幽香がなかなか降りてこないのでだいぶアレですが

あの日見えなかった花
「幽香、四季映姫が来るわ」

背中からそう声をかけてきたのは、懐かしい相手だった。
「そう」

まあ、来るでしょうね。
そう思っていたから、息急ききって伝えに来てくれた彼女には悪いのだけど、私は特に危機感を覚えることは無かった。
でも

「わざわざそんな事を言いに来たの? 静葉」

彼女が忠告にきたのは意外だった。
もしも、某かの行動をおこすとしたらあの泣き虫か、白黒、霊夢……はそんな玉じゃないわね。
そうやって考えてみると、魔法使いというのは存外世話焼きの生き物なのかしらね。

「幽香、悪いことは言わない」
「お断りよ」

秋静葉。
寂しさと終焉を司る紅葉の神。
紅葉はあくまでも葉だけれど、愛でられるべき葉菜(はな)でもある。
そのせいもあって、花を操る能力を持つ私とはずっと昔に縁があった。

「幽香……」

蒲公英の茎のように折れそうな儚い肢体が、僅に萎んだような気がした。
この蒲公英、その気になれば千年樹をもへし折る癖に相変わらずなのね。

「そういえば、貴女にも男が出来たって?烏が囀ずってたわよ」

ぴくん、と動いた肚をそっと左手で支える。
私のお腹はこの六週間大きく膨れ、まるで妊婦のようになっていた。
ただ、六週間で大きくなったのではなく、六週間前に大きくなったのだけど。

「良かったわね」
「ええ」
「幸せ?」
「…………とても。とても幸せよ」
「そう。ああ、知ってるかしら?私にも物好きが出来てね」
「幽香」
「ふふ、本当に物好きよ。生意気に、人間が。ふふ」
「幽香」
「……幸せ。良いわよね。男が出来る前はこんなこと考えもしなかった」
「……」
「わかるでしょ。良いひとがそこに居るだけで何でも輝きが増すの。
春に咲く花も、夏に咲く花も、秋も冬も……全て。
だからずっと一緒に居なさいって言ったわ。あいつは分かった、と言ったわ」
「幽香! ○○はもう!」
「死んだがどうしたっていうの?」
「貴女のその、腹……中は」
「魂よ。ああ勿論魄も合わせてあるわよ勿論」

「幽香、気持ちは分かるわ……でも」
「私たち、俗にいうところの式は挙げてなくてね?……おかげで死んでも別れることはない、というのはどうかしら」
「死は……それは…………」
「それにね、あいつが破ってない約束を、私が言い出したそれを、破るわけにはいかないでしょう?」
「……そう、ね」

静葉は何かを諦めたように、視線を落とした。
私は、正直それに少し拍子抜けしてしまった。

「戦らないの?」

彼女が来た理由。
それは、私に言うことを聞かせる二つしかない方法、その一つ。力ずくでの話し合いをするつもりだと思っていたから。
もう一つは、あいつが……まあ、それは今はいいわ。

「やらない」
「あら、自信が?」
「秋(いま)の私でも少し厳しいでしょうね」
「あら、自信が」
「……でも、それだけじゃないわ。言ったでしょ、貴女の気持ちも分かるって」

「死は終わりじゃない。次へと続く輪の結び目……次へ、次へ、それが自然の理。あまねく天地精魅に至るまで」
「……」
「でも、そんなの……知ったことじゃないわよね?
次なんて……そんなの要らないわよ」
「貴女……」

驚いた。
本当に。
静葉が口にした事が本心からのものかどうかはさておき、それは私の本心その一部を切り抜いていた。

「何より、我慢ならないのがーー」
「そう、そうね」
「ええ、何故(なにゆえ)あって人の男の魂を、記憶を、思い出を、他の女に洗われないとならないのかってことよ。
嘗めて貰っては困るわ。この幽香さまの男を、穢い手で拐おうってんだからね。当然権利だとでも言うように」

視界が薄赤く染まってきた。
昂ってきたのかしらね。
いえ、昂ってるわ。私。

「まあ、向こうも、仕事だからね」
「論外よ」
「まあ……ねぇ」

私が愛しているのはあいつだけ。
来世?そんなものは知らない。
そいつはあいつじゃない。
そんなのと契るなんて、浮気以外の何でもない。
私の体に身を埋めても良いのはあいつだけ。
私が迎え入れるのはあいつだけ。

「幽香……地獄の匂いがする。来るわよ」
「肥料が?」
「……死神は押さえておいてあげる」
「準備運動。しそこねたわね」
「身重でしょうに、うっかり消化しないと良いわね」

さしていた日傘を閉じ、土に突き刺す。
貴方たち、たまには私に力を貸しなさい。

「うわっ」

私を中心に枯れ果てていた向日葵が急速に芽生え、双葉をなし、花を湛えた。

『風見幽香。死者の魂をおのが色欲のために捕らえるとは……決して許されることではありません。悪いことは言いません、今すぐ』

出たわね。

「一つ訊いてあげる」
『何ですか』
「貴女、男は?」
『……居ても居なくても、私のやることに変わりはありません』
「そう。可哀想に」
『……なんです?』

「ぶっ殺すわ。少しだけ残して。反魂の法あとで聞かせなさいな」

私の肚(なか)で、あいつが胎動くのが分かった。
もう少し、待ってなさい。待てるでしょ。
お願い。

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最終更新:2017年02月07日 21:07