嵯峨天皇の時代。
1人の女が、自分を裏切った男を恨みで鬼女に化身してまで呪い殺した。
女は祟り神として奉られ……時代は幾重にも過ぎ去った。
恨みも、辛みも、妬みも、長い年月により薄められ、拭い去られた筈だった。
だが……。
その男の顔を見た瞬間、水橋パルスィの思考は白く飛んだ。
「はぁ……はぁ……」
気が付くと、橋の上は酷い有様になっていた。
あちこちに弾がぶつかり、木材や欄干が吹き飛んでいた。
何より、橋の中央で倒れている男。
「う、ううぅ……」
旧都に届ける予定だった品物が散乱している。
商人用の護符が破れ、端々が僅かに燃え盛っている。
商人は致命傷はないものの、手酷く痛めつけられ、橋板に伏せていた。
「な、何故……?」
里の商人は、必死にパルスィを見上げた。
交流が再開された地上と地下。彼はその中に商機を見出した里の若手商人だった。
空を飛べるのを売りに、商品を迅速に目的地へと運ぶ事を生業としていた。
早速、地上側と地下から出て来た鬼に話を付け、低級妖怪避けの護符を装備して意気揚々とやって来た。
ここの番人だって、商人用の許可証を見せれば大丈夫……その筈だったのに。
事も有ろうに、パルスィは声を掛けた○○を見て数秒硬直した後、激昂の叫びを上げながら弾幕を撃ち込んできたのだ。
「何故だ……俺は、許可を得た商人なのに。許可証だって……あっ」
何とか取り出した許可証を振り払われ、パルスィがのし掛かって来た。
「うわ、止めろ、止めてくれ、俺が、俺が何をしたって言うんだ!!?」
ビリビリと服を破るパルスィ。
無表情のまま、抵抗する○○に対して平手を何度も打ち、黙らせる。
「あなたなのね…………そんな似たような面つきで私の前にまた現れるなんて……妬ましいわ」
「な、何を言って、あ、やめ、やめ!!」
パルスィも服を脱ぎ、○○にのし掛かっていく。
商人の顔が苦痛と快楽の綯い交ぜになった顔になり、パルスィの顔は上気を帯びてきた。
力尽くで手籠めにされ、○○は哀願の声を挙げながら泣き叫んだ。
「今度は呪い殺すだなんて生易しい事はしないわ、あなた、ずっとずっと私に括り付けて上げる」
縁切りの神としても有名な彼女は、恍惚と陰惨の綯い交ぜな顔で、涙に濡れた○○の顔を丹念に舐めた。
彼女の両頬に、静かに二筋の涙が伝わる。
彼女の真意は○○には伝わらない。
彼の男は凌辱を受け、泣き叫んでいる途中だから。
彼女の心は伝わらない。
妄執と嫉妬に囚われた鬼女の心は、知らず知らずの内に歪んでしまっていたから。
「私が幾年貴方の所業を思い、恨み、妬み続けたか。同じ年月を経るまで身体と魂に教えてあげる……!」
―――そして、○○は今でもパルスィに囚われているという。
遠い遠い時代、彼女を裏切った男の面つきに瓜二つという理由だけで。
最終更新:2011年03月04日 01:34