生きるべきか




生きるべきか

 「はあ…。」
夕暮れが迫る公園にて溜息が出た。
最近の風潮なのか公園には遊んでいる子供は居らず、自分一人が遊具を使いたい放題であった。
一日中靴をすり減らした身としては、童心に返って遊具で遊びたくなってしまう。
昔、昔、自分が小さい子供だった頃に、親に連れられて毎日遊んだ風景。無邪気に滑車に身を任せた、
束の間の空中遊泳。直ぐに終点に辿り着くが、何度もまた飽きずに遊んでいた。
 現実逃避だとは自分でも分かっている。
近日中に自分の財産以上の負債が掛かってくることなどは、寝ても覚めても頭を悩ませていた。
暫くの間の休息によって頭が冴えた所為か、より借金が自分に迫ってくることがリアルに感じられた。
「隣、良いかしら。」
懐かしい声が聞こえた。遠い昔に聞いた声。
「お元気…そうじゃなさそうね。」
「ああ、ちょっと色々あってな…。」
以前いた世界で世話になった彼女は、以前と相変わらず同じ服を着ていて、顔も昔のままだった。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。」
スキマが開いて中からコーヒーが出てくる。ブラックの味が苦いのは、豆の為だけではなさそうだった。
「悩んでる?」
「君に関係することじゃない。」
「ふうん…。」
沈黙が流れる。こうしている間にもリミットは刻々と迫っているのに、ベンチを立つことができなかった。
「ねぇ。」
「なんだい。」
「昔、言ったよね。イイ女は、どうしても思い出してしまうことになるって。」
「そうだったかな…。」
彼女の誘いを断って帰った身としては、正直に認めることが嫌でとぼけてしまう。家族にも言われた悪い癖だ。
「私、あなたを助けることが出来るかも知れません事よ。」
「…夢は忘れることにしているんだ。」
一瞬心が揺らいでしまった。時折彼女は心臓に悪いことをして、巫女や魔法使いをからかっていた。
「これ、なーんだ?」
甘い声と共に目の前に差し出される封筒。地味な封筒に生命保険の文字が見えた。
「……。」
「何年もの間、コッソリと支払いをしていましたのよ私。」
「どういう積りだ。」
「ご自身が一番良くお分かりでしょう?」
「俺に死ねと言うのか。」
「……。」
黙ったまま微笑む彼女。家で帰りを待つ家族のことを考えると、こんな封筒なんぞ破り捨てたくなる。
そうだ、こんな不吉な物なんて捨ててしまって、次の方法を取って…取って…取れば…。
指が固まったままピクリとも動かない。
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題であるってね。如何かしら?」
心臓が激しく鼓動する。家族の顔が過ぎり、得られる金額を夢想し、そしてこれからの家族の苦労が湧き出てくる。
「さて、あなたはどちらを選ぶのかしら?この世界で生きるのか、それとも幻想郷で生きるのか…。」
「ゆ、紫…。」
何でもないような顔で決断を迫る彼女。昔からそうだった。何でもないような振りをして、その癖どちらを選んでも、
結局は彼女の手のひらで踊らされている。世界が回る。グルグルと回る。世界に自分と彼女だけしかいないかのように。

生きるべきか、死ぬべきか、それこそが問題であった。




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最終更新:2019年01月26日 20:08