「私にひざまずいて下さい」
いつもの営業スマイルで、
文がそう言って団扇を振るった。
足の力が抜けて地面に倒れる。
切られた?
いや、痛くない……な?
「立てますか?」
「いや、無理」
「三日位お泊りしましょうね?」
「……あぁ」

最大の問題は、
偏愛趣味を彼女に知られた事?
文は優しいから、
腱を切って歩けなくなっても、
黙って彼女に甘えてれば後で永遠亭に連れてってくれる。

止めて、なんて言った所で、
「○○さんが辛いんだったら、止めないといけませんね」
と言って放置される。
おまけと言わんばかりに両腕の腱まで切られて。
だから文に求めるしかない、
助けて、って。

「ん……良い匂いです」
家に運ぶまでは抱っこ。
今日はお姫様抱っこじゃなくて、
文がしがみつく様に抱き抱えてるから、
ちょっと痛い。
ただ、重力に引かれて、
文の柔肌に体が沈んでいるのに気付き、
顔が赤くなった。
その直後だった。
「ふふ、○○さんはやっぱり良い匂いです」
「や、ちょっと……」
流石に恥ずかしいよ。
「家まで我慢出来ません~……なんて」
文の家、
外から見るのは久し振りだった。
「お帰りなさい?」
「ただいま……」
僕の帰る家は……もう……ここしかない。

お姫様抱っこに抱き直した僕を、
自分のベッドに寝かせる。
文の匂いが充満してる、
あぁこれ、わざと汗かいた後に締め切ってたんだなぁ。
「それで、今度は何日いれば良いの?」
「そう……ですね。
 じゃあ一週間、一緒にいましょうか?」
一週間、か。
「文、じゃあベッドを」「嫌です」
「……臭いって言ったr」「知りません」
「じゃあ俺やめゅっ!?」
無理矢理、
口を封じるなんてさ、
「……っ、らしくないんじゃない?」
「……○○さんは黙ってここで暮らしてれば良いんです」
「あぁ、だから」
「違うんです!」
羽根がぶわって出て来て、
下から持ち上げられる様に風が起きて、
あぁ、地雷踏んじゃったかなぁ……

「……てるんです」
「え……」
文は、
これまで見た事無い様な、
俯いて、ぼそぼそとなにかを呟いていて、
「何で、そんな、
 早く終われば良いみたいな顔をしてるんですか?」
「そんな、気のせい……」
「違います!
 ねぇ、○○さん、○○さんはヤンデレが好きなんですよね?
 私がこうやって無理矢理お泊りさせてるのも同意の上でやってましたよね?
 何で私を見てくれないんですか?
 私は○○さんの為にやったんですよ?
 貴方が拒んだら従った!
 貴方の望みなら全て叶えた!
 なのに……○○さんは、私を愛してくれてない」
「ぇ………ぁ、なら、
 まず足を切らなかったら」
「駄目です!
 もう逃がしません、絶対に……!」
ヤバイって、これ。
いよいよ言ってる事が支離滅裂になって来たよ。
そういうのを楽しんでるつもりだったよ、
だけど、
「……だって文が可愛すぎるから」
「嘘」
「目を合わすのだって恥ずかしいのに」
「嘘だ……
 だって○○さんは、まだ、私を好きになってないもん」
綺麗な笑顔で返された。
あぁ……もう遅いのか。
案外、好きになってたのになぁ、文の事。
僕に尽くそうと、
有りもしない僕の気を引こうと、
虚な瞳のままぶつぶつ呟く文を見て、
僕はどこか、悲しくなった。

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最終更新:2010年08月27日 10:50