「さぁ、さぁ。蘇我屠自古さん。こちらへお座りください」
話が徐々に大きく――そして面白く――なってきたと稗田○○は思っているのだろう。
○○は率先して、蘇我屠自古の分の座布団を用意して、そこに座るように促した。
上白沢の旦那は、少しばかりこの屠自古と言う女性に同情と言う物を覚えた。
稗田家と言う物を、神霊廟なる秘密の場所に自由に出入りできるほどの。求聞史記にその名を連ねられる程ならば。
稗田○○がどういう位置にいるかは、本能で理解できているはずだ。稗田阿求が稗田○○にどれほどの狂おしい愛を注いでいるかを。
避けるべきだ、稗田○○に何かをやらせることなど。ましてや蘇我屠自古は女性、そして稗田阿求よりも肉体に魅力がある。

稗田○○が蘇我屠自古に用意した座布団の位置は、よりにもとってナズーリンの隣であったが。
少しは、あまり仲の良くない神霊廟と命蓮寺の面子が横並びに座る事に、蘇我屠自古はたじろいだが。
ナズーリンが懇願するように、自分の隣を勧めてくれたのもあり。すぐに稗田阿求の機嫌を悪くしてはならない事を思い出した。

「さて、場は整った」
蘇我屠自古がナズーリンの隣に座った事で、話を更に深く進められる体勢が出来て、稗田○○は若干愉快そうであったが。
ナズーリンも蘇我屠自古もただひたすらに安堵、稗田阿求の目線がまだ探る程度、致命的ではなかったからだ。
しかし二人とも、まだ警戒心は解いていない。どちらもまだ会話をしたわけでは無いが、自然と二人とも同じ行動を。
衣服の胸あたりをきっちりと、留めるしぐさを見せた時。上白沢の旦那はいくらばかりかの苦笑を見せた。
しかし上白沢慧音の座り位置が、旦那の方に近づいたのを見るにあたっては。
どうやら上白沢の旦那が一番冷静なようだが、嫁である上白沢慧音がこの有様では、やはり、名探偵に頼るしかなかった。
精々、上白沢の旦那が自発的に助け船を出した時に。有り難いと思う程度しか出来なかった。


「何か、伝えたい事があるはずだろう?」
この短時間でナズーリンの喉は乾きにより痛いぐらいであったが、こちらが協力的でなければ。
稗田○○はともかく、稗田阿求の動きが怖い。そもそも乗り込んでいる時点で、しかもお互いが所属する組織には内緒で。
それだけを取って見ても、ナズーリンと屠自古の立場は酷く悪い。
「ああ、喋るよ。お2人は今日、広場で神霊廟の布教活動と言うかお祭り騒ぎを見に来ていたが」
だから蘇我屠自古も素直に喋り出してくれたけれども。
やはり、稗田○○と上白沢の旦那がいきなり現れて、何かを確認したら深刻そうな面持ちで帰る事になった原因と言うか切っ掛けを。
屠自古は横合いに座っているナズーリンに目を向けたが、早く終わらせたいと言う判断が勝って、話を続けた。
「うちの布都が鳴り物入りとでもいわんばかりに入ってきたら、急に深刻そうになりながら帰ったが?あれは何があったのだ?
いや、実を言うと私も布都に対して不味いんじゃと言う思いを抱いていて。そうは言っても同じ神霊廟の面子だから。
最悪の場合、第三者であるそちらに依頼と言うのは、まぁ、頭の片隅には合ったが。正直布都が何をやったか心配でな
それで来てみたら、命蓮寺の面子が先に依頼をしていたから。そして連れてこられた
この話、大分こじれているのか?」
始めは言葉を選びながらではあったが、徐々に蘇我屠自古も、全く同じ時に何らかの危機感を覚えて稗田○○に依頼をしに来たと言う事実に。
偶然である物かと言う考えが勝ってきて。ともすれば命蓮寺と神霊廟の激突にまで屠自古は思いを馳せる事が出来た。

「ええ、まだ表面化はしていませんが。こじれにこじれています。でも、相反する二つの勢力の、そこそこ以上の立場にいる構成員が。
同じように危機感を抱いてくれているのは、まだ運が尽きていない証拠です。何とか出来なくもない、今ならまだね」
○○はそう言って、ナズーリンとまだ何も知らない蘇我屠自古を励ましたが。
件の男、命蓮寺と神霊廟の施設に出入りして。歩荷やら屋台の組み立てと言った力仕事に従事しているだけならばともかく。
命蓮寺からは雲居一輪、神霊廟からは物部布都。この二人から同時に惚れられていると言う事実を聞くに及んでは。
先ほどのナズーリンと同じく、蘇我屠自古は頭を抱えた。

