もう何時間も歩き続けている。
流石に疲れてきた。
少し座って休もう…。
……………。
状況を整理してみよう。
とりあえずこの景色に見覚えはない。
周りは靄に覆われていてよく分からない。
足元には丸い石ころがごろごろしている。
時々、石が何段にも積まれている。
こんなに歩いても何の変化も無いとなると。
かなり広い場所だろう。
…馬鹿にここは静かだ。
怖いぐらいに。
自分の周りしか見えない。自分の音しか聞こえない。自分以外に何も無い。
気を紛らわすために歩き続けるしかない。
……………?
靄の向こうに影が見える。
一歩、また一歩と近づく度に影は大きく、鮮明になる。
やっと自分以外の人が居たのだ。
やっと…。
「やぁ。」
「あなたは…?」
「あたいは小町。」
「死神兼三途の川の渡し人だよ。」
「……………。」
「自分は…死んだんですか…?」
「信じられないのもわかるけどねぇ…。」
「まぁ落ち着いたら言ってくれ。」
「あたいはここで待ってるからさ。」
「…いえ、大丈夫です。」
「その…。」
「無理はしないほうがいいよ。」
「すぐに死んだのを納得できる奴なんか居ないからね。」
「ゆっくり気持ちの整理が付けたほうがいいよ。」
「…はい……。」
「とりあえず乗ってもらったわけだけどさ。」
「あんた、本当に大丈夫なのか?」
「はい。」
「何だか実感が湧かないんですよね。」
「一体何で死んだのかも分からないし…。」
「そう…よかったら話を聞かせてくれないかい?」
「もしかしたら何か分かるかもしれないからね。」
「そうは言っても…どこから話せばいいのか…。」
「最近の事とか、心に残ってる事とかでいいからさ。」
「彼女とかは居たのかい?」
「彼女というか…何というか…。」
「いいよ、そういうので。」
「この船旅も結構長いんだしさ。」
「じゃあ…。」
「まぁ、そんなこんなで付き合い始めたんですけど…。」
「へぇーっ。」
「あんたも隅に置けないねぇ。」
「……………。」
「どうしたんですか?」
「いやさ、その彼女仕事で時々しか会えないんだよね。」
「はい。」
「で、一体その彼女はさ。」
「何の仕事をしてるんだい?」
「…実は話してくれたことが無いんです。」
「そのことを聞いてもはぐらかされて…。」
「彼女のことを聞く前に自分のことを聞かれるんですよね…。」
「そうかい…。」
「わからないなら仕方がないね…。」
「彼女、とても心配性なんですよ。」
「自分がいなかった時に何をしていたか聞いてくるんです。」
「それでやっていたことを言うと。」
「〝本当ですか?〟って聞いてくるんです。」
「ふぅーん…。」
「あ、いいよ続けて。」
「そんなに長い時間一緒には居れないけど。」
「本当に幸せでした。」
「婚約指輪も渡したんですよ。」
「結婚目前だったのかい…?」
「……………。」
「…ぇ…えぇ…。」
「あー、無理しなくていいよ。」
「落ち着いたらね…。」
「……………。」
「…グスッ……ごめんなさい。」
「待たせちゃって…。」
「気にしなさんな。」
「…しっかし長いね。」
「あんたぐらいだったらもう向こう岸が見えてもいいんだけど…。」
「まぁ、いいや。」
「それまでは話に付き合うよ。」
「…はい。」
「彼女…自分が居ないとき何をしているかわからないからか。」
「それとも心配性だからなのか…。」
「浮気してないか聞いてきたんです。」
「いつもみたいに〝違うよ〟って言ったんですけど。」
「…露骨に浮気してるか彼氏に聞いてくるのも珍しいね。」
「彼女は納得したのかい?」
「…いえ。」
「僕に信用が無いのか…度々聞いてきました。」
「その度に優しく否定しました。」
「それは何時頃だい?」
「大体…一年前ぐらいです。」
「……………。」
「…まさかね。」
「何か分かったんですか!?」
「いや、まだ確証が無いし…。」
「もしホントだったら…。」
「いえ、教えてください!」
「知りたいんです、自分は誰に殺されたのか!」
