努めて慎重に、そして行動を起こしたのであれば一切の停滞を見せずに、それは行われた。
ナズーリンの把握と射命丸の調査の結果が一致を見たことから、ナズーリンの配下、捕まっているネズミに対する数の不一致に関する懸念は全くなくなった。
「一応聞いておきますが、ナズーリンさん。捕まっているネズミは、残り十匹。これに間違いはありませんね?」
「ああ、無い。雲居一輪がいよいよおかしくなって、私の配下を捕まえだした時に、まずいとはすぐに思えたから。他で指示を受けているネズミを可能な限り捕まえ、助けに行ったのだが。稗田○○が捕まえた三匹を除いた、あの10匹だけは、間に合わなかった」
ナズーリンがやや早口に、やはり心配なのだろう、その事を説明してくれた時でも、○○は……『稗田』○○は今後の事をよく考えていてくれていた。

「現状、このままいけば雲居一輪の失策によって、物部布都が有利になりかねない。でもやっぱりまずは……」
色々考えながらも、優先順位を決めたとき。○○は大きなため息をついた……この時の○○には、『稗田』の冠はついていない。
上白沢の旦那は、無意識のうちに、今の○○には稗田の冠がついているかどうか、それを考えてしまう自分に若干の嫌気がさしたが。
仕方がないのかなという考えも出てくる。『稗田』○○は稗田阿求の事を考えすぎ、気にしすぎなようにも感じられるからだけれども。
○○本人にそれをなんとなしに言ったところで。○○は一笑にて終わらせるだろうから。
自分の今の立場を得られている、最大の要因が、稗田阿求にあるという事ぐらいは。○○は十二分に理解しているのだから。

――そしてそんな立場は、上白沢慧音の夫である自分も、似たようなものである。
そこに考えが向いてしまうと、その、仕方がないのかなという考え方は。どうしても大きくなり、強化されてしまう。
馬鹿みたいな財力の有無こそあるが、上白沢姓を名乗る事に対する特典は、その存在は、上白沢の旦那だって理解しているし。
今の今まで、それを十二分に活用してしまっている。
そういう立場だからこそいう権利があるとみるべきか、それとも無いとみるべきか。
答えは出てこなかった。

「命蓮寺に手紙を書く。ここまで来た以上、隠し通す方が難しい、だったらもう伝えてしまうべきだ」
上白沢の旦那の中にある、権利はあるか無しかの問答は。稗田○○の明らかに深刻そうな声色によって、中断させられた。
なんとなしに、妻である慧音はともかくとして、ただの旦那である自分の存在に、どこまで意味があるのか疑問に思えてきて嫌になるが。
稗田阿求が用意している台本には、即興劇とはいえ常に、主人公である稗田○○の相棒を要求しているし。
妻の座は稗田阿求以外に変わりは存在しないだけでなく、尋常ならざる被害妄想と嫉妬を合わせて考えれば。
女性の相棒と言うのは絶対に考えられない。名探偵を気取って活動する稗田○○に対して、日ごろから批判的な東風谷早苗ですら危ない。
……かえって批判的な態度の方が、仲良くなりにくいから、ギリギリの所で助かっているのは、かなり皮肉な感想が浮かんでくる。

けれども稗田阿求が、名探偵の相棒役として上白沢の旦那を要求しているのは、ここに疑いの余地はない。
何だったら座ったままで高い飲み物を飲んでいるだけで、稗田阿求の機嫌が取れるとすら考えてもよかった。
実に簡単な仕事だ、ため息すら出てきそうなほどに。

それに……上白沢の旦那には一つ、懸念が浮かんでいた。もしかしたらその懸念の解消に、自分たち『夫妻』が、役立てるかもしれない。
それにこの懸念、一線の向こう側である上白沢慧音を妻としているこの旦那には、どんな予測よりも簡単に、断言する事が出来た。
懸念は実際の物になると。
そして自分は稗田阿求の妄想を鎮める役回りではあるけれども、○○のためと思えば、何でもない。


