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 小さな出来事2

 僕はいつものようにキーボードを叩いていた。やはり休日の夜。草木も眠る丑三つ時まではいかないまでも、
やはり夜の街は眠ろうとしていて静まりかえっていた。暗くした部屋にパソコンの光だけが周囲を照らす。
ふとパソコンの操作が引っかかる。何度クリックを繰り返しても、やはり操作を受け付けない。
ふと手にしたCDのジャケットを見る。最近発売された楽曲のタイトルがイタリア体で書かれており、歌手の着飾った
写真が写っていた。テレビで人気が急上昇している新進気鋭の女性だ。
 CDのプラスチックケースが音を立てて割れた。丁度顔の部分を真ん中から割いていくように。
あんまりにもはっきりとした「彼女」からの警告に、思わず小さな笑みすら浮かべてしまう。恐らくは-いや、ほぼ確実に
彼女はこの歌手が気に入らなかったのだろう。成程彼女らしい行動だ。小気味よく、はっきりとしていて、そして
鋭い。

 割れたCDケースを眺めていた僕は、クルリとそれを回してからゴミ箱に放り込んだ。彼女が見ているかのように。
物理的に彼女が見ている訳ではないことは、よく分かっていた。なにせ僕のワンルームには僕以外の人は居ないのだから。
流石にマンションのコンクリートから透視することは不可能だろう。それに今度はどうやってケースを割るのかという問題が
出てくる。結局のところ僕には、ただの偶然として片付けるか、それとも超常的な存在がいると仮定するかという、
二択を選択する道しか残されていなかった。
 勿論、僕は彼女を見たことはない。いや、正確を期するのであれば、この世界で見たことが無いと言うべきなのであるが。
しかしながらそれは、彼女をなおざりにすることには繋がらない。僕のようにこの不安定な世界で幻想郷を覗き見るのであれば、
それはある意味で死活問題なのだから。
 ゴミ箱に収まっていたケースが、再び高い音を立てて割れる音がした





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最終更新:2020年08月05日 00:17