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 幻想郷の闇が深まる夜の時間、起きているのは人里の一部か魔法使い、あるいは妖怪ばかりとなった時分に、僕は館の一室にいた。
少し離れた棚の上で蝋燭がゆらゆらと揺れているが、それが街で売っている普通の人間が使う物とは違う物であることを、僕は知っている。
蝋燭の頼りない炎では精々が近くを照らすのが精一杯だが、それは数本でこの部屋を満遍なく照らしていた。彼女の腕が乗せられた椅子は
当主の書斎の特注品でもないのに飾りがふんだんに使われており、広い部屋と相まって彼女の財力を示している。グラスを口に運ぶ彼女。
先祖の貴族の肖像画を背にして、未だ少女といえる彼女が僕に視線を戻した。
「ここの暮らしはどうかしら?」
「…とっても良いよ。」
彼女の質問に正直に答える。館での暮らしは以前居た現代と殆ど変わりがない程であった。正直にそのことを彼女に告げる。
「そう…。」
微笑む彼女。天使の様な笑みとは彼女の事を言うのであろう。きっと後世のために彼女の肖像画が御先祖様のお隣に掲げられるのならば、
この瞬間が切り取られるに違いないと確信する姿。だが、僕は知っている。彼女が悪魔と呼ばれていることを。
「ならここで、暮らすのはどうかしら?住人として。」
「それは……どうだろうか…。」
彼女の申し出に言い淀んでしまう。彼女が善意で言っていると、理性では僕は理解しているのに、それでも僕の本能は理性に反対する。
全力で叫んでいる。彼女は悪魔なのだと、人間と相容れない存在なのだと。
「どうしてかしら…。不自由があるのなら言って貰えれば良いのよ。」
「……。」
それは言えない。世話になっておきながら、妖怪への偏見、恐怖、忌諱、それらがない交ぜになった感情をぶつけるのは、最低だから。
「ごめんなさいね。私には言いたくないことだってあるものね。」
「い、いえ、そんなことは…。」
彼女の謝罪が僕の罪悪感を傷付ける。これがもっとはっきりとした物であれば、ここまで悩まずには済んだものなのに、
自分が最低な事を突きつけられ、そしてそれを認めたくなくて、苦し紛れに自分をそこへ追いやった要因へ八つ当たりの怒りをぶつける。
「それじゃあ、もう少しここに居たらどうかしら?いきなり何かするのは大変でしょうし。」
彼女の言葉が誘惑に聞こえ、それに頷きたくなる。ここから出て行くのであれば、直ぐに動かねばならないのに、それを挫くような甘い罠。
現実が僕に重くのしかかってくる。逃げたくなる自分に差し出される道が光り輝いて見え、それを懸命に押し殺す。彼女を信じれば良いのか、
それとも信じてはいけないのか、二つの矛盾する考えがまたも自分の中に渦巻いていく。ああ、以前も考えて結局は行動できずに、
そうして時間ばかりが過ぎていった。心臓が大きく動き、頭に血がどんどんと昇っていく。視界が暗くなり、目の前に差し出された結論が
僕をペチャンコに押しつぶそうと迫ってくる。不意にハムレットの言葉が頭の中に浮かんだ。
「To be or not to be. That is the question.」
彼女の呟いた言葉が、僕の耳に流れ込んでいた。





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最終更新:2020年07月05日 23:18