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温かい春



 今日はどうだった。そう妻が言った、時。


 「---」
声が聞こえて、夢うつつから現実に引き戻される。深く引き込まれるようなまどろみの中から目を覚ますと、そこには妻の顔があった。
こちらをのぞきこむどこか心配そうな顔。
「大丈夫?あなた。」
「ああ、少し…眠ってしまっていたようだ。」
「そう…。なんだかうなされていたみたいだったから。」
言い訳をするかのように言葉を紡ぎながら顔を上げようとすると、柔らかいものでぐっと顔が押さえられた。はて、いつの間に膝枕をされていたのだろうか、
きっと、思いもよらぬ程に眠っていたのだろう。そのまま顔をうずめると、妻の手が私の肩に降ってきた。夢を見るような、温かい湯の中にいるような、
そんな温もりを感じながら手の温度を感じる。側の囲炉裏の炎がパチリとはぜる音がした。
「ねえ、**って…誰?」
不意に妻が予想外の名前を口にした。何年か前に見た、雪の精の彼女。
「昔の知り合いの妖精だよ…。」
「そう…。」
薄皮一枚を隔てて向かい合う心。隠さなくてはいけないのに隠す事ができず、然りとて誤魔化すこともできずに、沈黙が流れていた。二人の間に流れる時間。
一歩踏み込むだけで終わりそうな、然りとて無遠慮に踏み込むことができない、
薄い膜に覆われた距離があった。
「好きだったの…?」
「いや、付きまとわれていただけさ…。」
何気ないように、そして細心の思いを乗せた言葉。白刃の刃で身を切るように、己の全てを賭けるように、心に横たわる重い何かを、
自己犠牲の蜜で彩る彼女。いつも妻はそうだった。どれだけ私のことを思っていようとも、それを表に出そうとしていない。
心配することはないと、そう言えたのならばどれだけ良いのだろうか。例え君の炎に焼かれたとしても、私にとっては妻の妹紅だけが全てであった。
そして彼女は壊れそうに薄い心で耐えていた。本当は振り乱したくあるのだろうが、それをじっと心の中にしまっていた。
私に負担を掛けまいとする妻の優しい嘘を、そのまま私は知らぬ振りをして飲み込む。甘い毒として。
「そう…。なら、良かった……。」
私の頭に添えられた手に力が入る。紅い血が流れる人間の手の平。二人とも分かって居ながらにして、
決して言葉にしない秘められた思い。
「…今年の冬は暖かいね。」
「そうだな。」
言葉にできない感情を、私と妻は感じていた。

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最終更新:2020年03月31日 22:56