阿求と慧音が、客を通す為の部屋に○○と慧音の旦那を連れていった。
○○は必死に表情を取り繕って面白がってる風を、なんとかして隠していたが。
付き合いが多い慧音の旦那にとっては、表情にわざとらしさが乗っているのが見えて奥歯を噛み締めて、不快感をあらわにするけれども。いつだったかに気付いた事があった。
不快感を堪えているこの顔が、えらくその時々において、物事をさも深刻に考えていますよと。
慧音の旦那はそんなこと思っていなくても、稗田家や阿礼乙女の九代目に泣きつくほどに切羽詰まっていたならば。
依頼人の方が、そういう希望的観測を強く持ってしまうものであった。


だったらいっそのことニコニコしてやろうかなとも考えたが、少しだけ表情を動かしただけでかなり無理があると気づいてしまったので。
いつも通りの顔でいておくことにした。それこそが○○の暇潰しに協力してしまっているという、間々ならない結果をもたらしているのだけれども……
無理をして気分や神経に悪影響は与えたくない。
それに、稗田阿求が結局のところは全ての采配を行っている。少なくとも○○の周辺においては。
……となれば、慧音の旦那としても無茶は出来ない。
いまだに稗田阿求が何を考えているか分からない以上は、黙って状況の理解に頭を使うのが最善なのである。
まぁ、人里の最高権力がその気であるから。状況が理解出来たあとも黙っていることになりそうではあるが。

それに、くちさがない話ではあるけれども。阿礼乙女は短命だと聞いている。
……そう考えれば、アリなのかなと考えてしまった。
慧音の旦那は、自分の甘さを意外にもまさかこの場で自覚した格好となった。
となれば、○○もきっと甘いのかもしれなかった。


そう考えていると、部屋に入ることになった。客人である青年はガチガチに緊張して、凝り固まった形で正座の形を維持していた。
湯飲みからは湯気が立ち消えており、小皿に入れられたお菓子は落雁(らくがん)だったので、ようかん等と違って乾く心配はなかった。
まぁ、この状況で。稗田家に入り込んでいて普通に飲食ができる方が異端なのだろうなと。
「○○、あなたにはようかんを用意していますからね」
稗田阿求が愛する夫である○○の為に、ようかんを戸棚から出してきたのを見て笑ってしまったが。
「あぁ、上白沢さんご夫妻も。ようかんを用意していますから、ご心配なく」
よくよく考えれば、慧音の旦那だって。稗田家で与えられたお茶やお菓子を、慧音と同じく普通に食していた。
自覚しなければならなかった、自分が他と比べれば遠い場所にいることを。
自分の妻は、上白沢慧音は、一線の向こう側にいる女性なのだ。
それと共にいる自分だって、一線の向こう側だと思われている。



「それじゃあ……多分阿求や慧音先生にはもう話されたのかもしれませんが。繰り返しになっているかもしれませんが、どうか持ってきたお話をお教え願えますか?私はまだ、貴方の所の頭領さんが退治屋兼猟師の頭領さんが『うつろ』だとしか知らないので」


依頼人である青年は、○○の柔和な促しと。慧音の旦那が見せた、手帳を取り出す姿にホッとしてくれたようだ。
……○○はともかく、慧音の旦那は話をいくらかは聞いている振りの手帳という小道具なのだけれども。
大体、九代目の完全記憶能力者がいるのに。自分のメモ書きにどこまでの価値があるというのだ。



「はは……退治屋ですか。買い被りすぎです、私達の事を」
しかし○○は柔和な姿以上に効果的な言葉でこの青年をほぐした。
そう言えばと思い出した、慧音は依頼人の事を猟師兼退治屋と言っていたが、○○は退治屋兼猟師と言って、一般的にはカッコいい部類に入る職業を先に持ってきた。
だがそれに関する依頼人の反応は冷ややかと言うか、ここにはいない連中への蔑みが確かに見えた。