「――手紙を命蓮寺に?そう、という事は、聖白蓮に?」
案の定であった。稗田阿求は聖白蓮の存在に、美人で肉体的魅力も抜群であるから、よく射命丸の文々。新聞に限らず天狗の紙面に踊る、聖白蓮の魅力的な姿が稗田阿求の脳裏では、踊り狂っていたであろう。

○○は間違いなく、敢えて『命蓮寺』という組織名を出してぼかしたが……。けれども稗田阿求ときたら……。
とは思うが、無理はないなという思いもすぐに出てきて、それは大きくなってくれた。
上白沢の旦那は、妻である慧音の方を見たら、その無理はないなという思いは、ますます大きくて強くなった。
慧音も――慧音の場合は勝てる自信がありそうだが――眉根が少し大きく動いていて、あまり面白くないような顔をしていた。
自分たちは一線の向こう側を、彼女が言った存在であるという事を理解して、妻としているのだ。
だからこれは、つまるところ。仕方がないのだ。
息を止めれば苦しくなるのと、ほとんど同じような意味である。

しかし慧音の場合はすぐに立て直った。稗田阿求が『でかい』等と言って罵った体……特に胸の辺りに目をやってから。
そう、慧音の場合は自信があるのだ。
上白沢の旦那が、そういえば聖白蓮も胸が大きいなと思い出したのは、さっと目線を○○に戻した時であった。
あれ以上見ていたら、慧音はこの旦那に対して、お前には私の胸があるから大丈夫だと耳打ちしてきたであろうし。
多分、そのうちやるだろうけれども。今はまずい、稗田阿求の目の前でそれをやるのは、恐ろしくまずい。

「ああ」
稗田阿求が命蓮寺の――聖白蓮の事を案の定、妄執的に気にしだしたのを見て。
○○だって、予測はしていたろうけれども。いざそれを目の前にすれば、対応をもう一度、出来るだけ思い出しているのか。
妻である阿求に対してだというのに、少し短くて薄い反応を珍しく見せてしまった。
「雲居一輪に動けるだけの余裕を与えたくないし。仲間の配下にすら、手をかけるだけの可能性が出てきてしまった以上、稗田家だけでこれを処理するのはもう難しいし、するべきではない。命蓮寺の首魁にも知っておいてもらわないと、困る」
○○はやや考えるような時間を見せてから、頭の中で必死になって作ったであろう言葉を述べていた。
1から10までその通りであるが、気になる事と言えば聖白蓮の名前を出さなかった事か。
「――ですね」
やや稗田阿求からの返答に、時間がかかったが。彼女が○○にしなだれかかったのは、良い兆候だと思いたかった。
少なくとも表情に獰猛(どうもう)な部分は見えない。
そろそろこちらから口を出すべきだろう。
考えてみれば、自分も○○にはかなり甘いのかもしれなかった。自分の心理を整理したら、あるのは稗田阿求への恐怖だけとは限らないからだ。

「その手紙、こっちで配達しようか?」
聖白蓮の牙城である、命蓮寺に行くという事は。しかも手紙を届けるという事は、彼女に会うという事だ。
命蓮寺の信者と称している者のいくらかは、美人の彼女目当てというのは公然の秘密だ。それと会うのだ。慧音に何の刺激もない、はずがない。
「ああ、そうだな。私たち夫妻で手紙を届ければ、それだけで事情の存在を察してくれるだろう」
案の定、慧音が横から。少々強引さを感じさせるような、早い口調で入ってきたが。
この際においては、上白沢の旦那が1人で急に決めた手紙の配達に、何の嫌悪感も見せていない方が重要である。
今日の夜が果たして、まともに眠れるかなという心配は上白沢の旦那にはあったが。稗田阿求をなだめ続ける○○を見続けたくないと言う感情の方が、強い物であった。
「雲居一輪はこっちで、ナズーリンさんと対処するよ……もう気づいているはずだ。ナズーリンさんの配下を奪還する作戦はもう始まっているんだから。それ以外にも、物部布都もせめて二~三日は、動きを鈍らせたい。洩矢諏訪子に頼んで巻き込ませる形で鬼の酒宴、星熊遊戯と酒を飲んでいてもらおう」
鬼の酒宴に叩きこんで黙らせるという、物部布都に同情したくなるような計画を話した時。稗田阿求はクスクスと笑った。
「二日酔いどころか、三日、いやもっと?酔っぱらい続けそうですね」
それなりに気の利いた言葉も出してくれた。その時、○○はソファにどっかりと座りなおした。
緊張の糸をやっと緩める事が出来たのだろう。すくなくとも上白沢の旦那の目には、そう写った。


