探偵助手さとり8

 巷に溢れる名探偵とは、街を恐怖に陥れる連続殺人事件を
颯爽と解決したり、外部と接触が断たれた絶海の孤島において、
難解な密室殺人事件を鮮やかに解決するのが相場である。古明地
探偵事務所は生憎、生活に密着した(どこぞのスーパーマーケット
のような謡い文句であるが、文句は平和なこの町に言って欲しい)
探偵事務所であるので、事件の大半は浮気調査や行方不明人を捜して
欲しいといった、所謂普通の依頼である。
 しかし探偵に名探偵のような難事件の経験が無い訳ではない。例えば、
今のように、クローズドサークルで殺人事件に巻き込まれるという
ような。

 今回の依頼人は今までの依頼人とは異なり、中々の名士であった。
有り体に言えばお金持ちでありそうであったため、二人しか居ない探偵
事務所で名誉ある所長を勤める○○は、久々の好条件な依頼に胸を膨ら
ませっぱなしであった。あんまりにも顔に締まりがないものだから、
助手の古明地さとりに苦すぎる珈琲を入れられて、思わず顔を蹙めて
しまう位であった。


 いつもながら余り役に立たない所長を横目に、助手のさとりは依頼人
から依頼の詳細を聞き出していた。今回の依頼は投資家であった依頼人
の生前贈与についての親族会議において、依頼人の補佐として働くこと
であった。
 本来こういった事柄においては、弁護士に依頼することが多いので
あるが、依頼人としては事前に、法律に則って遺産を分けることを決めて
いたため、あまり法律上は揉める筋合いは無かったためである。しかし
法律上は正しい行為であっても、道徳上は正しくない行為もあったりする。
たとえば多くの財産を持ちながらも、親族に嫌がらせをしたいがために、
法定遺留分丁度しか財産を渡さないといったような。
 つまり今回の依頼には弁護士は既に不要となっていた。居ても依頼人の
害になることはないのであるが、法律的にも社会的にも悪いコトを依頼人
に仕掛けてくる輩にとっては、どれだけ抵抗できるか心許ないものであった。
依頼人に対して悪意を持って接してくるであろう、親族とやり合うことに
今更ながら気づいて、内心後悔している所長を放っておき、さとりは依頼人
から、手付金の前払いを受け取り成功報酬の条件を詰めていた。他人の心が
読める妖怪にとってみれば、口に出す程度の悪意など、物の数にも入らない
のであろう。


 そうして依頼人の別荘にて親族会議が開かれたのであるが、事前に
依頼人が予想していたとおりに、中々に紛糾した会議となっていた。
自分の遺産が本来の半分しか貰えないと分かった親族は、口を極めて
依頼人を罵っていたし、依頼人の意思を変えることが出来ないと分かっていた
親族は、今度は遺産の分配を巡って親族間同士で条件闘争を繰り広げていた。

 動産がいいの、あそこの不動産は過大評価されているだの、宝石に鑑定書
が付いているのかと大騒ぎを行い、最後の方にはお前ばっかりずるいと
いった非難や、借金に絡め取られた薄汚い野郎といった中傷が飛び交い、
お互いに中身の入ったコップが宙を舞う段階に至って、依頼人は決着を
明日に延期することを決めた。
 依頼人と探偵に投げられた物だけは巧みに撃ち落としていたさとり
であったが、延期を依頼人が決めた時には、大幅に譲歩してでも決着を
するように勧めていた。しかし依頼人は親族に一泡吹かせることに躍起に
なっており、頑なに譲歩しようとしなかった。依頼人を口で説得することを
諦めたさとりは、依頼人に夜間に親族と会わないことやその他細々としたことを
言い含め自分の部屋ではなく、わざわざ探偵の居る部屋に引っ込むのであった。
わざと食後の珈琲を断わって、内鍵を掛けておく。
 足下が覚束なくなり、会議後に飲んだ上等なワインに酔ったようだと話す探偵を
介抱し、さとりはベットで泥酔する探偵を抱きしめていた。心の声が一つ叫び声を
上げて消えてゆくのを聞きながら、明日自分達に降ってくるであろう悪意に目を
向けて。