「指先に火傷痕がありませんが、その代わりに爪の先に墨が挟まっていますね。袖口から見えた肌にも、跳び跳ねた墨が見えます。銃器ではなくて書類管理をなされているのですか?」
少しばかり青年が謙遜とこの場にいない者への蔑みを見せている、まさにその間隙に。○○がぽつりと自分の推理を出してきた。
そしてどうやらその推理、当たっていた。
依頼人の青年が驚いていたからだ。
慧音の旦那の口元が少し歪んだ、また○○が調子に乗る。
妻の慧音が旦那を少しばかりなだめた。
「良いじゃないか、阿求は喜んでいる」
その慧音の言葉は、慈愛と言うものに富んでいた。
旦那は皮肉気に笑った。稗田阿求が空いてでは勝てないなと。
それに阿礼乙女は、生まれながらに運命で押し潰されそうな事ぐらい、知っている。



「はい、そうでございます。私は頭領さんや『他の連中』への世話もありますが。一番は頭領さんや『他の連中』の出費、支出、収入。それら全部を管理する出納帳係りでございます」
「少々、言葉の端々で刺を感じますね。采配を振るっている頭領さんの事は、下に着くことを良いとしているようですが……」
端々に対する違和感については、慧音の旦那も気づいていた。
旦那は妻である慧音の方を軽く向くけれども。
少し困ったような顔をしていた。
……どうやらあまり質の良い連中ばかりではなさそうだ。
けれども、この依頼人からは悪感情を抱かない。ならばそれが尊敬しているとおぼしき頭領も大丈夫だろう。
……詰まるところ、この二人への愛着で慧音は依頼を受けるように稗田阿求を説得したのではないだろうか。

これならば、先に起こった。八意永琳狂言誘拐事件の方がマシかもしれなかった。



「……まぁ、頭領さん以外の人となりに関しては後程ということで。頭領さんの現況についてお聞かせください」
気付けば○○も、慧音の困ったような顔を確認していた。
目ざといやつめ!!
しかし慧音の様子から大体の事を感じ取ったらしく、話の中心を『うつろ』な頭領に関わることに限定しようとした。
どうせ○○は調査に赴き『たがる』から、後々でも構わないのは確かにそうかもしれなかった。



「そうですね、そうしましょう」
依頼人も嫌な話は避けたいようで、頭領の事だけを話したがった。


「まずは、この話はお二方が解決に尽力された八意女史誘拐事件までさかのぼります」
慧音の旦那は思わず、稗田阿求を見た。
これはお前がほとんどの絵図を新たに書き直したのではないかと、目線で訴えた。
「少しね、六体目の死体にかじられたり振り回されたり叩かれたり、そう言うなぶる様な痕跡が見えたから。内々に、生業とされている方には教えておいたのですよ」
六体目、件の六体目!狂言誘拐事件で命を取られたチンピラは五人だと思っていたのに。
まさかの六体目!それが酷く我々を困惑させているのだ。


次に○○の表情を見たが、○○は。
「阿求から多少は」
「そうか……まぁいい」
どうやら知らないのは、慧音の旦那のみであったようだ。

腹は若干立ってしまうが、この依頼人には関係の無いことだ。慧音の旦那が促した。
「どうぞ、お話の続きを」
依頼人も慧音の旦那が思ったより知らされていないことに恐縮したが、話さないことの方が失礼だと思ったようだ。



「稗田家から情報をいくらか貰いましたので……私と頭領さんだけで少しばかり」
「時間は?」これは○○
「調査は基本的に日の出直後からにございます、竹林から川に出て、そこを上っていきました」
「はい、○○」
○○が地理関係を思い出していると、阿求が懐に収まる大きさであるが、地図帳を取り出してくれた。
少しばかり懐をはだけすぎのような感じは見えたが。慧音もその旦那もあえて問題にはすまい。
旦那に関しては後ろ向きな感覚で問題にしないかもしれないが。
そんなことを言えば、上白沢夫妻の互いの互いに対する態度だって。
慧音はともかくその旦那は、実は気付いていない。