「しかしまぁ!」
けれども頭を抱えて唸っているナズーリンと屠自古の事を、○○は意図的に無視しているのか。それとも今が楽しいからなのか。
相変わらず議事進行の速度に停滞などと言う物は無かった。
「危機に行く手間が省けました!蘇我屠自古さん、件の男ですが、どういう経緯で神霊廟の仕事を……と言うよりは物部布都さんの仕事を手伝うように?」
「ああ……」
蘇我屠自古は、供されているお茶を一思いに飲み干して。気付け薬の代わりとした。


だが気付け薬が欲しかった最大の理由は。
「分からないんだ。いつの間にか布都の奴、男に入れ込んでいた。
それも一人で愛でるのではなくて、あんな風に人気者に仕立てて、その近くに入れる愉悦を楽しんでやがる」
「やはりあの熱狂っぷりは、物部さんの演出が多分に含まれているのですね……」
幸い稗田○○は、自分の予測が一つ当たっている事を確認できて、気を良くしたのみだったが。
稗田阿求は、少し、考えた後に。
「明日も調査に出かけられますか?○○」
「もちろん!分からないことだらけだ、物部さんが歩荷の男性にあそこまで入れ込む理由が分かれば。もしかしたら雲居さんの方もわかるかもしれない」
夫である○○に質問をしたら、動き回れることと、頭を使える事に機嫌の良さがやや前のめりであった。
これでも隠そうとしてくれているのだろうか?と言う疑問は稗田阿求以外の全員が思っていたが。
ナズーリンと蘇我屠自古は、立場的に言えるはずも無く。
上白沢夫妻は、そもそも稗田阿求のこの性格と言うか、○○に対するつんのめるほどの協力と支持を。
こいつに水を差す方を強く恐れていた。なので、誰も何も言わない。



「おう……鬼の、星熊勇儀?地上の遊郭でも遊ぶのじゃな」
「おお!仙人、で良いんだよな?物部布都。珍しい顔と会えたねぇ!」
「まぁ、その認識で構わん」
稗田邸にて、命蓮寺と神霊廟の一構成員程度の間ではあるけれども。いくらかの連帯感を得たころ。
場所は遊郭街であった。仙人の物部布都と鬼の星熊勇儀、この2人が図らずとも出会い。
「ところで物部とやら。随分な荷物だなぁ……一人用とは思えんな。アタシがお気に入りにお土産持っていくときみたいだ!」
物部布都の方はどうか分からないが、星熊勇儀の方は、一線の向こう側とは言え女性であるはずの物部布都が。
大量の荷物を持って、ましてや遊郭街を歩き回っている事に。ただ純粋な興味を持った。
「――――そうじゃのう」
勇儀の方は、天狗のブンヤと違って別に裏の意味だとか。そう言う腹の底は一切ない。何故なら幻想郷の鬼だから。
しかし布都の方は、何かを考えていた。
「やれやれ、仙人様は頭が良い事は良いんだがね」
勇儀がやや茶化すが。勇儀の両横には遊女がおり、後ろにも遊女や板前が付いてきていた。
その上一升瓶を飲みながら歩いているので、上機嫌この上なかった。しかし酒が入っている以上、下手は打てない。

しかし布都の考えは、もう少し楽観的であった。
「まぁ、いずれはバレると言うか……バラす必要があるからのう…………最初に見つかったのが、命蓮寺の入道使い以外では鬼の勇儀なら。
真っ直ぐにも程があるおぬしなら、真摯ではあるか。実は意中の男がおってのう、その者には良い目を見て欲しいのじゃ」
「ほう」
布都の呟きの最初の方は、鬼の事を揶揄(やゆ)するかの口調だが。嘘が嫌いな幻想郷の鬼の性格を、布都は把握できていた。
「恋敵がいるのじゃ。厄介でのう。それで我も、手段を選んでいられなくて……思いつく限りをのう」
意中の男の事も、恋敵の事も。本当の事しか言っていない。そして布都が男に恋していて、色々とやっていると聞いて。
勇儀は、自分の後ろをついてきて。今日の料理に使うであろう食材を抱えている、板前の方を向いた。
その顔は、何かを愛でる様な顔つきであった。
それを布都は見逃さなかった。
「良い目も見て欲しいし、守りたいと言う欲もある。自慢げに聞こえるかもしれんが、大抵よりは強い自信がある」
「守りたいと言う欲か。そう、うん、そう言う欲。案外好きではあるね」
「しかし、どうにもややこしくなりやすい」
「ああ!分かるよ!お互い、強いのは良いんだがね!!」
「おぬしみたいなやり方が出来ればそれも、武器にしてしまえるのだがのう」
最後の布都の呟きは、若干、かみ合っていなかったが。
布都の視線が、勇儀の顔では無くて。それよりやや下の方にある事を見抜ける存在がここにいれば。
物部布都の気にしている事にも、思いを至らせることが出来たかもしれない。





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最終更新:2020年02月14日 22:15