小さな工房に鉄と鉄が擦れる音が響く。
とあるご婦人から包丁が刃こぼれしたので研磨して欲しいと仕事が入った。ので現在、刀剣ではなく菜切を研いでいたところだった。

「ふぅ...、いいだろう。終わりにしよう。」

鍛冶屋も今は庶民の味方だ。ああ、いや、そんな大それたもんじゃないが、刀鍛冶という重苦しい名を捨て、刃物を専門に扱い、銭を取らないで食料と交換で経営している。そりゃ金は欲しい。だからこれは一種の宣伝だ。
こうして少しでも善良な店ということを知らせ、客足を増やすことにした。
だがこれは俺が考えたものではない。提案したのは...。

「お疲れ様です。昼食、できましたよ。」

「そうか、頂くとしよう。」

「今日は大根をもらったので貴方の好きな煮つけを作りました。」

「ほぉ、旨そうだ。頂きます。」

「はい、召し上がれ。...あなた。」

――俺の妻だ。

あの出来事からもう1年が経過した。今でも昨日のことのように思い出せる。
当時は何にも思っていなかったが、今では可愛い愛しの妻だ。
いや、ほんとあの時の出来事はちょっとした笑い話だな。笑えないけど。


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「...答えて、いただけないんですね......。」

......。

「あなたは...私の...光なんです。そんなあなたにまで突き放されたら...わたし...。」

「...!?まて!!」

その脇差はさっきの...!

「止めなさい!妖夢!!」

妖夢は身に着けていた脇差を鞘から抜刀し、ぎらりと光る刃を見せつけた。思わず幽々子さんと俺は止めに入ろうとするが、刀を振り回し、こちらを寄せ付かせない。

「止めるのはそっちです!!せめて、せめて最後は○○さんとひとつになりたいんです...。」

――〇〇さん…本当に、あなたをお慕いしていました…。

彼女はぽろぽろと涙を流しながら、かたかたと震える手で脇差を自身の腹に突きつける。
そうだ、半分は霊体だが、もう半分は人間なんだ。腹に刺せば苦痛を伴ってじわりじわりと死んでいく。誰だって死ぬのは恐い。それは妖夢だって例外じゃない。
ならまだ話をする余地はある!

「待てって言ってるだろ!話を聞け!いいか、俺はまだおまえに答えていない。」

「....っだ...だって○○さんすごく困ってるじゃないですか!こ...困るってことは...わ...わたしのことなんて...何とも思ってなかったってことじゃないんですか!!」

「それはお前が返答を急かすからだ。さらにはこんなことまでして...。」

「じゃ...じゃあどうなんですか!!わたしのこと...いつまでも子ども扱いして...!ひ、ひとりの女としてみてくれてましたか!?」

「っぐ!?いや、みてなかった...。」

「ほら!!だからこうやって強引に祝言を迫ったのに...!こうすれば女としてみてくれると思って...。あなたは...!貴方は唯一私を認めてくれた人だから...!
もっと......もっとわたしを知ってほしかった!!褒めてほしかった!!愛して欲しかった!!」

...それがお前の気持ちなんだな。
あまりにとんとんと話が進むから、お前の本心が見えてこなかったんだ。
だが、そうか...。いま、わかったよ。

「...今からでも間に合うか?」

「...え?」

「そうだよ、俺はお前をよく知らない。でもそれはお前だって俺の全てを知ってるわけじゃないだろ?
お互いをよく知るためにも夫婦になるのは...悪くない。だから...だからその~...。う?ん...。」

――すー。
口から思いっきり息を吸い込む。肺に空気が限界まで溜まり、苦しいぐらい膨れ上がる。
...いいか、よく聞いとけよ。

「妖夢!俺の妻になってくれ!!」

ありったけの思いを込めて気持ちを告げる。そのあまりの声の大きさに幽々子さんは驚いて耳を塞いでいた。俺自身もまさかこんなに声が出るとは思わなかった。
部屋中に響き渡り、また静寂が訪れる。

「...えっ?あ、あの...ほんと......ですか...?う...嘘じゃない、ですよね?」

「は。ならもっかい言うか?今度は、屋敷中に響くぐらいの大きさで。」

「お願いします!!」

「うるさいからやめて」

妖夢は嬉々として俺にもう一度告白をねだるが、うるさいからと幽々子さんが間に割り入って止めた。

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「ご馳走様でした。今日も美味かったよ、妖夢。」

結局、俺は妖夢を娶ることにした。
まだお互いを完全に理解し合っている訳ではないが、そこは少しづつ、時間をかけて共に歩もうと思う。
とはいえ、妖夢は少しでも早く良き妻になりたいと日々鍛錬している。
例えば、妻は俺の好みの料理、味付けを覚え、さらには健康管理まで気を配っている。剣術以外できないと思っていたが、それは俺の見立てが甘かったようだ。
元々屋敷に仕えていたこともあり、料理、洗濯、掃除、おつかいと、家事全般ができるうえ、覚えの早さも並ではない。
本人曰く、
『愛する夫の為なら妖夢は何でも出来るんです。』

だそうで。
以前、俺を外に誘った際も、事前に周辺の妖怪を斬りまくって近ずくと殺すと脅していたらしい。だから散歩をしようと言い出したわけだ。
そしてもう一つ、分かったことがある。

「お粗末様です。...あの、あなた?この後はお仕事無いのでしょう?でしたらもうお布団に入って共に...」

「昼間っから何言ってんだ。そんなことより依頼人のとこに行ってくる。」

「そ、そんな!何しに行くんですか!!私以外の女なんかに行かないでくださいよ!やめてくださいよ!」

「依頼の包丁を届けてくるだけだ!すぐ戻る。」

「嫌です!あなたと離れるなんてぜぇっったいに嫌です!どうしてもというなら私も一緒に行きますっ!」

「ああ、もうそうしてくれ...。そのほうが安心だ。...いろんな意味で...。」

「いろんな?よく分かりませんが行きましょうか。」

「いや、刀は置いていけ...。」

あの時から感じていた妙な感覚はこいつの愛から来ているものだとようやく解った。
愛くるしいといえばそうなのだが、少々重すぎだ。偶に気が滅入ったりすることもある。
だがまぁ、以前より笑うようになった妖夢を見ると全て許す気になってしまう。俺も随分と惚れたものだな。
いずれは老いて死ぬ時が来る。が、そのまえに妖夢と同じ半霊半人になろうかと考えている。
というかきっと先に死ぬことは妖夢が許してくれないだろう。もしくは死ぬときは一緒...なんて。

「妖夢は、死ぬ時も、○○さんといっしょですからね!あ、今からいっしょに入るお墓建てときましょっか!」

......。やっぱり重い...。

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最終更新:2017年02月07日 21:34