「川を上ったのならば、紅魔館が近いですね……」○○が地図帳を見ながら依頼人へ聞いた。
「はい、ですが氷精の……」
「チルノ」今度は阿求が補足した。
「そうです、チルノ。あれの声が聞こえたら引き返すことにしています」
依頼人はなおも続けた。

「ですが、竹林から川から、そこを上る間に。明らかに暴れたような荒れたような、その痕跡ですね。それが見当たるのですよ」
○○が少しばかり思案顔になった。
「例えば、野武士や。我々が把握していない修行者がいるとか」
「……いや、それにしては荒れすぎている。あれは手当たり次第の暴れかたですよ」
依頼人がすぐに否定した。
「……厄介ですね」
○○もこくこくやりながら繕うが、内心楽しそうなのは、付き合いの長い慧音の旦那から見ればすぐに分かった。
「阿求は、心配してないからまだ大丈夫だろう」
妻の慧音が旦那に耳打ちした。なるほど確かに、落ち着いている。
落ち着いて、豆の入ったおかきを食べている。


「それで、ですね。確かに色々と避けていますが。毎日毎日、かち合う訳ではありませんし。氷精チルノだって、こちらが敵意さえ持っていなければ、向こうも割りと礼儀正しいですよ……力配分を理解していないような気がして、それは怖いですが……」


○○が間髪入れずに質問をした
「かちあった事がおありで?」
「……はい」
「それもごく最近、頭領さんと一緒に」
「…………はい、その通りです」
「かちあったのが何かまで、分かりますか?」
その段になったら、依頼人は残念ながら首を横にふった。
「複数なのは間違いが無いのですが……こう、晴れているのに雷でも落ちたかのような音がしたので頭領から逃げるぞと言われたっきり。よくわからなくて。場所は湖畔です。あれは倒木の音でもありません」
ここで依頼人は少しばかり話を切って、何かを思い出した。
きっと頭領さんの事を思い出したのだろう。


「それから数日経ってからです、頭領が『うつろ』になったのは」


「その上頭領は食事すらあまり取らなくなり……奇妙なことは更に続きまして。日陰を好むどころか、日の光を避けるようになったのです。毎日の鍛練のために外出こそしますが……その格好も黒ずくめで」


なるほど確かに頭領さんは、おかしくなっている。
けれどもその理由は、なんだろうか?
「阿求」
これだけては理由が分からないなと思っていたら、○○が声をあげた。
「人力車を呼んでくれ、依頼人の居宅へ行こう。善は急げだ」
活動的な○○が、もう立ち上がっていた。
「私達も着いていっていいかな」
意外にも慧音も、それなりに興味を持っていた。
まぁ、依頼人を稗田家に通した責任もあるから。ここで放るのも失礼だと思ったのは、どうやら慧音の旦那だけの感想であった。

「そうですね、人力車は密室に近い空間ですから」
稗田阿求は、少しばかり上気した顔をしていた。
それを見て慧音の顔を見ようとしたら、その前に慧音は旦那の腰に手を回していた。
無論のこと、密着度は高まった。


「……わたくしは歩いて参ります。お近くの甘味処でお待ちくだされば、伺います」
「では、私達が待っていると。店員にお伝えください」
阿求は人力車を呼びに部屋の外へ向かい。
「それじゃ、向こうで」
○○は外のやり方らしく、握手を求めた。依頼人はまごつきながらも応えてくれた。

「……あなた、何か匂いを消すために。銭湯に入りましたか?石鹸の匂いが強い」
「……実は、私も頭領も。タバコは吸わないのですが、他の連中は違っていて」
○○が少し妙な顔をした。
「タバコが嫌でしたなら、裏口からどうぞ。裏口の方が、連中目立つのが好きだから。使わないんですよ」
ここでようやく、○○の表情が戻った





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最終更新:2019年04月28日 22:29