「・・・・」
今、私の目に前に一人の男が倒れている。
多分、外来人の人間だろう。
体中がボロボロで意識は無く、恐らく瀕死の状態。
放っておくことも出来た、だが、私は真っ先に応急処置をし、男を自分の家のベッドに寝かせ、
人里で彼に合いそうな着物も買ってきていた。
しばらくすると彼が意識を取り戻した。
彼のことについて幾つか質問してみた。
どうやら彼の名は「○○」というらしい。
しかし勢いで彼を助けてしまったが、なんと言おうか、
「心配だから助けてやった」という理由では私らしくもない。
そして、咄嗟に言った言葉がこれだった、
「私が貴方を助けたの、つまり私は貴方の命の恩人よ
だからその命は私の物、貴方には私の奴隷になって貰うわ」
- 多分「心配だから助けてやった」という言葉以上に私らしくないであろう言葉だった。
しかし、彼は一瞬複雑な表情をしていたが、すぐに快く了承してくれた。
そして翌朝、外来人…いや、私の奴隷との同居生活が始まった。
最初は簡単な仕事から任せていったが、
彼の仕事振りは予想以上で何時の間にか私自身の身の回りの仕事も任せるようになってきた。
彼は私からの仕事なら、どんな事でも嫌な顔一つせずしっかりと働いてくれた。
「○○、紅茶を淹れなさい」
「○○、日傘を持ってきなさい」
「○○、上着持ってきて」
「○○、早く…」
彼が来てから私の生活は本当に充実していた。
彼が居ないと寂しいと思えるぐらいに。
只単にいつもは自分でやっていることを○○に任せているだけなのに、なぜこんなにも楽しいのだろう。
今日も朝起きれば○○が居てくれる。
「○○、着替え持ってきて」
と言えばすぐに着替えを持ってきてくれる。
「○○、朝食の準備をしなさい」
と言えばすぐに何か料理を作り、持ってきてくれる。
「○○、紅茶を淹れなさい」
と言えばいつもの少し味の薄い紅茶を淹れてくれる。
「○○、花の水やりに行くわよ」
と言えば水の入った如雨露を持って、一緒に花に水をあげてくれる。
こんなやり取りで私の時間はどんどん過ぎていく。
気が付けばもう夜になっていた。
「○○、紅茶」
と、紅茶の入ったポットを持った○○が出てくる。
「相変わらず薄い紅茶ね…」
いつも彼は薄い味の紅茶を淹れてくる。それでも結構美味しい。
さて、明日は一体どんな仕事をさせようか。
どんな話をしようか。どんな風に接しようか。
私はそんなことを思いながら紅茶を味わっていた。
ガチャン
バタン
ふと後ろで何かが落ちる音と何かが倒れる音がした。
下を見ると床に○○が倒れていた。
「…ちょっと○○何倒れてるのよ……」
輝きを失った瞳、確実に様子がおかしかった。
「ちょっと…○○…ポットが割れちゃったじゃない…どうしてくれるのよ…」
青ざめていく顔、これじゃまるで…
「ねぇ○○…起きてよ…起きなさいよ…」
身体から温もりが失せていく、まさか嘘だ、こんなの突然すぎる。
「○○…う…そ…でしょ……?」
息の絶えた抜け殻、夢だ、なんて酷い夢だ、まさか、○○が死ヌナンテアリエナ
今日もまた朝が来た
「○○、着替え…」
返事は無い、自分で着替えを持ってくる。
「○○、朝食…」
返事は無い、今日は食欲が無いから食べない。
「○○、紅茶…」
返事は無い、あの薄い紅茶はもう飲むことは出来ない。
「○○、如雨露…」
返事は無い、自分一人で花の水やりをする。
気が付けばもう夜になっていた。
今日は特に何も無かった。
いつもと変わらない…変わらない日だった。
「○○…」
返事は無い、これが"普通"なのだ。
「○、○ ○○…○○…○○…○○…○○…」
気が付けば無表情のまま涙を流していた。
ふと昨日のことを思い出す。
○○が倒れた後、急いで竹林の医師の所へ向かったものの、
手遅れだった。
医者が急性心臓麻痺やら何やら言っていたが、
私はそんな事聞かずに○○の亡骸をずっと見つめていた。
あの後、○○の亡骸を向日葵畑の中心に埋めた。
あの時は頭が真っ白になっていたせいか昨日の事はほとんど覚えていない。
ただ、分かることは、○○が、死んだ、死んでしまった。
「○○…○○…○○…嫌…嫌…なんか返事しなさいよ……」
一体私は何をしているのだろう。何故、もう死んでしまった亡き者の名を嘆き続けているのだろう。
これでは森に居るような下等妖怪ではないか。
…そうだ、私は下等妖怪ではない。
幻想郷で上位に位置する上等の妖怪なのだ。
手に入れたいものはなんでも手に入れる。
こうやって○○の命も手にした。
その命を勝手に手放すなど、絶対にしない。
させてたまるものか。
気が付くと私は日傘を握り、彼岸へと真っ先に向かっていた。
「ふふ…○○、私の奴隷を勝手にやめるなんていい度胸じゃない…
連れ戻したらしっかり躾してやらないとね…」
覚悟なさい 私の○、○
最終更新:2011年03月04日 01:19