八意永琳(狂言)誘拐事件3




○○は愛犬のトビーを連れながら、鈴仙と相対した。
「どうも、鈴仙さん」
そうは、○○は言うけれども。
「……はい」
鈴仙はと言うと。いくらかは、遠ざかりと言うか、おずおずとした回答であった。

そのまま、とは言っても。一分未満の時間なのであるが。
鈴仙にとっては、この事件の裏側を全部知っている鈴仙にとっては。この一分未満が酷く長かった。
そうしているうちに、誰かの、強い足音が聞こえてきた。
「○○さん!」
まぁ、彼。書生君だなとは。哀れにも何も知らされていない、彼だろうなとはすぐに鈴仙も○○も思い当たった。

「良かった!来てくれて!!八意先生が大変なんです!!」
「存じていますよ」
○○はそう言いながら、鈴仙の方を。書生君がいるから繕った表情であるけれども。
裏側を知っている存在からすれば、鈴仙への目配せその物が、や非難判なのである。

「あの、○○さんといつもご一緒に行動されている。寺子屋の、副担任さんは?上白沢慧音さんの、旦那さん。そう、先生さんは?」
「すぐに来ますよ」
実際その通りなのであるけれども。
連れ合いが、○○と先生以外にもいることは。鈴仙からすれば非常に胃が痛くなる事象であった。

「東風谷早苗?」
「そこで会ったんですよ。何か、感じ取られたようで」
鈴仙は警戒感を滲ませるが、○○はどこ吹く風。
極端なことを言えば、ざまぁみろぐらいにしか思っていなかった。
仮に、早苗が色々とわかっていても。稗田に喧嘩を売るほど、浅薄ではない。


「先生、書生君から色々と聞いておくれよ。俺は鈴仙さんと話をしてくる。一旦別れた方が、効率的のはずだ」
それじゃ、またあとでともいうふうな態度で。
○○は先生や書生君から離れて行った。
鈴仙は、早苗の事を若干は気にするが、まさか○○を放っておくわけにも行かず。
「後で、てゐをそちらに向かわせますので!」
そう言い残した。特に、早苗の方に向かって。
「大丈夫ですよ、私は協力しに来たんです。私も、稗田阿求のまとめた事件簿の、探偵役さんたちの……ファンですから」
探偵役と言う部分に、若干の非難と皮肉を○○は感じ取ったが。
「分かってるよ、それぐらい。その分、俺は阿求のワガママも聞こうと。覚悟を決めているんだ」
誰に聞かせるでもなく、自分自身に言い聞かせるように。○○は呟きながら歩を進めた。

「おや……」
○○は鈴仙から、こっちですと言われて入った部屋にて、興味深いと言うような声を出した。
「阿求の資料で何度もお名前は拝見しておりますが……お会いするのは」
「そうね、初めてよね。だから自己紹介させてもらうわ。
 蓬莱山輝夜よ。上の名前は長いから、輝夜と呼んでもらって構わないわ。貴方達の活躍した記録文書は、私もよく読んでいるわ」
「光栄です」
○○はそつなく、永遠亭の首魁である輝夜と挨拶を交わすが。
鈴仙は、この場において空気になろうと徹しているてゐだけがこの部屋にいると思っていたので。
しばらくの間、息をうまく吸うことが出来なくなってしまった。


「輝夜さんは、この事件について……」
けれども○○は、狂言誘拐の後始末なのだからそうなるのは自明の理なのだけれども。
どうにも、一足飛びで。早々に事件を終わらせたがっていた。
焦りとは違うけれども、周りに対する配慮は少なかった。 
最低限、狂言だろうとの非難はしなかったが。

「知っているわ、狂言だってことぐらい。そもそも、最初に絵を描き始めたのは、私だから」
輝夜は実に簡単に、そして軽く。自分が絵図を描いた、元凶だと告白してしまった。
「あっ、そうなんですか」
○○の態度が一段階、冷たいものに落ちたのは。言うまでもなかった。
鈴仙は口元に手を当てて、てゐは天井を見上げながら更に空気になろうと徹したり。



「てゐ、鈴仙。私と○○さんを二人きりにして」
幸いと言って良いのかは謎であるけれども。
輝夜はてゐと鈴仙に、優しく気を使ってくれた。
抜け目のない性格のてゐが、真っ先に部屋を出ていって。
「あ、待って。先生さんと書生のあの人が話をしているから……それに東風谷早苗もいるのよ…………」
「嘘だろ……」
無論、抜け目ないからこそ警戒心も高いてゐは。こめかみを抑えて唸るが。
「東風谷早苗は、シャーロキアンと言う人種らしいわね」
永遠亭ほどの場所で首魁を務め続けられる輝夜は、やはり頭の冴えが違っていたし、知識量も同じくであった。

