「いい返事が聞けて良かったわ、あー本当人手不足でねー。あ、宿とかはここで泊まってくれたらいいわ」
「私は、橋姫。名前は……忘れた」そう言う彼女はどこか皮肉げに笑っていた。
「忘れたのはあれですか、大きな事故とか病気みたいな……」
「うーん、ある意味では事故かも」
「何てお呼びしたらいいんですかね、ハッシーとか」
「いや。お姫でいいじゃない。別にタメでいいわよ」
「じゃあ、お姫。短い付き合いになることを祈って、よろしく」
「いい性格してるわ、あんた。まあまあ、よろしく」あ、手柔らかい。
彼女が切り盛りする喫茶「ペルシアン・レター」は、つい最近オープンしたらしい。この町は四層に分けられており、商業区、民間区、貴族区、そして宗教区。ここは商業区の東側に位置しており、他都市からの商人も多く存在し、交易の要となっている。その分、客は河童や天狗などの一級の妖怪などが多い。
私の仕事は、主にウェイターを任されていた。
「お客様、お飲み物はいかがなされますか?」
「お湯。あと、油揚げ、甘くしてね」
「かしこまりました、すぐにご用意します」
こういう少し、変わった注文は日常茶飯事で慣れたが、
「太った男の生き血」若い身なりの女性は顔を変えずにそういって僕の顔を青ざめさせたりする。
「お姫さん、客待お願いいたします」
「今度は何よ」
「太った男の生き血」
「あー……、はい」
この店は簡単なものなら、何でも提供するというモットーを売りにしているのだが、サービス側の私にはたまったものではない。
「痩せた男の生き血なら、すぐにご用意出来ますが」
「仕方ないわね」
短いやりとりを終えるとお姫はにこにことしながら此方へと向かってきた。
「生き血何て本当にあるんですか」
「あるわよ」
そういって、僕の腕を指差した。
おかわり三杯目で倒れた。

「あー、死ぬ」私は、二階の座敷で寝そべりながら、貧血で項垂れていた。
「ご苦労様」お姫は苦笑しながら、お茶を出してくれた。
「おかわりするほど、美味しかったのね。あなたの血って」
「うなぎ奢ってください、じゃなきゃ明日には辞表がポストに投函されてます」
「頑張ったしね、じゃあ何処か食べに行こ」
「うなぎ」
「何食べようかなー」お姫は私の言うことは聞いてくれないらしい。
茅葺きの天井から、ぽとりと一滴の雫が滴り落ちてきた。
窓の向こう側から、雨粒が早足に降り始める音が聴こえてくる。
通り雨は、今日で三回目になるだろうか。
よく降るといるよりも、これではじょうろで水撒きをしているみたいだ。
「よく、降りますね」
「ええ、雨の町だもの」
「雨の町」
「私は、ここへ来て三年目になるけれど、今日まで雨が降らない日はなかったわよ」
「ここの気候が亜熱帯みたいな感じですか」
「気候。ではないのよ、花に水をあげるみたいなもん」
「それは、どういう」その時、外からわっと大きな歓声がした。


窓を開けて、通りを見下ろすと多くの人々がひしめき合って一つの方向へを投げ掛けていた
。その先を見遣ると、大きな御輿が十数人の持ち手に担がれて通りの中を突き進んでいた。えんやこらさっさえんやこらさっさ、逞しい体つきをした者達は全て蛙の頭や黒く丸いタガメのような顔をしていた。その奇妙な集団は、鼓太鼓を持って奇妙なテンポを鳴らしながら大声で掛け声をあげている。道に込み合っていた人々は彼らの通り道を開けるように端に詰め合い、膝まずいて平伏した。
担がれていた御輿は華美な装飾、よく見れば天窓に蛙や牛が人間に何かを指示しているような絵などが彫り込まれていた。中にはどんな人物がいるのだろうか、前面には紫色のカーテンが引かれていて姿は見えない。
「諏訪湖様のお通りね」いつの間にか、お姫は隣で窓縁にもたれ掛かりながら、何処か可笑しげにそう言った。
「女性の人なんですね」
「女性というよりは女神へ、この町のトップよ」
「哀れな人達よね、あんな姿になってもあれだけ崇拝出来るなんて」
「どういうことですか」
「あの女神さまはね、この町が雨の町といわれる所以なのよ」
彼女はその場から離れると、畳に座って冷めた茶を飲み始めた。
私もそれに習って座った。
「あの人が雨を降らせていると言うことですか」
「そうよ、あれは神と呼ばれるけれど、それは伊達じゃない。化け物クラスの妖怪だってそんなこと出来やしない」
「そんなに凄い神様なんですね」
「だから、誰も逆らえない」
「え?」
「あんな風に崇めたてられて、それこそ様付けなんてされているけど、そんな可愛いものなんかじゃない。あれの本質は醜い化け物なのよ」
「酷い言いようですね」あまりの言いように苦笑してしまう。
お姫は突然立ち上がり、窓に近づくとばさりとカーテンを閉めるとくるりと振り返った。
あ、かわい。
「1つ昔話をしてあげましょうか」

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最終更新:2017年02月12日 14:26