うちのいそうろうさん


長い坂をゆっくりと上ってくる、背の高い痩せた男は両脇に汗の染みを滲ませて、西日を背にしながら、うつ向き歩いてくる。
その姿を認めた瞬間に、鏡台に飛び付いて、鏡で口元について乾いた涎と隅についた目くそを拭って、とびきり濃い口紅を引いた。


湿った生臭い暑さに湯だってしまいそうになりながらも歩を進めると、額から鼻のとんがりにまで伝った汗が、歩くたびに左右に揺れた。重い一歩を引きずって、また地を踏むと同時にぱたぱたと汗が地面に落ちていった。
下駄の足音が近づいて来る、前をみやると小さい女の子が、両手をしなるように振って走って来た。
少名、小さい小さいその子はもつれそうになりながらも笑顔で走り、そして俺の胸に飛び込んできた。
俺は彼女の頭を両手で抱きすくめて、乱暴に髪を掴んだり引っ張ったりしてやった。彼女も痛がる様子も見せずに、俺の臭いを身体に染み付かせるように頬を胸元に、擦り付けている。少名は手探りのまま俺の中に見えない何かを探している気がした。
しばらくお互いの存在を確かめあった

扉の内側でうつむいて、側に立っていた彼女が、こちらを見上げて、俺の袖口をつまんで引っ張った。俺はひざまずいて、彼女の視線に目を合わせて、彼女の唇を食むように重ねた。ふっふっと早い規則で彼女の鼻息が側索さ頬を撫でる。歯を舌でなぞると少し眉をひそめられた。気にくわなかったのか突然、舌を絡めさせてきた。
瞬間少し湿った女の匂いが鼻を掠めた、それはまた岩陰にひそむ獣のように子供くさい彼女の甘い乳の匂いの中に溶けていった。
最近ふとした瞬間に少名から、こういう匂いが漂うことが多くなった。大人の真似ごとをして、どこかから手に入れてきた紅を引いて、着物につけようとしてくる。その拙い所有欲は、確かに俺の心を捉え染めていた。

一幕終えた後には、すでに夜が冷め、葉のささめき合いが風に乗って聞こえる。胸に被さった柔らかい髪を手持ち無沙汰でいじりながら、目線を伸ばして障子の隙間を見通した。暗い間にはいつもの通りに赤い目がこちらを覗いている。

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最終更新:2017年02月07日 21:21