彼には色んなものを貰った

喜びという感情 楽しいという感情

嬉しいという感情 恋という感情

「もう…いいよね…
 これが、私の怒りという感情」

代わりに別の感情も貰った

怒りという感情 悲しみという感情

彼以外のものに対する 憎しみという感情

『待ってくれ…止めろ、謝るから…やめてくれぇぇぇぇ!!』

知る限りの感情は全て揃った

だからもう、容赦はしない



 彼と初めて会ったのはいつだったか。

「どうしたの、そんなところでぼけーっとしてて」

確か、初めてのときはそんな感じに声を掛けられた気がする。

「分からないの」
「分からない?」
「感情ってなんだろう、生きてるって何だろう。
 誰も教えてくれない」

まるで、彼が言うところのテツガクシャという人種のように、
そのときの私は話していたらしい。

「だったらまあ…教えてあげようか?
 あんまり勉強は好きじゃないから詳しくは教えられないかもしれないけど…」
「あなたが教えてくれるの?」
「えーと…まあ、そんな感じ、かなぁ」
「分かった。 私はこころ、あなたは?」
「○○」
「よろしく、○○」
「そういえばこころちゃん、お家は?」
「ない」
「みなしごかな…? まあいいや、だったらウチで寝泊りする?」
「そうする」

こうして、彼による私の質問への長い回答が始まった。

「ごめんこころちゃん、ちょっと手伝って欲しい事があって…」
「分かった、任せて」
「…大分適当かもしれないけど…よく頑張ったね、ありがとう」
「ありがとう。 ありがとうって何」
「えーと…感謝の気持ち、かな」
「感謝。 感謝を貰うとどういう気持ちになる?」
「嬉しいとか、頑張ったなぁ…って努力を実感する…と思うよ」
「分かった、これが嬉しいという感情」

彼からは色々教えてもらった。
例えば感情について。

「○○、今日は一緒にお出かけ」
「ああ、そういえば魔法の森に出かける予定だったね」
「すごく…なんだろう、身体がウズウズして来る」
「それは多分、楽しみにしているってことじゃないかな」
「楽しみ?」
「友達とかと一緒にどこかに行ったりするのは、
 きっと楽しみにしているってことじゃないかな」
「なるほど…これが楽しみという感情」

例えば友達という概念について。

「ねえ○○、私のこと好き?」
「!? こころちゃん、どうしたの一体!?」
「…この本に書いてあった」
『あ、友人に貸してもらったのをちゃんと隠しておけばよかったなあ…」
「…聞こえてる」
「あっ、えーと、なんというかなんだけど…」
「この本の2人は抱きしめあったり、抱きしめる前にさっきの言葉を言っている。
 あの言葉は何?」
「えーと、愛情というか、恋の確認というか…」
「恋? 愛? それは一体何?」
「えっとー…例えば誰かといたりすると嬉しいとか、楽しい気分になる事がないかな?
 まあ、基本的には僕と一緒にしかいないんだけどさ」
「ある」
「恋って言うのは、そういうものなんだ…多分」
「私は○○と一緒に居ると嬉しいし、楽しい。 これは恋?」
「多分、そうじゃないかな…うん、多分。
 でも大丈夫、こころちゃんならもっと良い人が見つかるから」
「良い人?」
「こころちゃんが自分の中でこの人とだったら一生を添い遂げても良いっ!!
 って人のことだよ」
「今のところ、そう思えるのは○○だけ」
「ま、まあまあまあ…まだ教えられてる身なんだしさ?
 色々習ったあとで世の中を見ればまた色々変わるさ」
「ふーん」

