死の間際2

 「罪人、○○、面を上げよ。」
辺りに響く声によって○○の意識が暗闇から引き上げられる。
状況が掴めぬままに周囲を見渡す○○。暗闇の中に灯りが灯される。
一つ、又一つと灯りが闇を照らし、黒を赤く染めていく。
○○の周囲一面が照らされると、そこから鬼達が現れた。
 ○○の周囲を囲む鬼々。手には棍棒、刺股、槍を持ち、牙をむき出しにして○○を睨み付けている。
鬼に囲まれて訳も分からず周りに目線をやる○○は、前から聞こえてくる声によって引き戻された。
「これより、裁きを始める。」
大きな声ではない。
むしろ、周囲にいる鬼の方が大きな顎と牙をしているという点からすれば、よっぽど響く声を出せるであろう。
しかし、地面から這うような、まさに地獄の底から罪人の魂を捕らえるような力、それがその声にはあった。
○○の前に設えられている裁判長の椅子に座った四季映姫は、
黒色のハンマーでガツンと一度机を叩き、地獄の裁判の開始を告げた。
「開廷。」
 鬼の中でも一際大きくて強そうな奴が、四季の元に巻紙を恭しく差し出す。
巻かれた紙を破れんばかりに広げた四季は、○○に対して判決文を読み上げていく。
「罪人○○。お前は生前積極的に悪事を成さず、善行に背かないようにした。
しかし、お前は自分の伴侶の苦悩を知らず、独りお前の妻にそれを背負わせた。よって、地獄での無期の懲役に科す。」
いきなりの重罪の判決に驚く○○。
聖白蓮のように、取り立てて聖人と言われる程の善行を施してきた自覚は無けれど、
しかしそれ程までに断罪されるような犯罪を、まさか自分が犯してきたとは思えない。
地獄の裁判は浄瑠璃の鏡によって、生前に犯した全ての罪が暴かれるが故に、
恐ろしい場所であると聞いてはいたものの、その裁きは全て正当なものであると○○は思っていた。
それがこれ程までに一方的に、無茶苦茶に断罪されるとは○○にとっては驚天動地であった。
驚きのまま動けない○○をよそに、四季映姫はハンマーを鳴らす。
「以上、これにて裁きを終える。閉廷。」
二度目のハンマーの音と共に周囲の鬼は退出していく。そこには○○と四季だけが取り残された。
「…もう良いでしょう。」
そう言った四季がハンマーを机に置く。途端に張り詰めていた空気が抜けるような感覚を○○は感じた。
知らぬ間に裁きの厳粛なプレッシャーに飲みこまれてしまっていた○○は、ようやく言葉を発することができた。
「ここは…、地獄ですか?」
「如何にも、○○よ、あなたは死んだのです。」
「やはりそうですか…。阿求は、阿求はどうなったのですか!」
自分が地獄にいることを確認する○○。当然に妻のことが気に掛かった。
「阿求は…。それよりも先に、何故あなたがここに居るかを説明した方が良いでしょう。」
断言を旨とす彼女としては珍しく言いよどむ。そして四季は話しを始めた。

 さて、○○、どうしてあなたは死んだのか分かりますか。
成程、心中ですか。阿求が自分の死が近いことを悟って、夫も一緒に道連れにしようとしたと。
ふむ、当たらずとも遠からずと言ったところでしょうか。
確かに阿求は自分の死が近いことを知っていした。
しかしあなたは、あくまでも、ええあくまでも殺されたのですよ。それも最愛の稗田阿求の願いによってです。
…いえ、例え心中が無理心中になってしまったとしても、それは本質的な違いはないのです。
もっと、もっと違う別のことによって、あなたは死んだ、そう、「死ななければならなかった」のですよ。
 まずは稗田家について話しをしましょうか。
良く知っている?ふふっ、のろけは美しいかも知れませんが、それは少々後に取って置くべきでしょう。
歴代の阿礼乙女には裏の仕事がありました。
それは外来人を含む人里の人間と、妖怪の間の仲立ちをすることです。
そしてそれは別の意味を孕んでいます。
阿求が頷かなければ、人里の人間は妖怪の側に行けない、妖怪になれないというものです。
妖怪が人間の恐れを食して生きて行くためには、人間の数が必要です。
それを管理し破った者に制裁を加えるのは博麗の巫女の仕事であり、
阿求は人里の村人が妖怪と結ばれることを認めていたのですよ。
外来の言葉で言えば結婚斡旋所とでも仲人とでも言えば良いのかも知れません。
たかが、と思うかも知れませんが、それは強い権力です。
あまりにも強すぎるが為に、敢えて一番力の無い人里に与えられているという面もあるのです。

