼女はエンジニアであったから、幻想郷の病院に機械を卸して
いたから、丁度メンテナンスの作業にかこつけて僕を一緒に
連れて行ってくれたんだ。だけれどこの医者は変な医者でね、
美人ではあったんだけれども、マッドサイエンティストは
この世界にも生息していたのかと熟々思い知らされたよ。


 僕がにとりと一緒に永遠亭に行ったのは、丁度夕方だったよ。
患者が一通り空いた後で、残りは入院患者の回診だけといった
具合だったんだけれど、永琳という女医さんが応対してくれたん
だよ。先生の後ろには兎の看護婦が控えていてね、セーラー服
だったから僕は余りにもあざとさの様なものを感じてしまったよ。

 ええと、話が逸れてしまったね、そうそう永琳先生だけれど、
彼女はにとりと話をしていたんだけれど、CTスキャンやらMRとかはこの
世界にも有る代物なんだが、その内狂気判定機やら嫉妬リト
マス紙なんて物が会話の端々に出てくるようになってね、最後には
自白剤やら洗脳用の薬物を河童のラボで大量生産出来るかどうか
となってきてね、外来人として僕に此方の世界ではどうなって
いるかを聞いてきたものだから、僕はびっくりして彼女に言った
訳さ、-何で病院なのに患者を洗脳しているんだと-そうすると
彼女は一瞬考えた後にこう言ったのさ、-外来では個人の意思を
強く尊重されているようですね-とさ。


 勿論善良な一般市民として、まあ今は正気を疑われているのだから、
かつて小市民だった人物の意見として割り引きさせてもらうが、
僕は彼女の意見に断固賛成出来なかったのだから、更に尋ねた
訳さ、-人を洗脳することは悪い事でしょうと-しかし彼女の方も
一歩も引かずに、人を洗脳して悪いとは、誰に悪いんですかと
こう返してきた次第さ。
 全く呆れた話だがね、大まじめにそう返されては僕も洗脳された
人間にとっては悪いでしょうと、正道で返事をしたんだけれど、
彼女の答えが奮っていてね、-しかし洗脳された本人と奥さんは
全員幸せにしていますよ-
とこう返してきたものさ。挙げ句に外界の世界でも学校や職場で
人間をルールに従わせてしかも無理矢理嫌な事を押しつけているでは
ないかと返されるとね、僕としても答えに詰まってしまったんだよ。

 今この世界にいる分には、六法全書を片手に偉大なる先生にご高説を
話してやるんだけれどね、彼方の世界でそう言われてしまうとなんだか
自分が間違っているような気がしてね、正に竜頭蛇尾も良いところ
だったよ。僕がすっかり押されているとね、横で聞いていたにとりが
-もうそこら辺で勘弁してあげてよ先生-と割って入ってね、僕は
月の大賢者の抜き内テストから無事脱出することが出来たという訳さ。
全く、その時はにとりに感謝をしたものだったよ。



 他にも僕は色々な所に行ってね、そうそう神社で巫女さんを見ること
ができたんだよ。まあ今でも正月になればそこいらの神社でバイトを
している巫女さんを見ることができるんでけれど、僕が見たのはそんじょ
そこらの人では無い、本物の謂わばプロの巫女さんということさ。
 僕はその日にとりと手を繋いで、おや、茶化さないでくれ、僕は
今でもそうだけれど空は飛べないのだから、まあ、博麗神社という
この幻想郷を司る所へ行っていたんだ。そこはどうやら外の世界と
幻想郷を隔離している関所のような所らしくっってね、密航者であった
僕の挨拶をしておこうという具合だったのさ。僕が丁度神社に行くとね、
先客が四、五人いてね、確か一人は酷い火傷を負っていてスーツが焦げて
いたね。その人は人力車のような手押し車に乗せられていて、猫耳を付けた
少女が押していたんだよ。そしてそのスーツを着た人を抱えた少女が凄く
て、なんと目玉を服にくっつけていたんだ。その目玉が僕を睨んだと思うと、
その少女はにとりに何やら手で丸のサインを送っていてね、後でにとりに
聞いても全く教えてくれなかったんだよ。