「じゃあ、頼むよ。返事はその場で聞いてくれ」
上質な封筒で、中身に関しては付き合いと友情の問題から見るなどという事は、予想できる事を抜きにしても考慮の一端にすら上がらないけれども。
便箋の封印に蜜蝋(みつろう)が使われている時点で、中身の方も高級品であることは推し量れる。
その上稗田阿求がその蜜蝋に対して稗田家の家紋を押した。
しかもそれをただの奉公人ではなくて、おそらく稗田家の次に人里では目立つであろう、人里の守護者である上白沢慧音とその夫。上白沢夫妻が二人とも連れ立って、この手紙を持ってくるのだ。
命蓮寺の首魁――○○は稗田阿求を気にして、このような表現で留めていた――である聖白蓮も。状況の大きさ、重要性、あるいは剣呑さにも気づいてくれるだろうというのが。一応は上白沢の旦那がでっち上げた理由だ。
このでっち上げも幸い、全部が全部嘘というわけでもないから助かっているが。一番の理由は、稗田阿求が聖白蓮相手に妄想的に苛めば、○○の心労が増えるから。
この仕事、しかも手紙を一通送って何事かの存在を知らせる程度なら、さっさと済ませてしまえと言う程度の考えが一番大きかった。

――それに、上白沢の旦那の横にいる、妻である上白沢慧音は。恵まれた体を持っている、稗田阿求はカッとなってデカい体等と罵るが。
慧音ならば、稗田阿求と違って、聖白蓮の美貌を前にしても自分だって十分その線で戦えるし、勝つ自信しかないだろうから。問題というのがあまり見当たらなくて済ませれるのだ。
数少ない問題は、今夜果たして眠れるのかなという事であるけれども。全体から見れば些末だし、上白沢の旦那の男としての部分と相談すれば。役得という結論に落ち着いてしまう、悪くないという評価よりもずっと良い結論に落ち着いてしまうのだ。
いっそ、先ほどの喫茶店で酒でも腹に突っ込んでおけばよかった。うどん等の軽食が充実していたから、そういう使い方も想定しているようで、酒類もそこそこあった。
聞し召すほどではなくとも、酒の力を借りておけば。役得という結論に対して、これと言った罪悪感や後ろめたさを感じずに飛びつけたろうに。
そんなことを考えながら、命蓮寺の参道に存在する屋台村をあてどもなしに眺めてみるが。あるのは甘酒程度であった。
そこらへんは命蓮寺の首魁、聖白蓮のまじめさがそうさせているのだろうか。どちらにせよ神霊廟の面々が催しているようなほど、騒がしくはなかった。
そういう考えも悪くはないのだが、今の上白沢の旦那にとっては少々間が悪いとしか言いようがなかった。
それに妻である慧音が、命蓮寺の境内、そして中枢に近づくにつれて体を密着させてきていた。
この変化を来した原因は何かなと、目線をあちらこちらに移動させてみたら。案の定であった。
命蓮寺の次席に位置すると言っても差し支えはないであろう、寅丸星がこちらを見つけて。わざわざ、出迎えてくれるかのような態度を取っていたが。それは表層的だ。
ただの散策とは全く違う雰囲気を、表情を、それに上白沢の旦那は懐にしまっていた、稗田○○からの手紙を取り出して確認までしているのだから。
手紙の存在が何事かの存在を、しかも大ごとの存在を暴露していると言っても過言ではないだろう。
しかもそれを持ってきたのは、あの上白沢夫妻だ。何かの評判で、命蓮寺はどこか穏やかすぎる、そんな空気が強いと言われているのを聞いたことがあるが。
この状況でもその空気は、寅丸星も、さすがに持続させる事は出来なかった。

