日の光がアスファルトの地面を強く照らすよく晴れた日の昼間に、探偵とさとりは二人揃って道を歩いていた。
蝉の声は未だに聞こえていないが、しばらく道を歩いていると薄らと汗ばんでくる暑さだった。
シャツのボタンを外し襟元を扇ぐ探偵。風を少々取り込んだ程度では体に溜め込んだ熱は解放されないものの、
それでも何もしないのではやり切れない気がした。探偵がハンカチを取り出し額の汗を拭う。
ふと隣に居るさとりに目が向く。何事もないようにさとりは探偵を見返した。澄んだ目がじっと探偵を見ている。
外見を通り越し、心の底を見通す彼女の眼。彼女の心に映るのは果たして自分なのだろうか、それとも自分でも自覚していない何かなのだろうか。
沈黙を続ける二人。無言の時間に堪えきれずに、探偵は前を向き再び目的地へ歩いていく。そっとさとりが探偵の手を握る。
何も言わずに、けれどもしっかりと探偵の手を握るさとり。体温の低いひんやりとした冷たさが探偵の手に伝わってくる。
暑い空気をさます冷たい感覚が、探偵にはどことなく心地よかった。

依頼人の家に着くと、既にそこには同業者が到着していた。珍しい光景にいるのはコメンテーターとして活躍している有名な探偵会社の社長であり、
探偵もテレビやネットで彼を時々目にしていた。鋭い推理で次々と行方不明者を見つけていく様子が、ゴールデンタイムの特番で組まれていたときには、
真面目だとは天邪鬼でもなければ言いにくい、そんな探偵ですらしっかりと録画をしていた位なのだから、相当な遣り手であった。
ふと、隣にいるさとりのことが思い起こされた。この仕事をやってはいるものの才能の方はからっきしであり、実際の仕事になると、
全て彼女に頼っているのは、二人だけの秘密であった。あそこにいる彼も誰かに助けてもらっているのだろうか、空想染みた事が浮かんでくる。
幻想郷には八百万の神やら妖怪がいるそうだから、さとり以外にも一人や二人はきっとこっちの世界に来ているだろう。
きっと彼も自分と同じ様に、心を読む暇な妖怪か嘘を暴く能力者か何かが、背後についているのかもしれない。
探偵にはそれがもっともらしく思えた。心を読んださとりが探偵の方に口を近づける。ニヤニヤといつもの笑みを浮かべて。
「所長、下らないこと考えてないで、仕事をしましょうか。」
口に出して伝えられたのは、辛辣な言葉であった。


 今回探偵達が呼ばれたのは、依頼人が何物からか嫌がらせを受けていた事件に対してであった。名探偵が集まった人々を相手に宣言する。
「それでは皆様、今回の事件の真相をお聞かせしようかと思います。」
彼の側には女性が控えていた。年は若く眼鏡を掛けた姿は、まるで有能な秘書を思わせる姿であった。彼女から書類を受け取り名探偵が推理を披露していく。
「げっ、まじかよ…。」
探偵がコッソリと呟く。そもそも探偵の方は、出発前に事件の概要をさとりから教えて貰っているだけであり、現場で依頼人の家族から今回の事件に対する
意見を集めて、そこから推理をしようと思っていたため、競争相手が既に調査を終えて、真相解明をしようとしているとは想像すらしていなかった。
これでは勝負にすらならない。コールド負け、あるいは不戦敗と言ってもいい位である。
競争相手に先を越されてしまうという、かなりの窮地に探偵は立たされていたが、それでも隣のさとりは平然としていた。
それを見た探偵には、読心術が使える彼女が焦っていないのならば、ひょっとしてこの名探偵の推理は間違っているのではないか、という考えが浮かんできた。
もしも名探偵が真相を暴いてしまえば、古明地探偵事務所の名声がそこそこ落ちて、探偵が赤っ恥を掻いてしまう以上、もしもさとりが本気ならば、
名探偵の機先を制しているのではないだろうか、ならばこの名探偵の推理はきっとどこかに穴があるに違いない。そう探偵は楽観的に考えた。
すると、急に安心感が湧いてきた。さっきまでは、いつ自分の無能が暴かれるかとヒヤヒヤしていたが、最後に逆転できるのであれば焦る必要はない。
全てが分かっている振りをして、どっしりと構えていればいいだけなのだから。そう探偵は思い、余裕綽々で名探偵の推理を眺めていた。

「被害者の人が時間を変えても、犯人はそれを知っていた。つまり、この事件の犯人は被害者の方を良く知っている人物が犯人なのです!」
おかしい、探偵の心の中には焦りが生じていた。先程からしばらく名探偵が推理を披露していたが、その全てが穴が無く完璧な推理であった。
探偵が自身で推理していれば、さとりから散々訂正を喰らうのであろうが、流石は名探偵、僅かな証拠から次々と犯人に繋がる推理を展開し、
もう少しで犯人を暴こうとしていた。いてもたっても居られずに、後ろで組んだ手が落ち着き無く動いてしまう探偵。
ふと、隣にいるさとりが探偵の服を掴んだ。さとりの方を向く探偵。彼女の目には焦りは見えなかった。
その目を見ていると、心の焦りが取れてきて、何だか探偵の心も落ち着いてきた。そして探偵が前を向いた瞬間、
「犯人は貴方です!」
推理小説の決め台詞と共に、名探偵が犯人を指差していた。


