――――ああ、○○さんったら頑張っちゃて
○○の心を読みながら彼女は微笑む。
今彼女が読んでいるのは最近地霊殿に住みだした○○の心だ。
彼女が密かに思いを寄せている相手である。
その○○は地霊殿の外壁を洗っていた、ここに住む際にさとりが提示した条件が地霊殿の雑務をするというもののためである。
○○はその条件をちゃんと守っていたがその条件をだした当の本人はもうそんなことはどうでもよくなっていた。
元々気まぐれでつけた条件、今はただ○○がいてくれればそれでよかった。
(こんなもんか、そろそろ休憩にするかな)
そう心を読んだ彼女は早速お茶の準備をしにキッチンへ向かった。
普段は積極的に心を読まないが○○に限っては別だった、自分が寝ている時以外は食事中も入浴中も全て○○の心を読んでいた。
例えば食事中に○○がちょっと醤油が欲しいなと思えばすかさず醤油を出した。
そんな時に○○が見せる心や好意は彼女にとってとても心地よいものだったので機会があればそれを逃すことはなかった。
そんなことを続けていく内に○○は自然と彼女に好感を持った。
居候の自分に何かと気にかけてくれる、しかもかわいい。種族の違いはあったが元々外から来た○○にはそんなことは気にならなかった。
なにせ彼女の能力さえ知らないのである。
最初彼女は能力を教えなかった、教える必要もなかったし何かあったらペットに叩き出させるまでだったからである。
しかし今はそれが幸いした。○○は割とさっぱりとした性格であるが誰だって心を読まれるのは好かない。
いくら○○でも彼女の能力を知ったら今のような関係は崩れてしまうだろう。
だから彼女はペット達にも自分の能力を○○に絶対に教えないように言い聞かせた。
「さとり様ー、おにーさんが休憩しようとしてるみたいですよー」
「はいはい知ってますよ」
大方屋根から○○のことを見ていたのだろう、お燐が知らせに来た。
○○とお燐は仲がよかった、ふらふらしているところがお互い気に入ったのだろう。
彼女にとってはいわばライバルともいってよかったが○○の心を読んでお燐に対する好意は友達とか友情の類だと知っているので気にはしなかった。
――――だって彼が好きなのは私ですもの
彼女はそう確信していた。
普段から心を読んでいれば分かる、確かに○○は彼女に好意を持っていた。
お茶の準備を終えたところでちょうと○○がキッチンに入ってきた。
「○○さん休憩してお茶にしません?」
「ちょうどそうしようと思ってたとこです、ありがたく頂きます」
そう言って席につく、○○の彼女に対する好意に偽りはなかった。
「いつもしようと思う時にさとりさんが準備とかしてくれて、なんだか長年連れ添った夫婦みたいですね」
○○が冗談めいて言った。彼女はすかさず心を読んでその言葉が嘘でないことを感じ取った。
――――ほらね?○○さんったら恋人じゃなくて一足先に夫婦までいっちゃうなんて
彼女は○○の言葉に酔いしれた。彼女は○○の言葉と心を盲目的に信じた。
――――…嘘
彼女は○○の言葉と心を盲目的に信じた。
だから最初はそれが信じられなかった。
そろそろ地霊殿を出て地上に戻ろうかな。
朝起きて○○の心から読み取ったのは彼女には信じられないものであった。
○○さんが出て行く?そんなことはありえない私との関係を夫婦とまで言ってくれたんだから。そんな彼が出て行くはずが無い。
それにと彼女は考える、彼はいつも色々思っていたしそれがころころ変わっていたり、と。
今のそれもきっとその類に違いない。彼女はさらに心を読む。
さて朝食もできたし声を掛けてくるかな。
ほら、もう別のことを考えてる、杞憂だったのだ。彼女はそう信じた。
だからその後の朝食で○○が出し抜けに言った言葉により強い衝撃を受けた。
「さとりさん、俺そろそろ地上に戻ります」
「…どうして…」
だから彼女はなんとかそれだけ言葉を紡いだものの何も考えられなかった。
○○が何か言っているようだが彼女には聞こえていなかった。
「行かせない…」
「え?」
「どうして…?今まであんなに私に好意を持ってくれていたのに…この間なんて夫婦みたいって言ってくれたのに…」
「あれは―――」
と○○が説明しだす。だが彼女は既にその心を読み解いた。
軽い冗談だったのだ、と。
思えば確かに好意は持っていてくれたのかも知れない、知人友人よりは仲がよかっただろう。
恋人、ましてや夫婦などではなかったと今○○の心を深く読んで彼女はそれを知った。
彼女は○○の言葉と心を盲目的に信じていた。
彼女の読んでいた心はそれこそ表面部分のみ、それだけで十分だった、○○も当然自分のことを愛してくれていると確信していたのだ。
「ふ、ふふふふ…」
笑ってしまう、心を読めるはずなのに、それを過信してしまって深くまで読まなかったことに。
「さとりさん?大丈夫?」
○○が心配そうに声を掛ける。その言葉に嘘偽りは無かった。
だがそこに自分を愛する感情は読み取れなかった。
「……行かせない」
「え?」
「行かせない行かせない行かせない行かせない行かせないあなたはどこにも行かせない!!」
「さ、さとり様…?」
横で朝食を取っていたお燐が心配そうに声を掛ける。
「お燐!○○さんをどこでもいいからどこへも行けないように閉じ込めてきて!」
「…さとり様、止めましょうよ…」
その返事は彼女にとって予想外のものであった。
お燐も○○のことは好いていた、ならなんで私の言うことに反対するんだろう?彼女はそう疑問を感じた。
そして直ぐに結論が導かれた。
―――この子は私から○○さんを取り上げようとしている
もちろんお燐の本心ではない、しかし彼女は既に心を読もうとはしなかった。そんな心の余裕がもうなかったのだ。
その場の感情に任せてお燐に対し想起を発動する。
「にゃ…さ、さとり様…や、やめにゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!!」
お燐は凄まじい叫び声を上げた後、猫の姿になり走り去った。
自体を全く読み込めていなかった○○もその光景を目の当たりにしてようやく頭が回り始めた。
「さとりさん!お燐に何をしたんだ!」
先ほどの悲鳴に負けんばかりの大声で○○は怒鳴った。
だがそれに動じず彼女はゆっくりと○○に体を向ける。その目は酷く虚ろな目になっていた。
そして彼女は微笑みを浮かべて言う。
「大丈夫…大丈夫ですよ…。あなたが私を愛してくれているのは分かっているんですから…」
その日、彼女の目は妹とお揃いになった。
最終更新:2017年05月28日 22:51