 例えば誰か紅魔でも竹林でも、或いは霊廟、果ては山の鬼でさえ、人間を迎え入れたければ、
事前に阿求に話しを通さなければいけません。
物理的には天狗が人を浚うことも可能ですが、それは後々で破滅的な結末をもたらします。
それ以後の阿求や次代の阿礼の子が、そいつらとの全ての話しを蹴ってしまえば大きな損害になりますし、
他の大きな勢力を動かして制裁を加えることもできます。
そしていみじくも潰したい勢力の中にいる、血の気が多いはみ出し者に人間を与えれば、
次第に数が増えたそっちの方が主流となって、クーデターを起こすことすら可能なのです。
 それは短い時を生きる人間のあなたには信じられないことでしょうが、
日の元に新しきことはなしと言うように、実際に起きたことなのですよ。
血が流れて、流れて、流れ尽くして。
そうしてようやく不満足ながらも、妥協できる仕組みとして歴代の阿礼の子にその仕組みが託されているのです。
勿論、阿求もよくやっていましたよ。
一年前にも阿求が天狗と外来人の男との結婚式に出席していたでしょう?
人外の並み居る連中の要求を相手に、適当な人間を選別して結婚させていくことによって、
ようやく妖怪と人間のバランスを取ることができていたのです。
それだけに強い阿礼の子ですから、当然短命になる運命なのです。
もしも長寿ならば、阿求がどこかに肩入れしてしまえばそちらの勢力だけが圧倒的に強くなってしまいます。
そしてそうなれば、他の勢力はそれを看過できないでしょうし、そうなる前に先手を打って潰しに掛かるかもしれません。
ならば気の長い妖怪ならば、我慢できるであろう数十年だけ当代を勤め、
その後は一旦リセットをしてしまえば、長い目で見たバランスは崩れにくいでしょう。
回復の目途が立っているからこそ、阿求はそれ程神経を使って中立を維持しなくても良くなるのです。

 ならばこそ、阿求は短命であり、歴代の阿礼の子は転生の儀を通して、
血の繋がらない次代阿求に一部の記憶だけを引き継いでいるのです。
もしも血が繋がっていれば、それに引きずられてしまいますからね。
そして、その阿求が死んだ後に伴侶が残っていれば…。
○○、あなたにはもうどうなるか分かるでしょう。
あなたを巡って他の妖怪が籠絡合戦をするでしょうし、それは争いの種を引き起こすことでしょう。

 だから、あなたは阿求によって殺されたのですよ。

さて○○。あなたは無期懲役です。
この地獄に存在する楽園で、永久に最愛の人に尽くすことがあなたにできる唯一の善行なのです。


 そう言って四季は話しを終えた。
いつの間にか目の前に出現していた戸を○○は開ける。
明るく日が差し花が咲き誇るその場所は、地獄ではなく天国といった方が正しいように○○には思えた。
○○は目の前にいる阿求に声を掛ける。
「阿求。」
「はい、あなた。」
走ってきた阿求が○○に抱きつく。
軽いと思っていたが阿求が存外勢いがついていたようで、○○は堪えきれず花の上に倒れ込む。
「ああ、あなた、これで二人ずっと一緒です。他の女なんかに渡さない、絶対にぃ、ぜったいにぃ…」
堪えきれずに零れる大涙の粒が、○○の顔に次々と落ちてくる。
○○は長く下がる髪に手を入れて阿求を抱きしめた。






感想

  • やっぱりヤンデレはハッピーエンドが一番だわ -- 名無しさん (2020-07-13 13:14:10)
  • 神、とだけコメントさせていただきます -- 名無しさん (2022-05-07 00:37:56)
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最終更新:2022年05月07日 00:37