探偵助手さとりif5




 探偵が眠る夜、さとりはその横に居た。寝顔は地上に居た時と変わらずに平静であり、いまだに自分という物を持っている探偵。
幾らさとりが探偵に対して迫っていても、探偵はさとりを受け入れてはいなかった。単に物質的な面ではない。探偵の着ている服は
さとりが用意したものであるし、今探偵が眠っているベットを含め、部屋の中にある全ての調度は地霊殿に元々あったものであり、
そして探偵の命すらも-さとりの手の上にあった。地霊殿にいるペットはいざ知らず、只の人間が旧地獄の外に出れば一時間も持たない
であろう。生命活動が、ではなく-第一それはもっと短いのだから-この世に存在していた痕跡全てが、の方であるが。
「あなたはどうして、私を受け入れてくれないのかしら。」
ポツリと呟くさとりの声。さとりの他には起きる者がいない部屋で、虚ろな声が微かに鼓膜に響いた。
「心をいくら読んでも分からない。」
第三の眼が探偵を鋭く睨む。心の奥底を覗いても、解けない問い。全てを知っている筈なのに、それでも探偵の心はさとりには分からなかった。
妖怪に屈したくないという人間の意地、そんなつまらないものではなくて、もっと違う別の何か。ノイズを取り除き、浅知恵をくぐり抜け、
深層心理を突き破った先の、原始の魂に刻まれた刻印。かつての探偵を形作ってきたそれをなぞると、今までの歴史が流れ出す。
「違う…。」
ありきたりの出来事、普通のトラウマ、人間にとってはよくある悲劇。かつて幻想郷に流れ着いた人間の心を読んだ時にも見た事がある、
そんな事が探偵の核心だとは思えなかった。誰にでもあることが原因ならば、何故自分はこの探偵という人間に執着しているのだろうか?
他の人間には感じなかった何か。最近貸本屋で流行りだした三文小説のように、過去やら前世に責任を覆い被せることが出来ない以上、
そこに何かがあることだけは、確かだった。目に見えず、触れられず、それにも関わらず、そこにあるもの。それは心を読むさとりの手に触れるが、
掴もうとするとフワリと逃げていく。追いかけようにも捕らえられず、唯々水の様に魂の中に漂っていた。
「ふう…。」
ズルリ、と探偵の中から触手が抜き出された。赤い血の色をしたさとりの「手」がどんどんと探偵の体の中から取り出されていく。
探偵の体には傷一つ付けていないが、しかし脈打つように動くそれは、たっぷりとした長さをもってさとりの眼に仕舞われていった。
「あなた…。」
さとりの手が優しく探偵の額に添えられる。小さき者を見つめるように、探偵を慈しむさとり。ここ数日、さとりは毎晩探偵の枕元で心を読んでいた。
普段の能力とは違い、もっと深く心を読む力。過去の記憶を辿り、潜在意識に隠れている本人が忘れた事も探り、魂の全てを曝け出す力。
妖怪の恐れや謂われを白日の下に晒すその力によって、さとりは幻想郷中から嫌われていた。

 さとりの周囲に影が浮かぶ。暗闇では何も見えない人間の為に僅かに灯された闇の中でも判る、他の空間を飲み込む黒が辺りを包む。
深い、深い、地の底よりも、地獄の最下層よりも、全ての物よりも深く、そして全てを含む闇。矛盾する言葉によって表される、整合性を持った現象が
一つの部屋の中で顕現していく。さとり妖怪の形に作り上げていたその力が、探偵の事となると、枷が外れた様に押さえていても漏れ出してしまう。
普段は妖怪として振る舞うために付けている仮面が、探偵と二人だけとなったことで今のさとりからは取り外されていた。
探偵の体が闇の中に沈む。音も無く水に侵されるようにゆっくりと沈んでいく。闇の中でさとりは探偵に触れた。全ての根源である混沌の渦の中で、
探偵の体は確かにそこにあった。
「ああ、本当に……このまま沈んでいたいわ。」
原始の闇の中でさとりの声は探偵だけに響いた。





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最終更新:2019年11月04日 11:53