 次の朝、自分で指定した時刻に表れない依頼人を皆で見に行くと、予想どおり依頼人
はそこにいた。但し妹のこいしがよく地霊殿のエントランスに飾っているように、死体
になっていたのであるが。
 当然ながら大騒ぎとなった別荘であったが、探偵がいざ外部と連絡を取ろうとしても、
電話線は不通となっており、携帯電話やインターネットも圏外となっていた。昨日の
段階ではやや電波が悪いながらも繋がっていたのであるから、恐らくは電話線を切った
者の仕業であろう。


 しかしここで最初の問題がある。そもそも依頼人が死んでいても、わかりやすい外傷
や凶器がある訳ではないので、まずはこの事件が殺人であることを示さなくてはならない。
そのためにまず、探偵は部屋の調査をすると宣言し、親族の一人を立ち会い人として、
被害者の検死を行うこととした。勿論、何も分かっていない素人がするのであり、医者や
鑑識といった専門家が見ると何をやりたいのか訳が分からないと評されるお粗末なもの
であるのだが、幸い立会人も素人である。探偵は適当に室内を親族から借りたビデオカメラ
で撮り、詳細は後から助手に教えて貰うことに決めていた。何せ、犯人から教えて貰える
のであるから、的中率は間違い無しである。しかし助手は探偵を手伝う片手間に、昨晩に
依頼人に仕掛けておいてもらった隠しカメラを、立会人が見ていない隙にこっそり回収
していたのだから、中々の手際であると言えた。

 さて調査が終わった後は推理の時間である。探偵は助手から聞きだそうとするが、普段
ならば探偵に褒めて貰いたく得意げに話す助手は、全く犯人を話そうとしない。助手から
この後親族一同を集めるように指示されていた探偵は、自分が犯人を知らないままぶっつけ
本番で推理を披露することとなるのではないかと、慌てて色々な推理を助手にぶつけて反応
を見るが、話すこと全てが否定されていく。

「ねぇ、さとり、犯人は誰なんだい?」
「それは、後で話しますよ○○さん。」

「そうは言っても、もう既に親戚連中には、犯人を突き止めました、って言っちゃったしさあ。」
「○○さんには私が指示を出しますから、その通りに喋ればいいんですよ。」

「うーん、そうだ、依頼人の後妻さんが怪しそうだな。依頼人のお金目当ての結婚じゃないかって、
先妻の息子さんから突っ込まれていたし。」
「彼女の力では、依頼者さんを押さえつけることは出来ませんよ。」

「ロープで縛ったとか?」
「縛った跡はありませんよ。」

「それなら、依頼人の弟はどうかな? 力がありそうだ。」
「依頼人さんも警戒しますから、夜中には会えないでしょうね。」

「カメラには何が写っていたんだい?」
「大丈夫ですよ、○○さんは私に全て任せていればいいんですから。」

探偵はあれやこれやと気を揉んでいたが、全て助手によって突っぱねられていく。一方さとりの
方も探偵をあしらいながら、親族の心の声を探っていく。相手の心を一方的に読んでいくさとりは
戦場の霧を神の視点から取り除き自分の策を練っていくのであるが、今回は少々分が悪い。
最悪の状態に備えた応援を呼んでから、彼女は解決編に臨むこととした。


 親族一同を集めた探偵が、助手を隣に立たせて事件の犯人を公表する。さとりの思念を
脳に響かせ、探偵はこれが殺人事件であることから説明していった。

「今回の依頼人の死亡は、事件であります。」
「え?親父、年だったからなんか病気じゃないの?」

疑問を呈する声にはっきりと断言する。

「いえ、彼の持病を悪化させる薬を飲ませ、呼吸困難にした上で、拘束して窒息死させました。」
「殺人なの?!」

甲高い声が響く中、探偵の推理劇は続く。

「それで犯人は、後妻の××さんです…。え?」
「おいおい、冗談だろう?」

大袈裟に肩を竦める姿は、どこか演技のような固さがあった。

「指紋が検出されました。」
「おい、叔父さんどうなんだよ!立会いしてたんじゃなかったの?」
「いや、その…。」

「それに、××さん、お怪我をされていますよね。依頼人の爪に肉片が挟まっておりました。
DNA鑑定をすれば証拠になりますよ。」
「ちょっと冗談じゃないわよ!いい加減なこと言わないで!」