 神社の方は中々立派だったよ。にとりの家の近くにある神社の方が規模は
立派なんだけれどね、此方の方はなんだか神聖というか、勿論守矢神社の
方もそうなんだけれど、兎に角空気が幻想郷の中でも取り分け澄んでいる
ような感じだったよ。そこの巫女さんは暇らしくってね、僕とにとりが
行くと一日中相手をしてくれたよ。おまけに僕になんだか祈祷までしてくれて
ね、中々僕らには親切な人だったよ。

 そう、僕らには親切だったんだけれどね、異変が起きると一目散に解決に
向かうらしいんだよ。まさに幻想郷の守護者とでも言うべき存在なんだろうね。
そして幻想郷には僕らの世界では廃れた物が入ってくるんだけれど、そこの
神社にはなんと免罪符が売っていてね、免罪符だよ免罪符、全く笑ってしま
うね。あんな馬鹿げたものをこんな所で目にするなんて、本当に訳が分からない
んだけれど、奥の部屋にひっそりと賽銭箱と札が置いてあって、そこの部屋の
掛け軸には例の台詞、この賽銭箱にチャリンと…と書いてあったんだ。
 しかしこんなことをしていたら信用が無くなってしまうんじゃないかと
思って、後でにとりにこっそり聞いてみたんだけれど、にとりが言うにはそう
いったことは全く無いらしい、どうやら地獄の閻魔様も認めているようで
この札があれば大抵の事は無罪になるようだね。

 まあこの札を使える人は決まっているようで、何と恋愛で揉めた時だけ
なんだそうだ。この札を買っておけば幾ら暴れようが博麗の巫女は異変と
して介入しないという、何だろう、上納金に似たシステムの様だね。
そんな黄門様の印籠のような物だから、買える人物は幻想郷の有力者だけ
で、にとりの言葉を借りれば-本気で殺し合いをする代わりに金で妥協を
図る-なんていう構図なもんで、謂わばセーフティーネットというやつ
なんだろうね。
 ああ、勿論当の巫女も免罪符を買っているよ。自分で自分に買うという
のも変な話だけれど、一番奥の部屋に物々しい札がベタベタ貼ってあって
そこに序でのように貼ってあったんだ。にとりは何か自分の持っている機械
が反応したようで、-うわぁ-と小さく声を漏らしていたね。全くどんな
妖怪を封印していたんだろうね。

 え、知っていたんだろうって?勿論見当はついたさ。でも、僕は流石に
踏み込めなかったね。物理的にも無理だったろうけれど、外から声を掛ける
ことすら出来なかったんだよ。僕には恐ろしかったんだよ。自分を危険に
晒して幻想郷を守るような気高い人物が、それを曲げてまでやっていること
に踏み込むようなことはさ、絶対に僕には無理だったよ。


 僕はにとりの家に住んでいたんだけれどね、そこは妖怪の山と
言って、妖怪が住んでいたんだ。にとりの様な河童は勿論、河童
と同じ位こっちの世界で有名な天狗も其処に住んでいたんだよ。
 天狗は良く新聞を作っていてね、僕が出会った天狗は文々新聞
やら花果子念報という新聞の記者で、僕から外界の世界のことを
聞いて記事にしていたよ。
 そうそう、君は天狗の連中に大層受けが良かったよ。特に姫海堂
という記者は君の画像を色々欲しがっていた位だしね。まあ何れも
美人であったから、安心して欲しい所だ。君は天狗受けする顔の様
で僕としても鼻が高かったよ。
 しかしこっちの世界でもそうだけれど、新聞を始めとするマスメ
ディアの記者とかいう連中は、中々なこともするじゃないか。
よくプライバシーを侵害したとして訴えられている雑誌を、僕も
ちょこちょこ見るんだけれど、本当にどうやって撮ったのかと
思うような記事をこれでもかと言わんばかりに掲載しているね。