恋というものについて。
そして…

『おい○○! お前、妖怪を家に泊めてるだろ』
『ああ、しかも見慣れない新種の妖怪だな』
「妖怪って…単に髪を染めてる外来人の可能性だってあるかもしれないじゃないですか」
『あの桃色の髪の毛…ひょっとしたらあのさとり妖怪の親戚かも知れねえ』
『なんて恐ろしいものを家に上げてるんだお前は!』
「そんな…誤解ですよ、現に妖怪だったとしたら既に私は死んでるかもしれないじゃないですか」
『お前は妖怪に操られてるんだよ、このっ!!』
「痛っ…ちょっと…誤解…」
『妖怪に操られやがってこいつー!!』

「○○、どうしたの? 怪我だらけ」
「…いや、ちょっと酔っ払いのケンカに巻き込まれただけだよ」
「そうなの…何か、嫌な気持ちになる」
「それは…悲しいという感情かもしれない。
 自分を信じて欲しいのに分かってもらえないという気持ち、かも」
「そう…私は悲しい」
「ごめん…」

嬉しくない、楽しくない、負の感情のことも知った。

「ねえ○○、一緒に散歩しよ」
「ああいいね、たまには行こうか」

○○と一緒に歩いているのは楽しい。
時々、お菓子を買ってもらったりするのは嬉しい。

『随分と仲が良いねえ、お二人さん?』
「…またあなたたちですか」

2,3人の大柄の男かこちらをニヤニヤしながら睨みつけてくる。
折角の楽しい時間を邪魔されて何かむしゃくしゃする。
○○が言っていた。 これが苛立ちという感情。

『いやあ、この辺に妖怪を連れた不届き者が闊歩しているという話を聞いて飛んできたわけよ』
『人里の中を新手の妖怪に偵察されて、襲撃を受けたらたまんねえからなあ』
『そしたらなんだ、中々可愛いお嬢さんじゃないか』
『妖怪ならよし、人間なら人間で…ヘヘッ』
「…クズが。 逃げよう、こころ」

○○の背中が震えている。
これが恐怖という感情。 それは自分が窮地に陥ったときの感情。
けれど、私を巻き込まないために彼は何かを考えている。

『おっとごめんよ兄ちゃん』『はいとおせんぼー』
『どうせお前さんのことだからと思ってバッチリ張っておいたんだよ』
『いやあ、自分から里のはずれのほうに来てくれるとはなぁ』
『後始末も楽ってもんよ』
「ぐ…マズイな…」
『おっと、囲まれていることを忘れちゃいけねえぜっ!!』ガッ!
「がッ!?」

○○が地面に倒れた。
幸い、怪我は酷くないようだ。
助けなくては…でも、どうやって。

『よお、お嬢ちゃん名前は?』『おれっちは__と言うのさ』
「へえ。 で、何を教えてくれるの」
『なんだこの嬢ちゃん…おぼこなのか』『そいつは幸運だな』
『まあ、その前にちょっとだな…』

○○の身体を踏みつける。 蹴り付ける。 殴る。
この違和感、このこみ上げるもの、これが…怒り。
解き放てばきっと、私は○○にとって危険な存在になるかもしれない。
でも、解き放たないと…○○が死んじゃうかもしれない。

『近くで見ると中々すっげえ格好してるなこの嬢ちゃ…ぐげぇあ!?』
『これで初物とか○○にはもった…ごふっ!?』

気が付けば私は薙刀で私の側に居た男2人を切っていた。
残りは…4人。

『いやあ、日頃から気に食わなかったんでなぁ』
『こういうときに取っちめると大義名分もあって最高だよなぁ!!』
『いやあ爽快爽快』
『おーいお前らもそのお嬢ちゃんと一緒に…えっ?』

1人の男がこちらに振り向き、状況に気づいたらしい。
私は薙刀を構え、疑問を投げかけながら男達の方に歩く。

「何で○○をいじめるの? 教えて」
『なんでってそりゃあ…なあ』
『えーと…あれよ、うん、日頃の恨みってやつ』
『近頃、悪いことばっかりしてたから制裁って奴よ…うん』
「ふーん」

