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「あなたの番ですよ」
 外の世界のゲーム機で遊ぶのが、ここ最近の夫婦の流行りである。
 外来品と言っても二十世紀の物で、妻が幻想入りを果たす前に遊んでいたものだ。
 そのような骨董品を引っ張り出してみると、今となっては――私がまだ外にいた頃と比較しても、ポリゴンは荒々しくや文字も読みづらいものであった。往年の名作とはいえ、マニアでもなければわざわざ遊ぶことはない。しかしそれは、外界の話だ。
 この幻想郷では、未だに電気は一部の人妖の特権であり、ビデオゲーム等というものは極々限られた貴族の遊びのようなものだ。その贅沢を感受できる数少ない場所がこの家であるということを、妻はそれとなく、けれどもしきりに訴える。
「うーん。とりあえずサイコロを振ってみよう」
「あっ。そこはカードを使った方がいいですよ」
「さっき拾ったやつかい?」
「はい!」
 日本を舞台にした双六で対戦しているはずなのだが、妻はよく手助けをしてくれる。二人の楽しみ方はいつもこうだ。準備ができるまでは互いを手伝う。それから正々堂々と全力をぶつけて、勝った負けたと一喜一憂する。接待でなしに、お互いが楽しめるようにする。
 つくづくゲームとはコミュニケーションを取るためのツールなのだと実感する。いや、させられている。
 妻は楽しみながら計算のできる才媛なのだ。その手練手管は私の興味が他に向くことを許さない。
 よその世界、よその家、よその女――すべてが妻の敵である。
 私のコマが出雲に止まった。
「やったあ!出雲そば屋を買い占めちゃいましょう!」
「出雲そばかあ。一回ぐらい、実物を食べてみたいなあ」
「……晩ごはんは、おそばにしましょうか?」
「昨日の残りがなかったっけ」
「いえ。ありますけど。あなたがおそばを食べたいなら、と」
「なら残りでいいよ。勿体ないし」
「はい」
 妻の茹でるそばは、美味い。材料も調理法も寸分の狂いもなく私の好みに合わせているからだ。きっとこの世で一番のそばに違いない。
 しかし食べてみたいのは、あくまで出雲そば屋のそばなのだ。そして食べ終えてから、やっぱり家のそばが一番だと思うことだろう。どんな麺をしているのか、汁はどうか、具はどうだ。そういった好奇心を満たしたいだけのことだ。
 けれどもそれは妻の神経を逆なでする。外界の物。他家の味。それはこの家においての異物である。妻が異物を祟る前に、私が祝(ほう)ってやらねばならない。
「ところで、明日の献立はなにかな」
「……まだ決めていませんけど」
「美味しいそばが食べたいなあ。焼酎にあいそうなやつ」
「はい!腕によりをかけますね!」
 機嫌を良くしたのか、妻は私の肩に寄りかかってきた。器用にだらしなくコントローラをつついている。テレビでは貧乏神をモチーフにしたキャラクタが暴れている。ブラウン管に映るドットは荒い。
 この家にはHDMIの映るモニタも新型のゲーム機もない。ただ古びた二十世紀の遺物だけがある。この家は外界とも人里とも隔絶した夫婦の聖域なのだ。そして私は、死ぬまでここから出られることは叶わないだろう。「外」に捨ててきたものもいくつかある。
 失ったものを数えてみると、思いの外、多い。
 数えるのに疲れてくる。
 何気なく妻の肩に腕を回した。
 そしてそのまま、自分の顎を撫でるように無心で撫で回していると、妻は吐息をもらして軽く震えた。
 なんだかどうでもよくなってきた私は、コントローラをポチポチとつつき、
「あーっ!ひどーい!ひどいですっ!!」
「悪く思うなよ」
 と、貧乏神をつけてやった。
 しばらく前に里の方でも本物の貧乏神が暴れていたらしいが、きっとそいつも、なんだかんだと周りを幸せにしていったのだろう。





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最終更新:2019年09月16日 00:09