 幻想郷でもそれは変わらないみたいで、僕は朝食後ににとりの
家に配達される朝刊を毎朝見ていたんだけれど、此方の新聞も
写真をフルに使用して、流石にカラーではなかったんだけれど、
それでも迫力ある弾幕の写真を記事に載せていたよ。

 まあ、こっちの世界でのマスメディアの権力で一番強い物は、
報道しない自由、つまり編集権というやつだけれど、幻想郷の世界で
一番強い権力は、ねつ造する自由というやつだったね。
 そうだね、それは自由でも何でもなく、唯々人を欺いている、
マスメディアの隅にも置けないような悪いことなんだけれど、案外
幻想郷ではこの戦術が効くんだよ。特に外来人、幻想郷では僕らの
世界から来た人間をこう呼ぶんだけれど、こういった寄る辺の無い
人物に対しては、かなり強いんだよ。
 それもそうだよね、いきなり天狗という強力な権力を持っている
組織、それも妖怪の山という組織をバックに付けているんだから、
唯の人間からしたら、勝ち目がまるで無いようなものだからね。
おまけに天狗は記者をやっている関係上、諜報能力がやたら強い
と来たら、もはやそういった事で天狗になっても仕方がないよね。
天狗の中には、千里眼やら念写といった能力を持つものがいるん
だから、離れていても幾らでもねつ造し放題という訳さ。

 天狗に対抗する方法はあるよ、一番は天狗に対抗できる位の
権力がある人の庇護に入ることかな。力には力でというのが、
此処と変わらない生臭さだね。あとは妖怪の山を取り仕切る
守矢神社に渡りを付ける事かな。おや、両方した人かい?
居たには居たが、あまりお勧め出来ないな。幻想郷で他の
妖怪に狙われて頼ったことが切っ掛けで守矢の神社に婿入り
した人が居るんだけれど、今は奥さんに四六時中見張られて
いるらしいよ。うむ、何かから逃げても逃げた先が良い人が
いるかどうかは、また考えものという訳だね。



 僕がそうして日々を過ごしているとね、彼女は僕が幻想郷に
定住すると思い込んでいたんだよ。僕はと言えばいくら幻想郷
で快適に過ごしていたと言ってもね、当然今君と会っているように
友人なり家族なり生活なりがあったんだから、当然帰る積りだと
言ったんだよ。そうするとにとりは最初は僕が冗談を言って
いるんだと思って居たようでね、外界では今日がエイプリル
フールなのかいと軽口を返していたんだけれど、僕が冗談なんか
ではなく、本気で言っていると暫くすると分かったようで、
そうすると僕にしがみついて泣きだすんだよ。-私を捨てるの、
だの、私のことを頼ってくれていたじゃないか、とか、盟友
だよね-と、僕を人間代表にしてくれた物だから、当然丁寧に
一つ一つ否定してあげたんだよ。
 色々彼女の妄言を否定してあげた後に、-捨てるも何も、
最初から恋人でも何でもなかったじゃないか-と最後に言うとね、
彼女もすっかり呆気に取られた様な感じでね、まあ、頭が真っ白に
なっていたというやつなんだろうけどね、その隙に僕はさっ
さと彼女の家をお暇させてもらったという次第さ。
 勿論君が眉を顰めるように、彼女には大変悪い事をしたと思って
いる訳なんだけれどね、しかし僕に弁解の機会を与えて貰えると
すればなんだけれど、彼女が怖かったんだよ。
 うん、大の男が見目麗しい女性相手に恐ろしいとは何事か、と
思われるんだろうけれど、僕はその時にはそれはそれは恐ろしい
思いだったんだよ。何せ今まで彼女は幻想郷の各地に連れていって
くれた訳なんだけどね、そこで彼女が一度も彼女の友人の凶行を
否定していなかったんだよ。そう、永琳女史や博麗の巫女や
天狗の文屋と僕が問答した時も、一度もにとりは僕に同意しな
かったんだよ。その時僕は悟った訳さ、ああ、にとりもあいつらと
同類なんだとね。
 どういう意味かって?そうだね、君が友達の家に行ってそこで飼っている
ペットの犬に吠えられたとしようか。すると君は何かその犬に向かって
何かするかい? 大抵の人ならば肩を竦めて友人と話しを続けるだけ
だろう? つまり犬なんて人間より下等な生物には、いくらキャンキャン
吠えた所で大して構う必要が無いってことなのさ。まあ、人間の中にも
人外の力を持つ者はいるから、この例えが正しいかは微妙な所だけれど、
結局は僕は彼女の「モノ」でしかなかったってことなのさ。