 沈黙が部屋に流れた。依頼人やその家族は思わぬ真相に驚いていたし、不意を突かれた探偵はすっかり固まっていた。
衝動的に名探偵の推理を打ち消したくなり、満足げな顔をしている相手に向かって、大声で異議を唱えたくなる。
探偵は足を前に進めようとして、シャツを後ろから捕まれた。バランスを崩してずっこける探偵。さとりが後ろから探偵を支えた。
「所長、落ち着いて下さい。」
犯人が先に、ライバルに暴かれてしまったというのに冷静なさとり。堪らず探偵が小声で抗議する。
「そんな事言っている場合じゃないだろ、先に犯人を暴かれてしまったじゃないか。」
「ええ、ですから大丈夫です。」
「どういう事なんだ?あの従兄弟が犯人じゃないのか?」
二人の目の前では、名探偵によって動かぬ証拠を指摘された犯人が、暴れ回って名探偵を近づけさせまいとしていた。
振り回された椅子によって、テーブルの上に飾られていたガラスの花瓶が砕け散り、悲鳴と共に大きなアンサンブルを奏でる。
ふと、秘書の女性が犯人の方に近づいていく。手には何も持たず、両方ともにブラリと垂らされていた。犯人が無言のままで椅子を振るう。
探偵が駆け出そうとするが、さとりがまたも探偵を押さえる。今度は肩をしっかりと掴んでいた。椅子が女性に叩き付けられる瞬間、女性が消えた。
「えっ…。」
女性を見失った犯人が、間抜けな声を出す。勢い余って床に叩き付けた椅子は、足の部分が砕け散っていた。
早業で犯人の後ろに回り込んだ女性が、犯人の首筋に一撃を叩き込む。鮮やかな手刀により、大柄の犯人は床に倒れ込んだ。

 一連の事件が終わった後、探偵とさとりは先程とは別の部屋で依頼人に会っていた。犯人が暴れた跡は多少なりとも片づけられていたが、
それでも散らばった細かいガラスは完全には取り除けていなかったためである。依頼人が探偵に礼を言う。
「折角探偵さんに来て頂いたんですけれど、あんな事になってしまってすみません。まさか先に叔父さんが別の探偵さんを呼んでいたなんて…。
先に調べて犯人が分かっていたのなら、言ってくれれば良かったのに…。」
「いえいえ、お怪我が無かったのは不幸中の幸いです。それでは私達はこれで…。」
「所長、準備ができましたよ。」
「あ、ああ…そうかい…。それじゃあ頼むよ。」
依頼人の家から帰ろうとした探偵をさとりが止める。さとりからの予告が一切無い、不意打ちではあるものの、取り繕う術は慣れたものである。
「××ちゃん、大変だったね。怪我が無くてよかったよ。」
恐らくはさとりに呼び出されたのであろう、名探偵の方に依頼をしていた叔父が依頼人達が居る部屋に入ってきた。
「さて、それではこれから所長が、本当の真相をお知らせ致します。」
ニッコリと笑いながら、さとりが部屋にいる面々に対して宣言をした。

 いつもと同じ様に、さとりの声を脳内に響かせ、その通りに探偵が話していく。
「さて、今回の事件には真犯人がいま…す。…マジかよ…。」
「え?」
「どういう事だい?」
依頼人と叔父も突然の推理を、直ぐには受け入れられていないようであった。依頼人が探偵に反論する。
「犯人は弟だったじゃないですか!叔父さんが呼んでくれた名探偵さんがちゃんと推理してくれましたよ。」
「ええ、確かに事件の犯人は弟さんです。しかし…その弟さんをそうさせた人がいたとすれば、その人は真犯人と言えるのではないでしょうか?」
「まあ、そんな人がいればそう言えるだろうね。…失礼、一服させてもらうよ。」
叔父が煙草を吸いながら探偵の方を向く。強い視線が探偵に向けられる。
「ここに弟さんのタブレット端末があります。こちらを見ると、弟さんはネット上で随分とSMSに影響を受けていた様ですね。
そして、特に影響を与えた人が一人居ます。ブラックと名乗っている人ですが…どうですか、覚えはありませんか?」
探偵が叔父の方に端末を向ける。思わぬ人物が真犯人だと示されて、依頼人に動揺が走った。
「えっ…、どういう事、叔父さんが…。」
「なんの事だろうか?そんな匿名の物、どうとでもなるだろう?」
「確かにネット上では匿名ですが、ほら、この通り、あなたのスマホにも全く同じ文面があればどうでしょうか。」
さとりが、いつの間にか叔父から取ったスマートフォンを二人の目の前に出した。
「ばっ…馬鹿馬鹿しい!そんなの嘘っぱちだ!」
「そうですか、それでは、ご両親さんにも、同じ事を説明されてはいかがですか?ご納得頂けるといいですね。」
さとりによって開け放たれた扉の向こうには、驚愕と怒りに満ちた依頼人の両親がいた。

 事件が終わり、二人が探偵事務所までの道のりを歩いていく。涼しい夜の風が心地よかった。
風に誘われるようにして、さとりがポツリと探偵に言葉を漏らした。
「私の事、嫌いになりましたか。」
静かな湖に投げ込まれる小石。波紋が湖面を揺らして伝わっていく。
「別に…。」
さとりの足が止まる。
「あなたらしいですね…。感情を向けられてもそうして飄々としている所が。だから時々塗りつぶしたくなるんです。
あなたの全てを、私の黒い部分に引きずり込んでしまいたくなってしまう。永久にずっと、閉じ込めたくなってしまう。
あんなものだけじゃなくって、人を超えた本当の力で…。」
「そうするつもりなら、とっくにそうしているだろう?」
「私がどんな思いで我慢してるか、少しは知っているんでしょう?」
「ちょっとだけは、ね。」
「本当にずるい人…。本当に…。」





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最終更新:2019年07月24日 12:34