「全てを阿求に任せています。阿求からの究極のワガママが来るまでの暇潰しです」
そして○○は……妙に澄んだ目をしていた。
「殊勝ね」
輝夜の目には哀れみがあった。
「この絵図を描いた者からの哀れみは必要ない……」
この時初めて、○○は輝夜に苛立ちを見せた。
「そうね、実際の事件ならば、貴方はもう少し楽しかったかもしれないけれども。他人の尻拭いにしたって、これはねぇ……」
そう言って、輝夜は○○に対して深々と頭を下げた。
はっきりと口には出していないが。
文脈を、そしてこの事件が狂言であることを知る者達からすれば、間違いなく謝罪の意思であった。


「姫様!?」
突然の謝罪に、鈴仙は面食らうけれども。
「行くぞ、この二人に落としどころを見つけさせた方が良い」
てゐはこの場を立ち去る方が、結果的に全てにとっての利益だと理解して。
鈴仙の服を引っ張った。

○○の目線では、この話に多少の動きが見えていたが。
「実際に誘拐現場を見てもらった方が早いですよ!!」
先生さんは、この書生君の。実に哀れなことに、主要人物の中でただ一人。何も知らないこの書生君の動きを止めることに苦心してしいた。

「待て、待て待て待てと言っている!!賊の狙いが永遠亭だとは考えなかったのか!?お前もそれなりに優先順位の高い標的だと思うぞ!?」
「だとしても!私よりも高い八意先生が捕まったんだ!何もしないわけには行かない!」
ここで、賊なんていないんだよと。狂言誘拐なのだよと叫ぶことが出来たら。果たしてどれだけ楽であったことか。
しかしながらこの先生も、稗田との付き合いがあるゆえに。稗田の大きさが分かるゆえに。
稗田阿求の手のひらの上にいることを自覚しつつも、踊ることを余儀なくされていた。



「全滅しそうな奴を、放っておくはずがないだろう!?座れぇ!!」
「そうですよ、狙われている人間が不用意になるのは探偵小説でよくあるけれども……実際には見たくありません」
それだけではない。稗田阿求の手のひらと言う、舞台の存在にすら批判的な者が先生の隣には何故かいた。
東風谷早苗だ。

「あの、あなたは?」
書生君が多少いぶかしむけれども。
「稗田阿求の、事件記録の……もっと言えば○○さんと先生さん。二人の探偵のファン……支持者ですよ」
探偵、そしてファンと言う言葉を幻想郷土着の存在である先生に分かりやすく支持者と、早苗が言ったとき。
確かに皮肉気な視線を、先生は早苗から感じたが。
先生は目線を書生君の方向にまっすぐとやったままで、逃げることにした。
「とにかく書生さん、貴方は永遠亭でおとなしくするべきです。狙われているのに、外に出すなんて。
 囮作戦をやるにしても、それは今ではありません。光る犬に襲われては……目も当てられません」
光る犬……おそらく、舞台を用意している稗田阿求や。舞台の存在を知りつつ楽しく踊っている○○ならば分かるのだろうけれども。
先生からすれば、それは外の知識だ。外の知識でまくし立てないで欲しかった。


手のひらで踊ることを余儀なく……それだけならまだいいのだけれども。
「八意先生が誘拐されたと気付いたのは何時ごろだ?そして、八意先生は何時ごろに薬を持って永遠亭から外に出た?」
先生は手練れの捜査官のように、慣れた手つきで帳面を取り出して証言を書き留める形を作ったが。それは素振りでしかなかった。
へのへのもへじを描くほどにふざけてはいないが。
帳面の隅にぐちゃぐちゃとした線がいくつも描かれているのは、先生の苛立ちを知るにはもっとも簡単な証拠であろう。


ここまで苛立つのは、この事件が狂言であることもそうなのだけれども。
先生はこの書生君の事が、嫌いとまではいかないけれども、苦手であった。
阿呆ではない、薬学に関してはきっと、八意永琳が連れ歩くのだから、目を見張る才能はあるのだろう。

けれどもそれだけとも言えた。こいつは、人を疑う事を知らない。

『例えば、川で溺れている者がいれば。いますぐこの橋から飛び降りて助けに行くのだろうな。服すら来たままで』

以前に先生は、皮肉でそう言ったことがある。
そのときのこの書生君の答えは、馬鹿みたいに直情的でお人好しと言う他はなかった。
一緒に散歩をしていた○○が少し困りながら、服を着たまま水に入ったら、衣服が水を含んでお前も溺れるとだけ口添えをくれたお陰で。
書生君は、それは気付かなかったと。やっぱり馬鹿みたいに人の良い顔でお礼を言っていた事があったのを先生は思い出した。

『あそこまで人が良いから、幻想郷に迷い混んだのかな』
書生君と別れたあとに、○○はそんなことを言っていたが。
先生からすれば、同じ外からの迷い人でも。
若干悟りながら、稗田阿求の手のひらの上で、気持ちよく踊っている○○の方が。
よほど知的な存在だと考えていた。

続く





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最終更新:2019年01月24日 21:26