突然だが、現代人が異世界に突然ワープしてしまったとして、一体何が出来るのだろうか。
最近のネット上では色々な現代知識を持ち込んでその世界を改革するような小説や、
甚だしくは転生をさせた神様とやらから何か贈り物を貰ったり、もっとお手軽に超能力を授けてもらったりして、
その世界で強者として生きて行く物語が流行っていた。
前の世界でそれを娯楽として読んでいた頃には、楽しい余暇や格好の暇つぶしといった気楽な立場で鑑賞していたのだが、
いざ自分の身にそれが降りかかると途端に事情が変わってくる。

遠くからみた山が綺麗に見えたとしても、山に近づくにつれて鬱蒼と草木が道の邪魔をするようになり、
登山をする域になればゴツゴツした岩が出迎えて不死の山を見せつけてくるかの如く、
ここ幻想郷に流れ着いた自分が得られたのは、精々が在り来たりな農業の手伝いか丁稚奉公といった程度のものであり、
それすら他の人より上手ではなかった自分が辿り着いたのは、村の人間が絶対に関わろうとしない、
いわゆる妖怪や人外といった連中に関わる仕事であった。

 毎日村の九代目のお屋敷からその日の分の荷物を貰い、それを各所に届けていく。
妖怪が人里近くに住むことが無い以上は、幻想郷の各地を歩き回る羽目になるのだが、それでもあの頃に比べればマシと言えた。
自分を嘲るような、見下すような、暗い愉悦を湛えた連中の目。
今から思えば妖怪に管理されている奴隷なんぞは物の数にも入らないのだが、
当時異世界を珍しがっていた若い外来人を精神的に叩き潰すには、十分過ぎる分量のものだった。
始めのうちは幻想郷の色々な場所に行かされていたが、数ヶ月が経つ時分には得意先の数が一つ減り、
二つ減りとなっていき、ここ最近では二、三の場所を巡るのみになっていた。

自分以外にも同じ事をしている奴は屋敷で良く見かけたので、
自分が行っていない場所が恐らくは、他の奴の営業所になっていると予想が付いた。
ワークシェアリングなんていう随分と先進的な取り組みをやっているものだと、
配達先での雑談で言ったことがあるのだが、その時は相手の門番は笑って流していた。
そしてそこにも最近は行かなくなってから、自分の荷物は随分と少なくなっていた。
人里で採れた野菜や適当な小物。現代人からすればそれ程価値は無いように思える品物であっても、
ここの連中にとっては中々の高級品なのか、かなりの値段-人間一人を配達させて、
そしてそこから随分と中抜きをしたとしても-が付いていた。

 そして今日は遂に、最後の得意先の分も無くなってしまったのだと、
いつも顔を合わせている使用人から言われてしまい、そしてどういう風の吹き回しかは分からなかったが、
珍しくも御当主に面会することとなった。
初めて屋敷を訪れて以来のことだがら、余りにも上からのお達しに押されたのか、
正直流されるままに部屋に連れられていってしまっていた。


 広い大広間に通されてみると、部屋には当主と屋敷の人間以外には、村の寺小屋で教師をしている半獣がいた。
促されるままにここに来てから目にしたこともなかった程の座布団に座り、
何やら当主が言っていることを他の人物と同じ様に拝聴する。
日本語で話している筈なのだが、何故だが当主の言葉は耳に入った途端に頭の中をすり抜けていき、
意味を成す言葉としては一言も記憶に残っていなかった。
そして何やら分からなかった当主の話が終わると、九代目御自らが、花を一輪自分に渡してきた。
いつも三途の川に行く道中に船頭に渡していた一輪の紅い花。
それをいつもと同じ様に届けることが今日の仕事だと言うことは、頭がぼやけている自分にも理解できた。

 通い慣れた道を通り三途の川に着くと、いつもと同じ様に死神の小町は船に乗って待っていた。
色々な場所に配達に行っていた時分には、冥界に行く時や人里から遠く離れた場所に配達をする道中で、
時折序でに小町に花を届けていただけだったのだが、ここ最近は毎日の様に小町の船に乗せて貰わないと行けない場所ばかりとなっていた。
小町が船の舵を漕ぐ。一漕ぎすると船は岸から離れて動き出し、二漕ぎすると船は川の中を進んで行く。

そして三漕ぎすると船は目的の場所に着き、自分は小町に花を渡して船から降りるのだが、今日はいくら進んでも先が見えなかった。
普段とは違う状況に周囲を見回すが、広い川の周りには何も無い。小町が前を向いたまま言った。
「こういう仕事をしてるとさ、時折りあんたみたいな人を見るのさ。」
返す言葉が出ずに小町の後ろ姿を見ていた。
「段々得意先が少なくなってくると、もう直ぐだなって分かるんだよ。そしたらさ、つい、こう…逃がしたくなるんだよ。
やっぱりこんな怠け者にも慈悲の心があるんだね。」
船はゆっくり進んでいく。

「だけれどさ…いくらそう思っても、出来なくてさ…。どうしてもやった時のことが頭にちらついてさ…。
そうしてそいつが居なくなると、落ち込んでしまうんだよ。ああ、あの時無理してでも逃がしてやれば良かったって。だけど…」
小町が振り返る。いつもの余裕を湛えた皮肉げな顔ではなく、何かを堪えたような笑みだった。
「こうして手に入れて思うんだよ。あいつらには悪いけれど逃がさなくて良かったって、だってお陰で-」






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最終更新:2018年12月16日 22:19