叫ぶように探偵に食って掛かる容疑者に、さとりが進み出て残りの親族に話しかける。

「被相続人に重大な危害を及ぼした相続人は、遺産の相続から除外されますよ。」

一瞬顔を見合わせた親族に、更に駄目押しをする。

「慰謝料の請求も出来るかもしれませんね。」

このまま決まり掛けた勝負であるが、土俵際でうっちゃりが投げられる。

「おい、あなた達!一緒にやった癖に何言ってんのさ!アタシだけ逮捕されたら、皆引きずり込んでやるよ!」

別荘に備え付けていた猟銃を壁から外し、探偵とさとりに狙いを付ける。辺りは緊迫した空気に包まれるが、
そんな中で急に欠伸をするのは探偵その人。何故か急に眠気が探偵を襲い、立っていられなくなってしまう。
床に寝転がるように崩れた探偵を見て、親族がニヤリと笑う。

「いやー、危なかったわー。××さんバラすとかないでしょ。」
「アタシを生贄にしようとするからでしょ。っていうか、さっさと準備してよ。DNAとか火ぃつけるしかないじゃん。」
「はいはい、仰せのままに。」

「で、どうする? 直筆で一筆書いてくれたら、このまま無事に返して上げても良いんだけれど。」
「白紙の委任状はお断りします。」

「じゃあこのボイスレコーダーに向かって、皆関わっていませんとだけ言ってくれるだけでもいいよ。」
「その銃を構えている人が何言っても信用できませんよ。」

「ほら、銃を下ろしてやったから、早くしろよ。あんたらも金で雇われただけなんだろ。」
「その割には灯油を撒き終わったようですね。」

「あっそ、じゃあ死ねよ。ばいばーい。」

館に火を付けて扉から出て行く親族。そこに残されたのは探偵と助手の二人となり、薬のために
意識が混濁し、声が出せなくなった探偵の心をさとりが読む。

「地下室なら火が回らない、ですか。残念ですが地下室は念入りに油が撒かれていますから、
手の平を犠牲にして死にそうになって扉を開けた瞬間に、死んでしまいますよ。」
「扉から出ればあいつらが待ち構えていて銃で撃たれますので。ああ、トラウマを使って相手を昏倒させても、
ちょっと後々面倒ですね。向こうは四人、こっちは二人。証拠のカメラもこの熱で、動くかどうかは分かり
ませんから、裁判で戦うには厳しそうですね。」

「出口が全て塞がれていると。まあ人間ならばそうでしょうね。」
「だけど○○さん、私は妖怪ですよ。」
「私だけが今、○○さんを助けることが出来るんですよ。」
「そう、○○さんが助かるためには、私に助けてと言わなければいけない。」

火が壁を覆う中、顔を照らされたさとりは自分の言葉に興奮したように、○○を追い詰めていく。

「ねえ、どんな気持ちですか。何も出来ずに相手に縋るしかない今。」
「貴方の全ては私のもの、私が今、貴方を支配している。」
「ねえ、叫んで下さいよ、縋って下さいよ、私を求めて下さいよ。」

「別に私はこのままでも良いんですよ。地底の地獄はこんな火の粉よりも熱いんですから。」
「ついでに○○さんも生かして上げますよ。私の周りは熱を寄せ付けませんから。」
「でも、○○さんの足までは結界が届かないんで、上から柱が落ちてきたら、きっと痛いでしょうね。
こんな風に!」

「業と嫌われることは止せだなんて、○○さんは本当に馬鹿ですね。」
「妖怪は本能で生きているんですよ、私だって。○○さんが欲しい、それが全てです。」
「そう、何も出来なくて、私が全てして、そんな貴方の全てを私が染めて、自分の物にして!」
「ああ、ホントに良いですよ。○○さん。貴方の心全てが私で満たされていく。」

「それじゃあ行きましょうか、ああ、煙を吸ってしまってはいけませんから、私の口で塞いでおいて
あげますね。」
「良いですよ、舌を浅ましく求めるその姿。まあ、煙で喉を焼かれても、別に問題ないですけれど。
言葉は要りませんから、貴方との間なら。」

二人が弾幕で崩された穴より出ると、屋敷は炎を上げて燃えさかっていた。近くより大勢の人が
館の方に近寄ってくることを目を閉じながら感じた○○は、きっとさとりが呼んだ警察が来たのだろうと
想像した。証拠を消そうとして却って多くの証拠を残した彼らは、直にかたが付くであろう。

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最終更新:2017年01月09日 23:00