探偵助手さとり11

 すっかりと夜の帳が落ち、辺りが暗闇に包まれた街で探偵はさとりと一緒にいた。世間を騒がせている怪盗やら連続殺人犯とは違って
テレビや新聞といったマスメディアで誰もが知っているコメンテーターによって喧々諤々と話題にされることはないものの、れっきとし
た事件のためにこの場所に来ていた。世間一般には出回らずに、インターネット上のみで密かに注意喚起されているその事件。人目に憚
る性質のせいで、ゆっくりと、緩慢に、しかし確実に、当局の必死の捜査にも関わらずに、被害者は増えていた。
 もし、さとりが助手として依頼を仕入れて来なければ、そんな事件が起きているとは露にも思わなかったであろうと探偵は思う。陰湿
な-しかしどす黒い暴力を感じる一連の事件。探偵としての使命だけでなく、一人の人間として単純に何かしたいと思わせたそれは、今
探偵の目の前で網に掛かろうとしていた。事件を見つけてきたのと同じように、業務用の飛ばした携帯を何度か操作するだけで、あっさ
りと犯人をおびき寄せたさとり。彼女にまかせればどのよう難事件でもたちどころに解決をするのだろう。今まではそうしてきたし、恐
らく今回もそう出来るのであろう。しかし探偵は今、どうしてもさとりを引き留めておきたかった。
「さて、そろそろ待ち合わせの時間ですよ。」
「ああ…。そうだな。」
「そうですが、これは?」
心を読めば直ぐに分かるであろうに、敢えて探偵に捕まれた腕を上げて尋ねるさとり。いや、彼女の場合ならば分かっていて、わざと質
問をしているのであろう。その証拠に薄らと彼女は笑っている。嘲笑うように、そして慈しむように。遙かに非力な彼という存在を。
「今回はさとりの作戦に乗れない。」
さとりの言うことに反対する探偵。これはかなり珍しいことと言えた。普段ならば大抵のことに、或いは大抵という常識の枠を超えてし
まった具合についても、探偵はさとりがしたことを受け入れていた。彼女によって人間からはみ出してしまった時ですら、厳密に言えば
「さとりそのもの」については怒っていなかったというのに、今回は明確に拒絶の意思を伝えていた。
「一応、聞いておきますが、どうしてですか?」
「危なすぎる。わざわざ犯人の居る場所に行って、睡眠薬が入った酒を飲むなんて。」

「ふうん…。そうですか、ありがとうございます。」
探偵の忠告をそのままにして店の方に歩き出すさとり。三歩も歩かないうちにさとりの後ろから、探偵のもう片方の腕も飛んできた。そ
のまま力任せにさとりを抱き寄せて、身を隠していた壁に押しつける探偵。掴んださとりの体は人形のように軽かった。普段はしない立
ち回りをしたせいで、息を吐き体を崩す格好でさとりにもたれかかるような姿勢になる探偵。見下ろす位置からさとりが言った。
「所長、このままだと、犯人を捕まえられませんよ。」
「大丈夫だ、警察に通報すればいい。」
「まだ向こうが、犯罪を起こしてもいないのに?」
「睡眠薬を大量に持っている不審な男がバーにいる、と言っておけばいい。」
「残念ですが所長、私なら自分で使うから持っていたとでも言いますよ。」
「沢山持って出かける人間なんて、邪な目的で持っている奴しか居やしないさ。」
「持っているだけで違法になる麻薬なら、その手も使えるのですけれどね…。今回は睡眠薬を飲ませないと、現行犯になりませんよ。」
「駄目だ。」
さとりをグイグイと壁に押しつける探偵。精一杯の力で押しているせいだろうか、荒い息が探偵の口から漏れていた。ふと、さとりが探
偵のほほに手を当てた。夜の風で冷やされて少し冷たい手の平によって、探偵は自分の熱が少し冷めた気がした。
「このままそうしていれば、犯人が帰ると思っているのでしょう?」
「……。」
「私が、このさとり妖怪の私が、そんなことをさせると思いますか?ほら、あの窓を見て下さい。あそこに女の子が一人いるでしょう?
前もって呼んでおいたのですよ。私の代わりになるようにって。」
「どういうことだ…。」
「お分かりでしょう?私が行かなければ、あの子が睡眠薬を飲まされるんですよ。ああ可哀想に。私なら睡眠薬なんてどうとでもなるの
に、何にも知らないあの子なら、きっと眠ってしまうでしょうね。そして周りで待ち構えている犯人達によって…。どうですか、これで
もまだ、このままでいますか?私は構いませんよ。どちらでも良いのですからね…。」
「ああそうだ。折角ですから力を使ってあの子の声でも聞きますか。いやはや、きっと良い悲鳴がするのでしょうね。」
「本当に強情ですね…。そんなに私を行かせたくないのですか?」
「ああ…。」
「他の女を犠牲にしても?」
「………そうだ。」
「ほらほら、私を選んだのですからそんなに涙を流さないで下さい、「あなた。」」
さとりが探偵を逆に抱きしめた。涙でさとりの服が濡れる。探偵の耳元で囁くようにさとりが言った。
「ほら、彼女お酒を飲みましたよ。一口、二口、わあ全部一気です。よっぽどお酒に強いんですね。」
中に入ろうとする探偵をさとりが抱き止める。探偵よりも細い腕なのに、体は少しも動かなかった。ニヤニヤと笑みを浮かべてさとりが言う。
「駄目ですよ。ここからがいいところですから。」

店内で少女がグラスを口に運ぶ。既にテーブルの上には幾つもの空いたグラスが置いてあった。すっかり酔った少女が、上機嫌な風で一
緒に飲む男に話した。
「えへへ…。いやあ、悪いねお兄さん達。こんなにお酒を奢って貰って。」
「いや良いんだよ。どんどん飲んでくれ。」
ガチャリと音を立ててテーブルの上からグラスが落ちる。床に落ちたガラスは粉々に砕け散った。大量のアルコールを飲んで、テーブル
の上で崩れる格好になった少女を取り囲むように、人相の悪い男達が寄ってくる。
「ひひひ…。」
「嬢ちゃん、いやに嬉しそうだね。そんなに酒が旨いかい?」
「いんや、睡眠薬入りの酒なんて不味いだけさ。」
「あん?!」
さっきまでテーブルに突っ伏すようにしていた少女が立ち上がる。ゆらりと何かが少女の後ろから現れる気配がすると、犯人の周りに居
た共犯者がバタバタと倒れていった。
「あたいが嬉しいのは、お兄さんの新鮮な死体を運べることさ。なにせ、こんな悪霊に成り手がある奴は久しぶりだからねえ。」
「お、おまえ…何者だ?!」
「何って、妖怪だよ。…あっ、言っちゃいけなかったんだ。さとり様に怒られちゃうな。まあいっか、お兄さんすぐに死ぬし。」
逃げだそうとする男を素早く捕まえる少女。スカートから出た尻尾が嬉しそうに揺れていた。
「駄目だよお兄さん。本当は全員運びたいんだけれども、外の世界にも取り分を残さないといけなくって、お兄さん一人で我慢してるん
だから、さっ!ほら、大人しく、してっ!」
それから数分後に、店に入った少女が出てきた。どこに隠していたのか、入るときには持っていなかった一輪車を転がしている。大きな
荷台にはシートが掛けられていた。少女が走るように闇に消えていく。
「ね、いい光景が見られたでしょう?」
さとりは探偵に、今日一番の笑顔を向けた。





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最終更新:2019年04月28日 22:11