男たちに驚きの表情が浮かぶ。
これは、自分たちにとって抱えきれない問題が起きたときに覚える感情。
○○が傘の妖怪にお願いして驚かしてもらうことで教えてもらった。

『なあお嬢ちゃん、この事は謝るからその物騒なものを仕舞ってくれないかなあ…?』
『そ、そうそう…今ならまだ…うん、問題ないからさ』

そして、何とかして標的を逸らして問題を解決するときに取る表情。
嫌な気持ちで一杯だけれど、タイギメーブンのため、一旦矛を収める。

「わかった。 これでいい?」
『かかったなあ女ぁあ…あ?』

別に、わたしの武器は薙刀だけではない。
扇子も私の武器の1つ。
残りは3人。

『うわああああああああああ!!』
『あああああああああああああああああ!!』

傘の妖怪が言っていた。
人間は驚かされて極限まで追い詰められると正常な判断が出来なくなると。
きっとこの、武器も持たずに殴りかかってきているこの2人はそういう状態なのだろう。

「じゃま」スパッ
『ああああ…あ、あ』
『嫌だ…いや、だ』

残るは1人…いない。 逃げた?
ともかく、○○を連れて帰らないと。

『ヘヘッ…隙ありぃぃぃぃぃぃ!!』ガッ

痛い。 頭の後ろを叩かれた。
お返し。 …少しはずした。

『あ、足、足がぁぁぁああ!?』
「ねえ、どうして○○をいじめるの」
『分かった、もう何もしない! 謝るから助けてくれ!!』
「ねえ、教えて」
『頼む! この事は内密にするから!!』
「私は聞いているの、何故かを」
『死にたくない…死にたくない!!』

この男の言葉を聞いていると苛立ちが止まらない。
きっと、この男が私の新しい負の感情を教えてくれたに違いない。

「もう…いいよね…
 これが、私の怒りという感情。
 あなたにも身をもって…教えてあげるね?」
『待ってくれ…止めろ、謝るから…やめてくれぇぇぇぇ!!』
全てが終わったあと、私は○○を連れて○○の家に戻った。
○○が目を覚ましたのはあれから2日後のことだった。

「おはよう、○○」
「あれ、確か僕は誰かに殴られて…」
「えっとね…○○が倒れた後、すぐに別の人に見つかって、連れて行かれてたよ」
「ああ、じゃあ慧音さんあたりに見つかったのかな…いやあ助かった」

嘘。 だけど、時には付かなくちゃいけない嘘もあるんだ、って○○は言ってたよね。

「はいこれ、新聞…だよね?」
「ああ、ありがとう…うわ、なにこれ」

<人里のはずれで事件発生!?>
<犯人は低級妖怪が暴れだしたものと思われる>
<里の守護者こと慧音さんの意見は『こちらの力が至らず申し訳ない』とのこと>
<なお里長によると『あいつら日頃から危険なところばかり行っておるからこうなるんじゃ』とのこと>
<編集長は『ミステリー…と言うほどでもありませんね。 
 皆さん、危ないところへのお出かけは控えてくださいね』と話している>

「どうしたの?」
「いやあ、何か里の人が妖怪に襲われたらしくてね」
「妖怪? それって強いの」
「少なくとも僕は戦ったところで勝てないだろうね…」
「じゃあ、私が守ってあげる」
「ああ、ありがとう…って、そんな大変な思いをさせるわけには行かないよ」
「むー、私だってやれば出来るのに」
「君は女の子なんだから、危険なときは僕が守らなきゃ」
「女の子だからってか弱いと思ったらおおまちがいだよ?」
「…それも、本で読んだのかな?」
「うん。 女の子が男の子を守ってたよ」
「…そういう立場になりたくはないんだけどなあ」

私に教えてくれた人 私が大事にしたい人

あなたが全部教えてくれた

だから私はあなたと共に 私はそばで生きていたい

私が妖怪であることを 打ち明ける恐怖とともに
最終更新:2017年02月12日 20:18