「何か……まぁ、あるんでしょうね」
寅丸星はため息や、見えてこない状況に対する恐れを内包させながら、上白沢夫妻の前にやってきた。
やはり自分たちが来てよかった。まかり間違っても、稗田夫妻にやらせるわけにはいかないと、上白沢の旦那は断言出来た。
寅丸星は美人だ、何もかもが稗田阿求とは真逆だと言っても構わなかった。
背が高く、均整がとれた体つきで、胸も――胸の事を考えたあたりで、慧音も同じことを考えたのだろう。上白沢の旦那への密着の度合いが、さらに強くなり、胸を強調するかのような押し当て方であった。
寅丸星の目線が少し、右往左往として泳いでいた。可哀そうになるが、ここで下手に彼女に反応すればそっちの方が、彼女にとって可哀そうなことになりかねない。
ここは努めて事務的にふるまうのが正解である。
「私が言うよりも、このお手紙を見ていただける方が。正しく理解していただけるかと」
手紙を寅丸星に渡す際、手紙の端っこを持って、寅丸星もその意味をすぐに理解したようで突き出された手紙の端っこを持った。
少しばかり気にしすぎている自分に嫌気がさしたし、慧音が引っ込めた旦那の手の先に対して明らかに、見せつけるように触れてきた。
上書き、もっと踏み込んだ表現を使えば浄化であろうか?少し笑えて来る、もちろんバカげた意味である。
けれどもこの感情は、腹の底に飲み込んで。仕事の話だけをするべきだと、自分自身に強く言い聞かせる
「貴女も含めてですが。指導者の方にも、この場で呼んでもらいたいのです。お返事も今すぐ」
寅丸星の名前も聖白蓮の名前も使わずに、よくもまぁ会話が出来るなと。上白沢の旦那は自分自身に対する、ちょっとした驚きがあった。
寺子屋で慧音の『ような』雰囲気をまとって、教師の『真似事』をしている意味は、どうやらあったようで何よりであった。

「立ち話では目立ちますし」
そういって寅丸星は手紙を持ったまま、上白沢夫妻を命蓮寺の内部へと案内した。
ある程度狙っていたのだろうけれども、今この場に雲居一輪の姿は見えなかった。


稗田邸ほどではないが、十分に広くて落ち着いた雰囲気の客間にて、上白沢夫妻は命蓮寺の指導者……聖白蓮の到着を待った。
この場で返事をくれと言った以上、そして稗田○○も返事をすぐによこして欲しがっているから。返事が来るまでは帰るつもりはない。
寅丸星がお茶の入った急須と、湯飲みを二つ、お茶菓子もおぼんに乗せて入ってきた。
湯飲みの中身は、まだ空っぽであった。通常であるなら、星がお茶を入れてもてなすのだけれども。
上白沢夫妻は、特に上白沢慧音が通常の存在ではない。一線の向こう側である。
やや迷った様子を星は見せたが、上白沢の旦那が必死になって星から目線をそらしているのを、彼女も感じた折に。
早く出て行ったほうが良いと感じ取ってくれて、おぼんごと置いて出て行ってくれた。
やや、慧音が聞き耳を立てているのが。慧音の方しか見ていない旦那の目にはよくわかった。
そして寅丸星が完全にどこかに行ったのを感じ取った慧音は、あからさまにほっとしたような様子を見せながら、お盆の上に乗ったお茶の用意を、夫である彼に対して嬉しそうに与え始めた。

ホッとした。しかしながら、同時に嫌な事にも気づいてしまった。
肉体的魅力の大きい、上白沢慧音ですらこうなのだ。ならば稗田阿求の相手をしている○○は、どこまでの場所に、自分を晒さなければならないのだろうか。
もっと気になるのは、○○は一体何の取引を稗田阿求とかわして稗田○○になったのだろうか。
いや、稗田○○になる事の対価は既に払われている。人里きっての、今後何十年も語り継がれるような名探偵である。
それに○○はなった。けれどもそれだけなのだろうか?
死ぬまで名探偵として活躍できるだけの下地と、継続的な協力は存在しているか。
それだけだとは思えない、稗田阿求にとっても○○にとっても。