 さて彼女から逃げて僕は、前に幻想郷に迷い込んだ時と同じ様に
また山の中を彷徨っていたんだけれどね、すると霧が出てきた
後に僕は目出度く、小説のようにこっちの世界に戻って来る事が
出来たという寸法さ。しかしこうまで小説と同じようになると
少々不安があってね、一つはかつてにとりの家に飾っていた花
がそう、そこに有るんだけれどね、誰もいない内に之れが置かれて
いたんだよ。しかも誰も唯の花瓶で花なんて咲いていないと言うん
だから、僕としても小説とおんなじではないかと不安になって
しまってね、だから君にこうやって話して不安を紛らわしているん
だよ。

 どうだい君には見えるかい?ああ、そうかありがとう、君は優しい
なあ、にとりの部屋には青色の薔薇があったんだよ。君の優しさを
僕は裏切ってしまったよ。知っているかい?不可能は無いって花言葉
を。
 ああ、遂に話をしていれば影という事か!そこににとりがいるよ!
まあ、彼女は光学迷彩を着ているから、君には見えないんだろうけれどね!
無知は幸運って奴だよ本当に!
ああ、本当に恐ろしいよ、すまないにとり!僕は、ああ、ああ、ああ!


 彼が一頻り叫び声を上げて、文字通りに発狂してしまった後に、
僕はナースコールを押して看護師を呼んだのであるが、僕がその日以降に
病院で彼に会うことは無かったのである。その日は医者に彼を任せて帰った
のであるが、数日後に彼がどうなったかと悶々としていた僕に、彼の家族が
訪問してきたのであった。
 家族の話を聞くと、あの日彼は鎮静剤で眠りについたのであるが、翌日に
なると閉鎖病棟から脱走をしていたらしい。しかしいくら健康体であると
言っても、閉鎖病棟の三階から逃げ出すことは容易ではないのであるから、
家人も誰かが手引きをしたのではないかと半ば疑っていて、親しかった
僕の所に話を聞きに来た次第であった。
 僕がその日彼がある人物に怯えていたと話すと、貴重な手がかりに
食いついていたのであるが、その人物がにとり某なる人物で有ると知ると、
傍目から分かる程に落胆をしていた。そして収穫が無いと分かると、
僕に花瓶を渡したのであるが、新聞紙に包まれた花瓶を開けると、
そこから青い薔薇の立体映像が生えてきた。

 僕は家人が全く反応していないことから、その薔薇が幻覚であると判断し、
暴れる心臓を服の下に隠しながら客人の応対を終えたのであるが、翌朝に
なってもその薔薇はそこに存在していたのです。
 良く世間では「深淵を覗く者は、深淵からも覗かれていることを
自覚しなければならない」と言うようであるが、それが本当ならば、
深淵に手を伸ばした者は、深淵に手を捕まえられるやもしれません。

 ええ、以上が僕が幻想郷に入り込んだ顛末になります。此方全てが
真実になりますよ、椛さん。花果念時報の記者さんに確認して貰えれば、
恐らく以前彼が幻想郷に入った時に、携帯電話を預けたそうですので、
僕の写真やらのデーターが残っているでしょうから。
 ああ、僕は恐ろしい、何故かは絶対に貴方達には言えませんが、恐ろしい。
一体僕はどうなってしまうのでしょうか

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最終更新:2017年01月01日 21:53