「…わかったよ。」
「そのかわりこの舟を下りてからにしてくれないかい?」
「向こう岸に着いてもしばらく居てあげるからさ。」
「…はい。」
「…じゃあ去年から殺される直前までのことを話してくれるかい。」
「はい。」
「彼女とは不定期に会ってました。」
「といっても一ヶ月区切りで三日ほどですけど」
「三日目の夜は彼女がご飯を用意してくれるんです。」
「その時何かあったかい?」
「ううん…特に変わったことは…。」
「……………。」
「そういえば…彼女、湯の中に指輪を落としましたね。」
「さっき言ってた婚約指輪かい?」
「はい。」
「彼女に頼まれて手を入れて取りました。」
「……………?」
「湯に手を入れて火傷はしなかったのかい?」
「見た目ほど熱くなかったですし。」
「でも彼女は心配して火傷しなかったか見てきましたけど。」
「冷ましてからってことは…。」
「最初にそれも言ったんですけど。」
「彼女がどうしてもって言うので…。」
「…そうかい……。」
「他に何かあるかい?」
「あとは…彼女と湖に泳ぎに行きましたね。」
「…あっ、すいません!」
「犯人を知りたいのに彼女のことばかり話してしまって…。」
「いや、いいさ。」
「悔いの無いように話してよ。」
「すみません…。」
「湖のことなんですけど…自分、泳げないんですよね。」
「それで高台に居たんですけど…」
「誰かに後ろから押されて落ちたんです。」
「それで溺れちゃって…。」
「それで、どうなったんだい?」
「彼女が助けてくれたみたいで…。」
「事前に泳げないって言ってなかったから…。」
「すごく驚いてました。」
「…驚いたのは本当にそこだったのかね…。」
「…どういう意味ですか?」
「こっちの話だよ。」
「…そのお前さんを突き落とした奴は見たのかい?」
「…わかりません。」
「多分、そいつが犯人だと思うんですけど…。」
「…お、向こう岸が見えたね。」
「じゃあ最後に…殺される直前を憶えているかい?」
「……………。」
「…家だったと思います。」
「帰ったら彼女が居て…頭に激痛が走って…。」
「そこから記憶がありません。」
「気が付いたら…。」
「ここってわけね…。」
「犯人、犯人って言ったけど…。」
「もしかして病死かもしれませんね…。」
「彼女には悪いことしたかな…。」
「いや、それは無いね。」
「何か変わったことは?」
「…いつもと違うこととか。」
「いつもは無いものがあったとか。」
「彼女が道具屋でインテリアを買ってきたとか言ってたような…。」
「それは何だい?」
「……………。」
「…もしかして天秤じゃないだろうね。」
「あっ、それです。」
「インテリアに天秤を買ってきてくれたんです。」
「…何で分かったんですか?」
「それは…。」
「…着いたみたいだよ。」
「ほらっ、下りて下りて。」
「ありがとうございます。」
「楽しくもない話を聞いてもらっちゃって。」
「いや、それが仕事みたいなもんだしね。」
「…それで犯人の目星はついたんですか?」
「……………。」
「…聞きたいかい?」
「はい。」
「あたいの勝手な推測だし…。」
「…後悔するかもよ。」
「…構いません。」
「…わかった。」
「多分あんたを殺したのは…。」
「あんたの…彼女だよ。」
「……………ッ?!」
「どういうことですか?」
「一体何の理由で彼女が殺したんですが!?」
「信じきれなかったんだよ。」
「彼女はあんたをね。」
「あんたが嘘を吐いていないか心配だったんだろうね。」
「そんな…。」
「しっかし彼女もよっぽど人を信じれないみたいだね。」
「わざわざ神明審判まで持ち出すなんて。」
「……神明審判…?」
「神に誓わせたあとに何かをするのさ。」
「その何かの結果で真偽を占うってやつさ。」
「湯から指輪を拾うとか、湖に突き落とされる前に。」
「彼女に言われなかったかい?」
「〝浮気してない?〟〝神に誓える?〟とか。」
「…確かに浮気をしていないか聞かれました。」