稗田夫妻の間に交わされた秘めたる契約。
何かの小説の表題にもなりそうな思い付きに対して、かなり真面目に上白沢の旦那が考え始めた、全くその時。
「ほら、せっかくだからお茶もお菓子もいただこう」
妻である慧音が、自分の目の前にお茶の用意をキレイに、見事に整えてくれた。
「……ああ」
断る理由はない。断った方が厄介なことになる。
それでも急な思い付きに第六感を刺激されていたので、お茶とお菓子はありがたくいただきながらも、その事について考えるのはやめなかった。


慧音は、自分の夫が何か色々考えているなという事には、微笑を携えながら夫の表情を愉快そうに眺めてくれていたから、上白沢の旦那にも自分が考え事をしている事に気づかれている事は理解していた。

慧音は別に、上白沢の旦那がやっている思索を邪魔しようとはしなかった。
稗田阿求ほどではないけれども、上白沢慧音だって自分の夫が、極めて真剣に何かを考えだしたりすれば、その姿に種々の興奮を覚える事が出来るぐらいには。
上白沢慧音だって稗田阿求と同じく、一線の向こう側であるのだから。

それでも、見ているだけで愉快なのならば見続ける事は、ずっと中断なく行われるし。
――上白沢慧音は間違いなく美人である。そんな人物から、右から左から楽しそうに眺めてもらえれば、嬉しさや興奮が出てくるのは必然ともいえるし。
もっと言えば、慧音は自分の肉体的魅力の存在に十分すぎるほど気づいているし。夫である上白沢の旦那であるならば、慧音は自分の体をそういう風にみられることは全く、嫌悪感など存在しないどころか、むしろそういう風にみられることを望んですらいる。いや、それは全く良い――残念というべきか幸いと言うべきか。


けれどもある行動だけは、上白沢の旦那の斜め下辺りから、彼自身の表情を仰ぎ見るような動きだけは。これだけは少し、やめて欲しかった。
不快感を抱くからではない、実に扇情的であるから自宅以外ではやらないでほしい。という意味でのやめて欲しいであった。
こういう時、上白沢慧音が自分自身の肉体的魅力、その高さを理解しているという事が厄介な方向に話が回ってしまう。
たわわな胸、稗田阿求はそれも含めて『でかい』等と言って罵ったが、この旦那の目には慧音の体は肉感的に映っている。
それらがたゆたうような動きを見せて、この旦那の目の前で踊っているような雰囲気すら見せるというか。
意図的に見せていると言った方が、より正しい表現だろう。
これが自宅であるならば、もしかしなくても上白沢の旦那は、最低でも慧音の膝枕ぐらいは与えてもらいに行って。
もしかしたら上白沢慧音のたゆたう体、これらのどこかに手を触れて一人遊びのようなこともしだしたかもしれないし。
そういう意味で見られることを望んでいるのであれば、その、一人遊びのようなことに入れるように誘導すらしていたかもしれない。
だが、この際においては日がまだまだ高い事は考慮しなかったとしても。ここは自宅ではない、命蓮寺の客間だ――もしかしたら美人ぞろいで有名だから、命蓮寺であることが理由の一角にあるだろうなとは、思ってしまったが。
しかしながら自宅以外の場所を、連れ込み宿でもないのに『そういう意味』で使う事は、厳に慎まれるべきであろう。

「うむぅ……」
上白沢の旦那はわざとらしく唸りながら、時間を数秒だけ稼いで、やや上の方を見上げてごまかした。
案外何とかなるものだなと思った。慧音の扇情的な姿が視界の中から出ていくだけで、随分と気持ちが落ち着いてくれた。
「○○は」
それに加えて、まだ思い付きは思いつき以上の価値が無くて。全く整った形にはなっていないけれども、何でもいいから口に出しておかないと。
慧音の扇情的な姿に、自分の精神が飲み込まれそうであった。最も、命蓮寺から帰路につき自宅へ帰れば、我慢する理由がなくなる。


