「貴方に宛てて書いたものの、ついぞ出せなかった手文です。」

そう言って彼女が出した紙は、文というよりも最早、文々新聞に入れ込む折り込み広告の束の様に見えた。
紙に書かれた文字は達筆であり、それがびっくりと書かれている様は一種古文書の様ですらある。
俯き加減の顔を上げると、眼には情念がありありと浮かんでおり、文字に秘めたる思いは霧散することなく、
返って凝縮、いや腐敗している様ですらある。
余りの想いを突然にぶつけられた此方としては、只呆気に取られるしかないのであるが、其れは彼女にとっては
やや、物足りない感覚を呼び覚ました雰囲気が感じられた。

「ああ、無論貴方の事ですから、私の事を其の様な目で、伴侶として見て頂けるとは思ってはおりませんでした…」

しかし―と赤い紅を引いた唇を動かし、彼女は言葉を紡ぎたてる。

「其れは其れでやはり、乙女心は傷が付くという物でございます。」

先祖代々より乙女の名で呼ばれていますので―と言い、冗談がさぞ面白かったかの様に彼女はくつくつと笑う。

「愛とは与える物と蘭学では教えるそうですが、でしたら是非に貴方様からも頂きたく存じます。」

気圧されて指一本すら、いや最早呼吸すらまともに出来なくなっていた私は、彼女の口付けを拒む事は出来なかった。
蜂蜜を塗っている訳でも無いのに、ひたすらに甘く、脳髄でえぐみすら感じる程、私の理性は溶けていった。
最終更新:2017年02月12日 19:39