「殺される直前も確か…。」
「……………。」
「…でも、〝神に誓える?〟は言われませんでしたね。」
「〝私に誓えますか?〟は言われましたけど…。」
「…ふうん、珍しいね。」
「神格に誓わせなきゃ神明審判にならないと思うけど…。」
「…まぁ、とにかくあんたの身に起こったことは説明がつく。」
「熱湯から指輪とかを拾わせるのは盟神探湯っていってね。」
「火傷のなかったり、軽かったりすれば本当ってことさ。」
「…逆に酷かったら。」
「そう。」
「そいつは神に対して嘘を吐いたことになる。」
「だから彼女は念入りにあんたの腕を見たんだろうね。」
「……………。」
「それに湖に落とされたってのは分かりやすいね。」
「水は綺麗なものだから穢れたものを寄せ付けないと言われてたんだ。」
「だから沈めば真実、浮けば…。」
「嘘を吐いている…。」
「だけどあんたは泳げなかったんだろ?」
「それを知らなかった彼女は沈んだあんたを見て慌てて助けに向かった。」
「泳げなかったことに驚いたんじゃなくて。」
「沈んだことに驚いたんだろうね。」
「多分、浮気してないか聞かれたあと何かしらやったんだろうね。」
「あんたが気づいてないだけで何度も神明審判はあった。」
「……………。」
「でも、その度に幸運にも真実という結果が出た。」
「それでも人を信じられない彼女は最後の手段に出た。」
「それが…。」
「…もう分かるね。」
「…あの天秤ですか。」
「…そうさ。」
「あんたは知らないと思うけど外の世界にはエジプトって国があってね。」
「そこの冥界の支配者がする審判には羽と天秤が使われるんだ。」
「天秤の片方には羽を乗せる。」
「……………。」
「何ですか?」
「もう片方には何を乗せるんですか?!」
「あー…、その…何というか…。」
「…死人の心臓なんだ。」
「心臓を乗せたほうに傾いたら…。」
「罪が重いとか…嘘を吐いているってことになる。」
「今頃彼女は…。」
「……………。」
「……………。」
「……………。」
「…そうですか。」
「彼女は自分を…信じてなかったんですね。」
「……………。」
「その…気休めにしかならないけど…。」
「うちの閻魔様はいい人だよ。」
「あんた悪い人じゃないし。」
「きっと極楽行きだよ。」
「…ありがとうございます。」
「じゃあ、行ってきます。」
「あぁ、じゃあな。」
「達者で…。」
小町さんに言われた場所をずっと進んでいく。
門をくぐり、階段を上り、そうこうする内に建物が見えてきた。
建物の近くまで来ると人が多くなってきた。
人といっても角が生えてたりしているが…。
自分の竹の半分ほどの者に建物の中を案内され廊下の前に来た。
奥には大きな扉が見える。
どうやらあの扉の向こうに閻魔様が居るらしい。
ここからは一人で行かなきゃいけないようだ。
……………。
しかしわからない。
確かに自分と彼女は愛しあっていた筈だ。
いくら浮気をしていないか心配だったとしても。
愛している者を殺すだろうか…?
浮気をしているとわかったから殺すならまだわかるが…。
浮気を確かめるために愛する者を殺すことなどあるのか…?
それに、もし神明審判を信じていたとして。
湖であのまま溺れ死んだら彼女はどうするつもりだったのだろう。
溺れ死んだら自分は浮気をしていなかった。
つまり神明審判通りなら本当に彼女を愛していたことになる。
どちらにしても不自然だ。
これじゃあ、まるで…。
やっと突き当たりに着いた。
それにしても大きな扉だ…見上げていると首が痛くなる。
この扉の向こうでは閻魔様が待っているだろう。
両手で扉を押し中へ入る。
……………暗い。
何も見えないし、何も聞こえない。何も……?
…この匂いは…鉄?
周りの灯りがともる。
あぁ、そういうことか…。
閻魔様が使う机には見覚えのあるあの天秤。閻魔様が座る椅子には見覚えのある彼女の顔。
天秤に乗った見覚えのない赤黒い塊はきっと…。
最終更新:2023年02月02日 20:15