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 コクリ、コクリと小さな音が鳴ることで、私は今晩も夢の中で目が覚める。もう何度目になるのだろうか、レトロなレリーフが施された安楽椅子に腰掛けている私の首筋に彼女が唇を付けていた。
幼い少女とはいえ人間一人が自分の膝の上に乗っている筈なのだから、もしも夢でなく現実ならばきっと彼女の体重が体にのし掛かっているのだろう。濡れた唇が柔らかく首筋を食み、
鋭い牙がプスリと血管に突き刺さる感触がした。痛みは無く柔らかく差し込まれていく感覚。動脈に当たっているかは定かではないが、それでも確実に深く刺された小さな牙は、
きっと本当ならば私の大きな血管に当たっているのだろう。ポタリ、ポタリと水道の蛇口から水が滴り落ちるかのように私の血が少しずつ流れ出し、彼女の舌がそれを舐め取っていく。
一滴も溢さないように、優しく舌で味わうかのように。
 私の心臓がドクリと鼓動を刻み、それに合わせる様に血が零れる。私の体にしがみつく小さな体からも、彼女の鼓動が感じられた。私と彼女の鼓動が合わさり同じタイミングでワルツを奏でる。
起きている時には気にも留めていなかった心臓の振動が体を支配し、二人の間を紅く繋いでいた。無言の時間。その場に存在するのは私の彼女の脈拍の音だけだった。彼女の背中にあてた手を撫でる様に動かす。
黒色の羽の付け根をそっと擦るように。彼女の唇が私の首筋を吸い、赤いお返しの跡を残した。
 彼女が顔を上げ私の方を見るのが、いつもの夢の終わりだった。赤い眼が私の方を見つめ、彼女が私に何かを話す。
ふわふわとした曖昧な夢の中で彼女が何を言っているのかは、私はいつも覚えていないのだが、それでもいつも彼女は私に手を伸ばしていた。

 再び夜となり私が夢の世界に入ると、彼女がいつものように私の首筋に触れて牙を刺した。ゆっくりと流れ出す血とともに、彼女の息づかいが聞こえてくる。
風が流れるように小さく一定のリズムを刻む音。流れ出た血の香りが辺りに漂い一面に満ちる。じんわりと自分が流れ出していき、彼女の中に流れ込んでいく錯覚すら受けた。
 彼女が首筋から牙を抜き去り、顔を私の耳元に近づける。いつも聞こえなかった彼女の声が体温と共に世界を揺らす。ソプラノのように幼い声で、アルトのように染み渡る声で、彼女の声が私に聞こえてきた。
「明日でようやく最後。」
クスリと笑うような声を残し、彼女の姿が歪み夢から覚めていく。薄れていく姿の中で彼女の目が赤くなっていることだけが私の記憶に残されていた。

 夢から覚めた私を迎えたのは、見慣れた風景だった。いつも通りの部屋の景色が僅かな電気製品の明りでボンヤリと灯された暗闇の中に浮かんでいる。
彼女の姿をもう一度捕らえたく手を伸ばすと、空気を掴む感触だけがそこにあった。彼女の声がじんわりと脳裏に再生される。明日で最後だと彼女は言った。
今まで血を吸っていた彼女は、きっと人間ではなく妖怪なのだろう。吸血鬼に血を吸われた人間は同じ魔になる。今まで生きてきたヒトを辞め違う存在になる。
最近話題のネット小説によくある題材だが、それを純粋に信じる程にはひねくれの度が過ぎてしまっていた。夢は所詮、非現実の世界。いくら夢の世界で活躍をしたとしても、それは現実に何の影響も及ぼさない。
…筈であった。…そう信じていた。これまでの時間は。ならば毎日首筋につく生々しい傷跡は一体何なのだろうか、徐々に失われていく血液は、原因不明の重度の貧血はどう説明がつくのだろうか、
そしてそれにも関わらず私の体が正常に動いているのは何故なのだろうか。

 明日で最後と彼女は言っていた。これで彼女が二度と私の夢に現れなくなるのだとは、到底私には思えなかった。むしろ真逆の、彼女が私に何かもう二度と戻れないような、何かをするような気がした。
ドクリと心臓が鳴る。今まで毎日地道に血を吸われていたのならば、既に私は彼女の方へ向かっているのだろう。コップの淵から水が溢れ出すように、最後の一押しが加えられる。
人間から妖怪へと、そして日常から非日常へと。ドロドロと感情が全身に流れる。恐怖ではなく、喜びが無くした血を埋めるように湧いてくる。このまま過ごせば、再び彼女は私の前に姿を現すのだろう。
今はただ、ひたすらに彼女に会いたかった。


明日、血が吸われるのであれば、一体それは何になるのであろうか





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最終更新:2019年05月26日 23:08