だが今はまだ、我慢する理由がある。今はそれだけで十分と思う事にしておく。
「○○は何を貰って、何を使っているのだろう。稗田阿求があれだけの、稗田家の力を、何にもなしに与えているとは思えない。たとえ世間的には釣り合っていなくとも、○○は何かを与えたはずなんだ。そうでないと話が、つじつまがまるで合わない」
「ふむ、まぁ、『私たちは』他の里人と違って、稗田家との付き合いも多いだけでなく深い上に、こうやって厄介ごとの存在を知ってもいれば、解決にいくらかの助力を出すこともあるからな。そう、『私たち』は、その事について考える事が出来るだけの知識と、余裕があるからな」
稗田夫妻の関係について上白沢の旦那が、どうしても拭い去る事の出来ない疑問を口にした際。
案の定ではあるけれども、慧音はあまり教えてくれなかった。もしかしたら慧音ですら、あまり知らないのかもしれない。
むしろ気になるのは、『私たち』という部分を慧音が妙に強調しながら話しているところだ。
そしてどこか優越感が、その他大勢に対する優越感を思わせる口ぶりでもあった。

「すまないな。けれども、稗田○○が稗田姓を名乗る事を稗田阿求が許しているという事は。稗田の家格を使う事を許している事でもある。ぐらいしか言えない」
これと言ったことを教えられないことに、慧音はやや罪悪感を刺激されているのか、謝ってくれたが。
「気にはしていない。稗田夫妻の事だから、もしかしたら慧音にすら教えていないだろうとは考えている」
上白沢の旦那の言う、気にするなに嘘偽りはない。それよりも、せっかく斜め上を見上げて扇情的な慧音の姿を、視界から外していたのに。慧音はその視界に対して、ぐいぐいと入ってくる。
しかもさっきと比べて、胸元がはだけているように見えた。
「うん、まぁ。実をいうと私も、まだまだ予測の範囲だし……その時が来るまで答え合わせは出来ないだろうなとは考えている。しかし、稗田○○が稗田家の力を使う事に、稗田阿求が恐ろしく乗り気で、それが愉悦の一部である事は確かだ」
この時、慧音は少し俗っぽい、もっと言えば悪い笑みを浮かべた。悪辣とまでは行かないが、およそ真っ当な楽しみ方をしている笑みではなかった。趣味の悪さを感じさせた。
「宦官(かんがん、古代中国において男性器を切り落とした官僚。子孫を残せないことを条件に、大きな権力を得た)の様なものだよ。稗田阿求は、自分の権力を稗田○○に分け与える事で興奮を得ていいると言っても過言ではない」
やはり稗田阿求が、慧音の事を。でかい体等と言って罵ったことは、根に持っているのだろうか。
「私と違って稗田阿求は、愉しませることも愉しむことも出来ない体だからなぁ……背も低くて、でっぱりもないし」
そう言いながら慧音は、自分の旦那に対して。ねっとりとした口づけを行った。
間違いなく、慧音は稗田阿求から罵られたことを根に持っているようだ。
「しかし私の姓である、『上白沢』だって。人里では稗田ほどではなくとも、力はある。それと、私の体で。この二つでどうか勘弁してくれないか?今夜はお前のためにこの体を明け渡すから」
慧音の言葉を聞くに。稗田阿求は、自分の夫が稗田姓が持つ力の行使をすることに、愉悦を感じていると言ってやや馬鹿にしているけれども。
上白沢姓が持つ力の足りない分を、自分の肉体的魅力に見出している慧音だって。
ネッコは同じように上白沢の旦那は感じたが。
結局同じじゃないかという疑問と、男性的な興奮は。両立してしまえるのだ。
今夜は眠れそうにないし、眠るのがもったいないとすら思えてしまった。
ある部分では、上白沢の旦那が夜に頑張る事は、義務の一部であるのだけれども。
本人が、上白沢の旦那が愉しんでしまっている以上。義務という言葉から感じられる、どこか重苦しい部分は、存在していないのと同じであった。
私は○○よりもずっと楽をしているのが、申し訳なくは感じたけれども






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最終更新:2020年06月11日 22:04