深淵より

 夜になり全ての事をやり終えて、後は眠るだけとなった時間。
忙しい毎日の中で唯一自由に使えるこの時間に、あなたはインターネットを開いていた。
ニュース、趣味、スポーツといったいつものように定期的に見ているサイトを巡回していると、
いつのまにか時間が過ぎている。
眠るには早く、かと言って本格的に新しいサイトを発掘していては、
翌朝に眠い目をこする羽目になってしまいそうなこの時。
本当は早くベットに入ってしまうのが良いのだけれども、それでもついついページを開いてしまう。
女の子に愛されて眠れない、刺激的なタイトルが付いたその掲示板は、
見る人が見れば趣向や素性といったものが分かるのであるが、あなたはいそいそとそのアドレスを開いた。
まるで誰かに見咎められるのを恐れているかのように。

 昔と同じタイトル形式で、順調に番号だけが増えていたその掲示板は、昔と同じ様な賑わいぶりであった。
頻繁に人がひっきりなしに来ているのではなく、然りとて更新が無く死に絶えているのではなく、
ややもすればうら寂しいながらもひっそりとそのサイトは続いていた。
ふと懐かしくなる。昔はよくこの掲示板に来ていて、あなた自身も時折投稿をしていたものだが、
それはあれ以降ぱったりと止んでいた。
まとめページも更新がされており(どうやら初代管理者も幻想入りしたそうだ)数が相当に増えていた。
これを読むのは相当に骨が折れる。
確かにこのサイトは好きであったが、そうはいっても偶にしかネットを使う時間がない以上、
全部読んでいてはいつまで掛かるか分からない。そう思ったあなたは掲示板に書き込んだ。
「久し振りに来たんですけれど、何かお勧めの作品はありますか?」
ぽつり、ぽつりと返信が返ってくる。足早に読んでみると、成程どれも面白そうな作品だ。
これは期待が持てると心が躍るあなたに一件の返信が付いた。
「見つけた」
たった一文。その他には何も書かれていないその文面はシンプルであったが、
あなたがそれを見た瞬間にドキリと心臓が音を立てた。


 まるで昔のよう、そう何年か前にこの掲示板に来たときにも、同じ様に…。
あれ、自分は一体その時に、何を見たのだろうか?
記憶はそこで断ち切られており、いくら思い返そうとしてもそれ以降は何も思い出せない。
心臓が早鐘を打ち、息が荒くなる。何か、何かがここに隠されている。そう考えたあなたは返信をしようとした。

 パチリ

 音が響き、目の前の画面が暗くなる。暗くなった画面には自分の引きつった顔と、
その後ろに立っているバスタオルを体に巻き付けただけの彼女がいた。
白い手がノートパソコンの画面をパタリと閉じる。呆気なく、しかし断固として断ち切るように。
肩に彼女の顔が乗り、金色の髪が視界の端に見えた。
「何やってたのかしら、○○?」
薄手のパジャマを通じて彼女の体温が伝わる。囁くように横から聞こえた声は、スルリと耳に入ってきた。
情欲に濡れた声が脳に染み渡っていく。そのまま彼女は頬をくっつけてくる。
しっとりとした肌は、ピタリとくっついていた。何も自分との間に邪魔が無いかのように。
頭がぼやけてきて、感覚が鈍ってくる。ぼうっとした感覚の中で昔の記憶が零れてくる。
まるで封印が緩んできたかのように。ああ、あの時もそうだった。
偶々訪れたサイト、呼びかける文面。そして永遠の少女…
「…アリス。」
目の前の少女はにっこりと笑っていた。






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最終更新:2018年07月28日 23:59