太陽が地平線の向こう側に消えて夜になると、彼女は時々部屋のガラス越しに月を見ていた。彼女が眺めるのは決まって丸く光る満月の日であった。
ベランダのカーテンを少し開けて部屋の電気を消すと、周りにそれ程高いビルが無い半分程田舎のマンションからは、空に浮かぶ黄色い月が綺麗に見える。
僕の前でグラスに注いだ透明な滴を口元に運ぶ彼女。曇り無き澄んだ水が、彼女の整った白磁の顔に赤みを与えた。
普段から傍目にも美人な彼女であったが、こうやっているとまるで、お伽噺に出てくる登場人物のようですらあった。
さながらかぐや姫のように。
暗闇の中で彼女を見ていると、この世に二人だけしかいないような気がしてくる。彼女の姿、息づかいが自分の中に入ってきて、そしてそれが僕の感覚を埋め尽くしていく。
アルコールが全身を熱くして、体に浮遊感を与えてくる。どこまでも遠くの世界まで飛んで行きそうな感覚を。目の前の彼女が微笑むと僕まで嬉しくなり、眉を顰めるとこの世の終わりのようにすら思えてくる。
蕩けきった夢の世界。ふと、彼女が外を見て言った。
「あら、今日は月が赤いのね。」
僕も、彼女に合わせる様に窓の外を見た。雲が無い空には大きな月が映っていた。赤い、あかい、アカイ月。
偶々点けたテレビのニュース番組で、キャスターがストロベリームーンについて解説をしていたのを、ぼやけた頭で今更ながら思い出した。
「綺麗な月だね。」
「夏目漱石の真似?」
柄にも無い知的な会話はすぐに打ち消されてしまったが、彼女の笑顔が見れたのならば安い物に思えた。
不意に彼女の顔から、引力で潮が引くかのようにサッと笑みが消えた。目線を合わせることすら苦しくて、だけれども尋ねずにはいられない程に苦しくて、それでも僕にだけは悲しみを見せまいとする彼女。
彼女の目が潤み、今にも消えてしまいそうな声がした。
「ねえ…。もしも、もしも私が月に帰ってしまうとしたら、どうする…。一緒に来てくれる…?」
「……。」
あまりにも急な質問に、僕は言葉を失ってしまった。考えたこともない彼女の質問。
あまりにも非現実的なものだったが、僕は彼女がまるで、かぐや姫が月に帰ってしまったかのように、僕の手の届かないどこかに消えてしまいそうに、そして、今のこの瞬間が儚く脆く壊れてしまいそうに感じた。
彼女の手を握る。僕がいると、君の側に僕が居ると。僕の存在を彼女に確かめさせるようにしっかりと彼女の両手を包みこんだ。
「ありがとう…。」
宝石の涙が零れて、ゆっくりと僕の手に流れ落ちた。
感想
- ヤンデレというよりかは純愛に近いっすね。でもすこ。 -- 名無し (2019-07-14 21:11:48)
最終更新:2019年07月14日 21:11